不帰の樹海㊵
最初に飛び出したのは狼だった。
黒い影が雨を裂く。
「前ッ!」
誰かが叫ぶ。
直後
鈍い音が響いた。
兵士の一人が吹き飛ばされる。
悲鳴。
泥。
血。
狼は止まらない。
二頭
三頭
四頭
樹海の闇から次々と飛び出してくる。
「槍!」
「前へ出せ!」
救援部隊の兵士たちが慌てて槍を構える。
しかし遅い。
疲労が判断を鈍らせる。
空腹が反応を遅らせる。
狼はそれを知っているかのようだった。
一頭が槍を避ける。
横へ回る。
兵士の喉へ食らいついた。
絶叫。
鮮血が飛ぶ。
ユーリイは駆けた。
短刀を抜く。
狼の首筋へ刃を叩き込む。
骨。
筋肉。
硬い。
だが止まらない。
二度。
三度。
ようやく狼が崩れ落ちる。
「隊列を崩すな!」
声が飛ぶ。
オーレリアだった。
「固まれ!」
「王女を中央へ!」
近衛たちが動く。
訓練された動きだった。
だが狼はさらに現れる。
十。
いや
それ以上。
雨音の向こうで唸り声が重なる。
「多いな……」
タッカーが顔をしかめた。
ユーリイは答えない。
狼を見ていた。
違和感。
普通の獣ではない。
腹を空かせている。
だがそれだけではない。
人を恐れていない。
まるで狩る相手として理解しているようだった。
右から飛ぶ。
斬る。
左から来る。
蹴る。
倒れた兵士へ向かう狼を刺す。
呼吸が荒い。
腕が重い。
全員同じだった。
戦えないわけではない。
だが疲れ切っている。
それがまずかった。
「うわあああっ!」
後方で悲鳴が上がる。
救援部隊の兵士だった。
足を取られた。
転倒。
そこへ二頭。
三頭。
助けに向かう前に姿が見えなくなる。
血だけが跳ねた。
ユーリイは歯を食いしばる。
助けられない。
距離がある。
間に合わない。
それでも足は動く。
その時だった。
ふと
頭の奥に声が響いた。
――考えろ。
ネメシスだった。
雨の訓練場。
泥だらけの新兵たち。
怒鳴る教官。
――強い者が生き残るんじゃない。
――考え続けた者が生き残る。
狼を見る。
数を見る。
位置を見る。
風向きを見る。
そして気付く。
「右だ!」
ユーリイが叫ぶ。
「右が薄い!」
狼の包囲が僅かに歪んでいた。
沢がある。
湿地がある。
群れが回り込みにくい。
「全員右へ!」
「隊列維持!」
オーレリアが即座に復唱する。
兵士たちが動く。
狼が追う。
雨の中
泥を蹴り上げながら。
そして戦いはまだ終わらなかった。




