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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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112/123

不帰の樹海㊵

最初に飛び出したのは狼だった。


黒い影が雨を裂く。


「前ッ!」


誰かが叫ぶ。


直後


鈍い音が響いた。


兵士の一人が吹き飛ばされる。


悲鳴。


泥。


血。


狼は止まらない。


二頭


三頭


四頭


樹海の闇から次々と飛び出してくる。


「槍!」


「前へ出せ!」


救援部隊の兵士たちが慌てて槍を構える。


しかし遅い。


疲労が判断を鈍らせる。


空腹が反応を遅らせる。


狼はそれを知っているかのようだった。


一頭が槍を避ける。


横へ回る。


兵士の喉へ食らいついた。


絶叫。


鮮血が飛ぶ。


ユーリイは駆けた。


短刀を抜く。


狼の首筋へ刃を叩き込む。


骨。


筋肉。


硬い。


だが止まらない。


二度。


三度。


ようやく狼が崩れ落ちる。


「隊列を崩すな!」


声が飛ぶ。


オーレリアだった。


「固まれ!」


「王女を中央へ!」


近衛たちが動く。


訓練された動きだった。


だが狼はさらに現れる。


十。


いや


それ以上。


雨音の向こうで唸り声が重なる。


「多いな……」


タッカーが顔をしかめた。


ユーリイは答えない。


狼を見ていた。


違和感。


普通の獣ではない。


腹を空かせている。


だがそれだけではない。


人を恐れていない。


まるで狩る相手として理解しているようだった。


右から飛ぶ。


斬る。


左から来る。


蹴る。


倒れた兵士へ向かう狼を刺す。


呼吸が荒い。


腕が重い。


全員同じだった。


戦えないわけではない。


だが疲れ切っている。


それがまずかった。


「うわあああっ!」


後方で悲鳴が上がる。


救援部隊の兵士だった。


足を取られた。


転倒。


そこへ二頭。


三頭。


助けに向かう前に姿が見えなくなる。


血だけが跳ねた。


ユーリイは歯を食いしばる。


助けられない。


距離がある。


間に合わない。


それでも足は動く。


その時だった。


ふと


頭の奥に声が響いた。


――考えろ。


ネメシスだった。


雨の訓練場。


泥だらけの新兵たち。


怒鳴る教官。


――強い者が生き残るんじゃない。


――考え続けた者が生き残る。


狼を見る。


数を見る。


位置を見る。


風向きを見る。


そして気付く。


「右だ!」


ユーリイが叫ぶ。


「右が薄い!」


狼の包囲が僅かに歪んでいた。


沢がある。


湿地がある。


群れが回り込みにくい。


「全員右へ!」


「隊列維持!」


オーレリアが即座に復唱する。


兵士たちが動く。


狼が追う。


雨の中


泥を蹴り上げながら。


そして戦いはまだ終わらなかった。


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