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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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不帰の樹海㊲

翌朝。


出発は日の出と同時だった。


焚き火の跡を埋め。


水筒を満たし。


装備を整える。


誰も文句は言わない。


食事を終えたことで多少は体力が戻った。


それでも。


疲労が消えた訳ではない。


「準備完了です」


オーレリアが報告する。


メローペは頷いた。


そして視線を移す。


ユーリイ達の方へ。


「ユーリイ君」


「はい」


「進路について意見はあるか?」


クレールが僅かに目を細めた。


昨日までなら有り得ない質問だった。


だが。


メローペは迷わなかった。


樹海で生き残っている。


それだけで十分な理由になる。


ユーリイは少し考える。


そして。


「イツォ」


「はいっす」


「どう思う?」


即答だった。


イツォは辺りを見回す。


空。


風。


木々。


地面。


そして少し離れた場所へ歩いて行く。


しゃがみ込む。


土を触る。


落ち葉を掴む。


やがて戻ってきた。


「昨日の雨で沢が増水してるっす」


クレールが眉をひそめる。


「見てきたのか?」


「見てないっす」


「では何故分かる」


イツォは不思議そうな顔をした。


「分かるっす」


クレールは黙った。


イツォは続ける。


「この辺り低いっす」


「雨降った後は水が集まるっす」


「南東は駄目っすね」


「回り道になるっすけど北寄りの方がいいっす」


クレールは地図を見る。


理屈は分かる。


だが確証は無い。


少なくとも自分には。


「どうする?」


メローペが尋ねる。


クレールは少し考えた。


そして。


「従うべきかと」


そう答えた。


昨日なら言わなかった言葉だ。


メローペは頷く。


「では進路変更」


命令が飛ぶ。


列が動き始める。


先頭はイツォ。


その後ろにユーリイ。


クレールはその様子を見ながら歩いた。


奇妙な気分だった。


自分は士官学校を出ている。


地図も読める。


行軍訓練も受けている。


だが。


今この森で頼りになるのは。


前を歩く田舎者だった。


昼過ぎ。


一行は高台へ出た。


そして。


クレールは言葉を失う。


眼下。


本来進む予定だった谷。


そこを濁流が流れていた。


倒木が折り重なり。


巨大な岩が転がっている。


人が渡れる状態ではない。


クレールはしばらく黙っていた。


やがて。


小さく息を吐く。


「なるほどな」


横ではイツォが木の実を齧っていた。


「だから言ったっす」


どこか得意そうだった。


クレールは思わず笑う。


そして。


その笑みはすぐ消えた。


谷の向こう。


森の奥。


何かが動いた気がした。


大型獣。


そう思った。


だが違う。


一頭ではない。


二頭でもない。


もっと多い。


イツォも気付いたらしい。


口から木の実を落とした。


「……あれはまずいっす」


声が変わる。


今まで聞いたことのない声だった。


ユーリイが振り返る。


「何だ」


イツォは森の奥を指差した。


「走る準備した方がいいっす」


総員五十三名。


男も女もない。


そこにいた兵士達は皆、樹海の奥から漂う何かを感じていた。

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