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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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不帰の樹海㊶

「右へ!」


ユーリイの声が飛ぶ。


兵たちが泥を蹴る。


転ぶ者


よろめく者


それでも前へ進む。


狼たちが追う。


速い


人より遥かに速い。


だが湿地へ入った瞬間


群れの動きが鈍った。


泥が深い。


足を取られる。


「止まるな!」


オーレリアが叫ぶ。


「前へ!」


後方で悲鳴が上がる。


誰も振り返らない。


振り返れば死ぬ。


全員がそれを知っていた。


狼が飛ぶ。


救援部隊の兵士が槍を突き出した。


命中


だが勢いは止まらない。


兵士ごと押し倒される。


横から剣が振るわれた。


狼の首筋が裂ける


泥の中へ転がった。


次が来る


その次も来る


終わらない。


「数が多すぎる!」


誰かが叫んだ。


その通りだった。


一頭倒せば


別の狼が飛び出してくる。


二頭倒せば


さらに後ろから現れる。


まるで森そのものが牙を剥いているようだった。


ユーリイは息を吐く。


肺が痛い


腕が重い


足も重い


全員同じだった。


疲労


空腹


睡眠不足


それでも戦わなければ喰われる。


――考えろ。


ふと


頭の奥に声が響いた。


雨の訓練場


泥だらけの新兵たち。


怒鳴り声


鬼教官


――疲れているのは敵も同じだ。


――疲れている時ほど頭を使え。


ネメシス


ユーリイは狼たちを見る。



位置


地形


湿地


群れの動き。


そして気付く。


「タッカー!」


「何だ!」


「左へ回れ!」


「おう!」


ミークニーが走る。


タッカーが動く。


イツォーが続く。


三人が群れの側面へ回り込む。


狼たちの意識が僅かに散った。


その瞬間だった。


「今だ!」


ユーリイが飛び出す。


不能部隊が続く。


あの地獄を生き残った者たちが前へ出る。


刃が閃く。


血が飛ぶ。


狼が倒れる。


押し返す。


一歩


また一歩。


初めて狼たちが後退した。


狼たちは唸った。


警戒している。


そして一頭


また一頭。


群れが距離を取る。


誰も追わない。


追う余力など残っていなかった。


やがて最後の一頭が森の奥へ消える。


雨だけが残った。


荒い呼吸が響く。


誰も喋らない。


勝ったとは思えなかった。


ユーリイは周囲を見回す。


倒れた兵士。


負傷者。





人数を数える。


足りない。


先の見えない行軍に雨が冷たかった。


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