不帰の樹海㊸
雨は止まなかった。
列が進む。
昨日より遅い。
誰もが疲れていた。
狼との戦い。
負傷。
発熱。
そして死。
全てを背負ったまま歩いている。
ぬかるみに足を取られる。
誰かが転ぶ。
誰も笑わない。
転んだ兵は自分で立ち上がった。
それだけだった。
ユーリイは先頭を歩く。
周囲を見る。
足元を見る。
空を見る。
そしてまた歩く。
樹海は何も変わらない。
変わったのは人の方だった。
後方から咳が聞こえる。
負傷兵だ。
熱は下がった。
だが回復したわけではない。
ただ生きているだけだった。
「水だ」
タッカーが声を上げた。
前方に小さな沢がある。
兵たちの顔が少しだけ上がる。
列が止まる。
全員が膝をついた。
水を飲む。
顔を洗う。
傷口を濯ぐ。
ミークニーはすぐに負傷兵の元へ向かった。
ユーリイも水を飲む。
冷たい。
だが少しだけ生き返る。
その時だった。
「食えるぞ」
声がした。
イツォーだった。
沢の近くにしゃがみ込んでいる。
葉を摘み取っていた。
「また草か」
タッカーが呆れた声を出す。
「文句あるなら食うな」
「言うと思った」
周囲から小さな笑いが漏れた。
久しぶりだった。
イツォーは葉を差し出す。
アンが受け取る。
裏表を確認する。
根も見る。
そして頷いた。
「大丈夫だ」
迷いがない。
救援部隊の若い兵士が不思議そうな顔をした。
「分かるのか?」
アンは顔を上げる。
「教わった」
それだけだった。
イツォーは何も言わない。
別の場所でまた植物を探している。
ユーリイはその様子を見ていた。
思えば訓練所でもそうだった。
誰か一人に任せるな。
教えろ。
覚えろ。
生き残れ。
ネメシスは何度もそう言っていた。
剣。
縄。
火起こし。
応急処置。
食える植物。
全部だった。
――一人死ねば終わりだ。
――だから覚えろ。
雨の訓練場。
怒鳴る声。
泥まみれの新兵たち。
ふと懐かしくなる。
「ユーリイ」
声がした。
振り返る。
メローペだった。
顔色は良くない。
だが昨日よりは歩けている。
「どうしました」
「……あとどれくらいですか」
ユーリイは答えなかった。
答えられない。
分からない。
樹海の出口など誰も知らない。
だから代わりに言った。
「歩けますか」
メローペは少しだけ笑った。
「失礼ですね」
「そうですね」
短いやり取りだった。
だが王女は前を向いた。
歩く気力は残っている。
それだけで十分だった。
休憩が終わる。
再び列が動き出す。
雨
泥
疲労
それでも歩く。
止まれば死ぬ。
だから歩く。
樹海はまだ終わらなかった。




