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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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110/125

不帰の樹海㊳

### ㊳


「走る準備した方がいいっす」


イツォの声に。


その場の空気が変わった。


ユーリイが森の奥を見る。


だが。


何も見えない。


木々が邪魔をしている。


「何がいる」


「分からないっす」


イツォは答えた。


「でも多いっす」


その言葉だけで十分だった。


ユーリイは振り返る。


「クレール少尉」


「聞いていた」


クレールも既に剣へ手を掛けていた。


「全員警戒」


命令が飛ぶ。


五十三名が動く。


食事の空気は消えた。


兵士達の顔になる。


やがて。


聞こえた。


遠くから。


木が折れる音。


一本ではない。


二本でもない。


連続している。


そして。


地面が揺れた。


「何だ……?」


マルグリットが呟く。


その瞬間だった。


森の奥から飛び出してきたのは。


巨大な鹿だった。


普通ではない。


馬ほどもある巨体。


枝のように広がった角。


血走った目。


だが。


誰も安堵しない。


その鹿は逃げていた。


何かから。


続いて二頭。


三頭。


四頭。


群れだった。


鹿達は一行の存在など気にもしない。


脇を駆け抜けていく。


「おい」


タッカーの顔が引き攣る。


「嫌な予感しかしねぇぞ」


同感だった。


鹿が逃げる。


それも群れで。


ならば。


何から逃げている。


答えはすぐに現れた。


木々の向こう。


黒い影。


一つ。


二つ。


三つ。


いや。


もっといた。


狼だった。


だが普通ではない。


大人の胸ほどもある体高。


飢えた目。


群れ。


十頭では利かない。


二十。


あるいはそれ以上。


「散開するな!」


クレールが叫ぶ。


「円陣を組め!」


兵士達が動く。


王女を中心に。


外周へ盾持ち。


弓兵が後方へ下がる。


その動きは見事だった。


流石は正規軍。


だが。


ユーリイは違う方向を見ていた。


狼ではない。


さらに奥。


森の暗がり。


まだ何かいる。


大きい。


狼より。


ずっと。


「ユーリイ!」


タッカーの声。


次の瞬間。


森が弾けた。


巨大な黒い塊が飛び出す。


熊だった。


誰もが息を呑む。


見上げるほど巨大だった。


そして。


その熊に追われるように。


狼達もまた走っている。


イツォが青い顔で呟いた。


「最悪っす……」


「何だ」


ユーリイが問う。


「縄張り争いっす」


その言葉と同時だった。


狼の群れが進路を変えた。


真っ直ぐ。


五十三名へ向かって。


「来るぞ!」


クレールが叫ぶ。


そして


不帰の樹海は


初めて自分たちに本気で牙を剥いた。


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