古代遺跡④
「……驚いたかい?」
エンロが静かに尋ねる。
ユーリイはしばらく答えなかった。
目の前には畑がある。
水路が流れている。
女たちが収穫した野菜を籠へ入れ、子どもたちがその横を走り回る。
遠くでは笑い声が聞こえた。
「……村だ。」
ようやく、それだけ口にした。
「そう。」
エンロは穏やかに笑う。
「私たちはここで暮らしている。」
「何百年もね。」
ユーリイが振り向く。
「何百年?」
「正確には、私たちの祖先が、かな。」
「私たちはその子孫だ。」
聞きたいことは山ほどあった。
だが、何から聞けばいいのか分からない。
その時だった。
「エンロ。」
オルヴィが歩いてくる。
「みんな集まり始めてるわ。」
「そうか。」
エンロが頷く。
「重傷だった人たちも意識が戻った。」
その言葉に、ユーリイは思わず一歩前へ出る。
「……全員か?」
オルヴィは優しく微笑んだ。
「ええ。」
「まだ歩けない人もいるけれど、命に別状はないわ。」
その一言だけで十分だった。
ナターシャの最後が脳裏をよぎる。
救えなかった命。
それでも――
ここまで辿り着いた者たちは、生きている。
「案内するよ。」
エンロが歩き出す。
村人たちは、すれ違いざまに軽く会釈した。
「おはよう、エンロ。」
「その人が?」
「うん。」
「目を覚ましたんだね。」
「よかった。」
誰も騒がない。
英雄を見る目でもない。
不能者を見る目でもない。
ただ、一人の来客を迎えるような、穏やかな眼差しだった。
ユーリイは少し居心地悪そうに頭を下げる。
「……どうも。」
一人の老人が笑う。
「そんなに固くならなくていい。」
「ここでは、貴族も奴隷もいない。」
「皆、ただの村人だ。」
老人は畑の方へ目を向ける。
「あそこで野菜を育てる者もいれば、医療を担う者もいる。」
「村をまとめる責任者もいる。」
「役割は違う。」
「それだけだ。」
ユーリイは何も言えなかった。
エンロが苦笑する。
「そうそう。」
「あの綺麗なお嬢さん。」
「君たちの国の王女様なんだってね。」
「……知っているのか。」
「もちろん。」
エンロは肩をすくめた。
「王政や貴族制度があることくらいは、昔の記録にも残っている。」
「私たちにはない、というだけさ。」
「良い悪いの話じゃない。」
「君たちは君たちの社会で生きてきた。」
「私たちは私たちの社会で生きてきた。」
「ただ、それだけだよ。」
ユーリイはその言葉を噛みしめる。
軍も。
王都も。
不能者部隊も。
そのどれとも違う価値観が、この村にはあった。
やがて、大きな建物の前で足が止まる。
「ここだ。」
エンロが扉を開く。
部屋の中から聞き慣れた声が響いた。
「ユーリイ!」
振り向いたのはタッカーだった。
その瞬間、部屋中の視線が一斉にユーリイへ向く。
メローペ。
マルグリット。
オーレリア。
クレール。
リナ。
ミークニー。
そして、生き残った仲間たち。
誰一人欠けてはいなかった。
ユーリイは入口で立ち止まり、小さく笑う。
「……みんな、生きてたか。」
誰かが笑い、
誰かが泣き、
誰かは黙って拳を握る。
それだけで十分だった。
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