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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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119/123

不帰の樹海㊼

銃声が響く。


火薬の臭いが雨に混じる。


「前へ!」


クレールの号令とともに、救援部隊が一斉に踏み込む。


マスケット銃を撃ち終えた兵が銃床を捨て、剣を抜く。


ユーリイも前へ出た。


二本の短剣が閃く。


一人。


二人。


敵を斬り伏せても、すぐに次が現れる。


「右を抑えろ!」


イツォーが斧を振るう。


タッカーが負傷兵を後ろへ引きずる。


アンは残った矢を放ち続けた。


ナターシャも弓を引く。


矢は残りわずか。


一本。


また一本。


敵兵を倒す。


最後の一本を放った瞬間だった。


敵兵が倒木を飛び越えて迫る。


ナターシャは弓を放り投げ、短剣を抜いた。


一撃。


二撃。


敵兵の胸へ刃を突き立てる。


だが、その背後。


もう一人。


刃が振り下ろされる。


避けきれなかった。


肩口から胸へ、深く斬り裂かれる。


「ナターシャ!」


ロスリーが叫ぶ。


同時に。


「中佐!」


クレールも敵兵の槍を受けた。


脇腹を深く抉られ、膝をつく。


「くっ……!」


さらに敵が迫る。


ユーリイが割って入った。


「下がれ!」


短剣が閃く。


敵を押し返す。


「タッカー!」


「分かってる!」


タッカーがクレールへ駆け寄る。


ミークニーも走った。


目の前には二人。


クレール。


ナターシャ。


どちらも血が止まらない。


傷を見る。


顔を見る。


そして歯を食いしばった。


「……最悪だ。」


「ザッカー軍曹!」


ロスリーの声が震える。


「どっちだ!」


ミークニーは答えない。


答えられなかった。


どちらも助けたい。


だが、時間がない。


その時。


「……ロスリー。」


ナターシャが小さく呼んだ。


ロスリーが駆け寄る。


「喋るな。」


「聞け。」


血を吐きながら、それでも笑った。


「中佐を……連れて行け。」


「馬鹿言うな。」


「二人は運べない。」


ロスリーは言葉を失った。


分かっている。


分かっているから、否定できない。


ナターシャは息を整える。


「いつも……」


苦しそうに笑う。


「少しだけ、お前の前を歩いてるつもりだった。」


ロスリーは首を振る。


「違う。」


「いや。」


ナターシャはゆっくり目を閉じ、また開く。


「追い抜かれたな。」


その一言だけだった。


悔しさ。


寂しさ。


そして少しだけ誇らしさ。


全部、その短い言葉に滲んでいた。


「だから……行け。」


遠くで角笛が鳴る。


敵の増援。


近い。


ユーリイが叫ぶ。


「ロスリー!」


ロスリーは動けない。


足が前へ出ない。


ナターシャは最後に一度だけ言った。


「……命令だ。」


その瞬間。


ロスリーはクレールを背負った。


タッカーが肩を貸す。


ミークニーはクレールの止血へ回る。


ユーリイが前へ出る。


「撤退する!」


誰も異論はなかった。


異論を言える状況ではなかった。


列が動き始める。


ロスリーは一度だけ足を止めた。


振り返ろうとする。


「行け!」


ユーリイの声が飛ぶ。


ロスリーは唇を噛み締め、前を向いた。


その背中を、ナターシャは静かに見送る。


雨が頬を伝う。


それが涙だったのか。


雨だったのか。


もう誰にも分からなかった。


敵の足音が近づく。


ナターシャは短剣を握り直す。


小さく息を吐いた。


「……さて。」


「もう一仕事、かな。」


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