不帰の樹海㊹
雨は少しだけ弱くなっていた。
それでも空は暗い。
湿った空気が樹海を覆っている。
列は黙って進んだ。
昨日よりさらに遅い。
誰も急げない。
急げば倒れる。
倒れれば置いていくしかない。
そんな行軍だった。
先頭を歩くユーリイが足を止める。
握った拳を静かに上げた。
列が止まる。
全員がその場でしゃがみ込んだ。
音を立てない。
呼吸すら押し殺す。
イツォーが地面へ視線を落とした。
泥の上に残る跡。
人の足跡だった。
新しい。
「……いるな」
誰かが小さく呟く。
ユーリイは頷いた。
「昨日のものじゃない」
膝をつき、泥へ触れる。
雨で流されきっていない。
つい先ほど付いた跡だ。
人数までは分からない。
だが一人ではない。
タッカーも覗き込む。
「追ってるのか」
「分からない」
ユーリイは立ち上がる。
「だが人間だ」
狼より厄介だった。
考える。
待ち伏せる。
罠を張る。
人はそういう生き物だ。
クレールが静かに前へ出る。
「王女殿下」
メローペは小さく頷いた。
近衛たちが自然に周囲を固める。
剣を抜く者はいない。
まだ早い。
気配だけを消す。
「進む」
ユーリイの一言で列が再び動き始めた。
足音はさらに小さくなる。
枝を踏まない。
不用意に葉を揺らさない。
誰も教えられてはいない。
それでも生き残った者たちは自然とそうしていた。
しばらく歩いた頃だった。
イツォーが立ち止まる。
鼻を鳴らした。
「煙だ」
全員の表情が変わる。
雨の樹海で煙。
焚き火。
つまり――
「人がいる」
ユーリイは低く言った。
風は弱い。
煙の量も多くない。
野営か。
それとも見張りか。
誰も口を開かない。
ユーリイはクレールを見る。
クレールも頷く。
互いに考えていることは同じだった。
敵が動き始めた。
こちらも、もう隠れて歩くだけでは済まない。
樹海は静かだった。
静かすぎた。
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