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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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115/123

不帰の樹海㊸

雨は止まなかった。


列が進む。


昨日より遅い。


誰もが疲れていた。


狼との戦い。


負傷。


発熱。


そして死。


全てを背負ったまま歩いている。


ぬかるみに足を取られる。


誰かが転ぶ。


誰も笑わない。


転んだ兵は自分で立ち上がった。


それだけだった。


ユーリイは先頭を歩く。


周囲を見る。


足元を見る。


空を見る。


そしてまた歩く。


樹海は何も変わらない。


変わったのは人の方だった。


後方から咳が聞こえる。


負傷兵だ。


熱は下がった。


だが回復したわけではない。


ただ生きているだけだった。


「水だ」


タッカーが声を上げた。


前方に小さな沢がある。


兵たちの顔が少しだけ上がる。


列が止まる。


全員が膝をついた。


水を飲む。


顔を洗う。


傷口を濯ぐ。


ミークニーはすぐに負傷兵の元へ向かった。


ユーリイも水を飲む。


冷たい。


だが少しだけ生き返る。


その時だった。


「食えるぞ」


声がした。


イツォーだった。


沢の近くにしゃがみ込んでいる。


葉を摘み取っていた。


「また草か」


タッカーが呆れた声を出す。


「文句あるなら食うな」


「言うと思った」


周囲から小さな笑いが漏れた。


久しぶりだった。


イツォーは葉を差し出す。


アンが受け取る。


裏表を確認する。


根も見る。


そして頷いた。


「大丈夫だ」


迷いがない。


救援部隊の若い兵士が不思議そうな顔をした。


「分かるのか?」


アンは顔を上げる。


「教わった」


それだけだった。


イツォーは何も言わない。


別の場所でまた植物を探している。


ユーリイはその様子を見ていた。


思えば訓練所でもそうだった。


誰か一人に任せるな。


教えろ。


覚えろ。


生き残れ。


ネメシスは何度もそう言っていた。


剣。


縄。


火起こし。


応急処置。


食える植物。


全部だった。


――一人死ねば終わりだ。


――だから覚えろ。


雨の訓練場。


怒鳴る声。


泥まみれの新兵たち。


ふと懐かしくなる。


「ユーリイ」


声がした。


振り返る。


メローペだった。


顔色は良くない。


だが昨日よりは歩けている。


「どうしました」


「……あとどれくらいですか」


ユーリイは答えなかった。


答えられない。


分からない。


樹海の出口など誰も知らない。


だから代わりに言った。


「歩けますか」


メローペは少しだけ笑った。


「失礼ですね」


「そうですね」


短いやり取りだった。


だが王女は前を向いた。


歩く気力は残っている。


それだけで十分だった。


休憩が終わる。


再び列が動き出す。




疲労


それでも歩く。


止まれば死ぬ。


だから歩く。


樹海はまだ終わらなかった。


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