不帰の樹海㉞
総員三十二名。
焚き火の周りには奇妙な空気が流れていた。
「取ってないっすね……」
イツォの言葉に。
誰も反論できない。
クレールも。
マルグリットも。
オーレリアも。
そしてメローペも。
三日前。
確かに蛙を捕まえた。
確かに焼いた。
確かに食べた。
そして。
三人死んだ。
「……知らなかった」
クレールが呟く。
イツォは少し困った顔をした。
「まぁ、普通はそうっす」
その答えは意外だった。
「知っているものなのか?」
マルグリットが尋ねる。
イツォは首を振った。
「知らない人は知らないっす」
「ただ、俺の村じゃ普通だったっす」
そう言って焚き火へ小枝を放り込む。
「春先になると捕まえるんすよ」
「蛙も蛇も」
「婆ちゃん達に教わったっす」
クレール達は黙って聞いていた。
イツォは続ける。
「この森の生き物じゃないっす」
「どこにでもいる奴っす」
「だから食い方も知ってたっす」
そこで少し笑った。
「もっとも」
「婆ちゃん達にはこの森に入るなって言われてたっすけど」
タッカーが吹き出す。
「守らなかったんだな」
「守ってたら今ここにいないっす」
「違いない」
小さな笑いが起こる。
だが。
クレール達は笑えなかった。
自分達は。
知らなかった。
魚も。
蛙も。
蛇も。
木の実も。
どれが食べられて。
どれが危険なのか。
判断できなかった。
「だからか……」
ジゼルが小さく呟く。
「だから何だ」
マルグリットが尋ねる。
ジゼルは少し考えた。
「私達はずっと」
「食べられるかどうかを考えていました」
焚き火がぱちりと音を立てる。
「でも」
ジゼルはイツォを見る。
「この人達は違う」
イツォは首を傾げた。
「違う?」
「はい」
ジゼルは頷く。
「何が食べられるかを知っていた」
沈黙。
誰も反論しない。
その違いは大きかった。
クレール達にとって森は敵だった。
何もかもが分からない。
何もかもが危険だった。
だが。
イツォ達にとっては違う。
危険なものもある。
しかし。
知っているものもある。
その時だった。
クレールが小さく口を開く。
「桃でも死人が出た」
イツォが顔を上げる。
「桃?」
「見た目は普通だった」
「甘かった」
「翌日死んだ」
沈黙。
そして。
イツォは頭を抱えた。
「ああ……」
「少尉、それ食っちゃだめな奴っす」
クレール達が固まる。
「知っているのか?」
「知ってるっす」
イツォは頷いた。
「桃に似てるんすけど、あれ物凄く毒が強いんすよ」
「ただ」
そこで指を立てた。
「食えない訳じゃないっす」
今度はイツォ以外が固まる番だった。
「加熱すると毒が抜けるんす」
「だから俺達もたまに食ってたっす」
マルグリットが額を押さえた。
ジゼルは天を仰いだ。
クレールは黙っている。
「あと」
イツォは森の奥を指差した。
「この森で一番美味い果物は別っす」
「小さい実なんすけど」
「ちょっと毒々しい色してるんすよ」
「胃腸にも良いっす」
その時。
タッカーが戻って来た。
手には木の実が入った籠。
「これか?」
「それっす!」
イツォは嬉しそうに頷く。
そしてクレール達へ差し出した。
「美味いっすよ?」
近衛達は誰も手を伸ばさない。
「食わず嫌いは駄目っす」
「本当に美味いんだから」
総員三十二名。
王女一行は初めて知った。
同じ森を歩いていても。
見えていた景色は全く違っていたことを。




