不帰の樹海㊼
銃声が響く。
火薬の臭いが雨に混じる。
「前へ!」
クレールの号令とともに、救援部隊が一斉に踏み込む。
マスケット銃を撃ち終えた兵が銃床を捨て、剣を抜く。
ユーリイも前へ出た。
二本の短剣が閃く。
一人。
二人。
敵を斬り伏せても、すぐに次が現れる。
「右を抑えろ!」
イツォーが斧を振るう。
タッカーが負傷兵を後ろへ引きずる。
アンは残った矢を放ち続けた。
ナターシャも弓を引く。
矢は残りわずか。
一本。
また一本。
敵兵を倒す。
最後の一本を放った瞬間だった。
敵兵が倒木を飛び越えて迫る。
ナターシャは弓を放り投げ、短剣を抜いた。
一撃。
二撃。
敵兵の胸へ刃を突き立てる。
だが、その背後。
もう一人。
刃が振り下ろされる。
避けきれなかった。
肩口から胸へ、深く斬り裂かれる。
「ナターシャ!」
ロスリーが叫ぶ。
同時に。
「中佐!」
クレールも敵兵の槍を受けた。
脇腹を深く抉られ、膝をつく。
「くっ……!」
さらに敵が迫る。
ユーリイが割って入った。
「下がれ!」
短剣が閃く。
敵を押し返す。
「タッカー!」
「分かってる!」
タッカーがクレールへ駆け寄る。
ミークニーも走った。
目の前には二人。
クレール。
ナターシャ。
どちらも血が止まらない。
傷を見る。
顔を見る。
そして歯を食いしばった。
「……最悪だ。」
「ザッカー軍曹!」
ロスリーの声が震える。
「どっちだ!」
ミークニーは答えない。
答えられなかった。
どちらも助けたい。
だが、時間がない。
その時。
「……ロスリー。」
ナターシャが小さく呼んだ。
ロスリーが駆け寄る。
「喋るな。」
「聞け。」
血を吐きながら、それでも笑った。
「中佐を……連れて行け。」
「馬鹿言うな。」
「二人は運べない。」
ロスリーは言葉を失った。
分かっている。
分かっているから、否定できない。
ナターシャは息を整える。
「いつも……」
苦しそうに笑う。
「少しだけ、お前の前を歩いてるつもりだった。」
ロスリーは首を振る。
「違う。」
「いや。」
ナターシャはゆっくり目を閉じ、また開く。
「追い抜かれたな。」
その一言だけだった。
悔しさ。
寂しさ。
そして少しだけ誇らしさ。
全部、その短い言葉に滲んでいた。
「だから……行け。」
遠くで角笛が鳴る。
敵の増援。
近い。
ユーリイが叫ぶ。
「ロスリー!」
ロスリーは動けない。
足が前へ出ない。
ナターシャは最後に一度だけ言った。
「……命令だ。」
その瞬間。
ロスリーはクレールを背負った。
タッカーが肩を貸す。
ミークニーはクレールの止血へ回る。
ユーリイが前へ出る。
「撤退する!」
誰も異論はなかった。
異論を言える状況ではなかった。
列が動き始める。
ロスリーは一度だけ足を止めた。
振り返ろうとする。
「行け!」
ユーリイの声が飛ぶ。
ロスリーは唇を噛み締め、前を向いた。
その背中を、ナターシャは静かに見送る。
雨が頬を伝う。
それが涙だったのか。
雨だったのか。
もう誰にも分からなかった。
敵の足音が近づく。
ナターシャは短剣を握り直す。
小さく息を吐いた。
「……さて。」
「もう一仕事、かな。」
皆様の応援が、執筆の力になります。
ブックマーク登録と評価の方よろしくお願いします。




