不帰の樹海㉜
総員三十二名。
森は静まり返っていた。
ユーリイはまだ固まっている。
タッカーも。
イツォも。
マースも。
全員が同じだった。
理解が追いついていない。
王女。
それも本物。
そんな存在が目の前にいる。
ユーリイはゆっくりと口を開いた。
「えっと……」
声が裏返った。
後ろからタッカーが小声で囁く。
「敬礼じゃねぇか?」
「あ」
ユーリイが固まる。
「敬礼っすね」
イツォも頷く。
「敬礼ですね」
マースも同意した。
そして。
全員が慌てて姿勢を正した。
だが。
揃わない。
見事なまでに揃わない。
直立不動になる者。
敬礼する者。
途中で動きが止まる者。
何をすれば良いのか分からず固まる者。
統一感など皆無だった。
マルグリットが頭を抱えた。
オーレリアも思わず額を押さえる。
メローペだけが静かにその様子を見ていた。
「楽にせよ」
穏やかな声だった。
「貴殿らは知らなかったのだろう?」
ユーリイ達は顔を見合わせる。
そして。
「はっ!」
今度は綺麗に揃った。
だが内容は酷かった。
「第八九三小隊所属、ユーリイ・シーゲルであります!」
「タッカー・ナークニーであります!」
「イツォ・フークであります!」
「マース・ハナーキであります!」
次々と名前が飛ぶ。
まるで新兵訓練だった。
タッカーが途中で噛んだ。
イツォは声が裏返った。
ユーリイは途中で敬礼する手を左右間違えた。
マースだけが比較的まともだった。
その様子に。
近衛達の表情から少しずつ緊張が消えていく。
少なくとも。
敵ではない。
それだけは分かった。
その時だった。
ぐぅぅぅぅ……
静寂の中。
盛大な音が響いた。
全員が振り向く。
音の主は。
ジゼル・ベルナールだった。
「……」
ジゼルが固まる。
耳まで真っ赤だった。
「ジゼル?」
マルグリットが声を掛ける。
「ち、違います」
誰も何も言っていない。
「今のは違います」
さらに。
ぐぅぅぅ……
追撃だった。
ジゼルは顔を覆った。
「違いませんでした……」
沈黙。
そして。
イツォがぽつりと言った。
「腹減ってるんすね」
タッカーの拳が飛んだ。
鈍い音が響く。
「痛っ!」
「お前は黙れ!」
「だって本当のことっす!」
だが。
そのやり取りで空気が変わった。
ユーリイはジゼルを見る。
頬はこけ。
目の下には隈がある。
近衛達も同じだった。
クレールも。
マルグリットも。
そして王女でさえ。
痩せていた。
ユーリイは眉をひそめる。
「……何日食ってないんですか?」
クレールは少し考えた。
「覚えていない」
それは冗談ではなかった。
ユーリイ達は顔を見合わせる。
今度は誰も笑わなかった。
総員三十二名。
第八九三小隊はようやく理解した。
目の前の部隊は。
自分達が思っていた以上に追い詰められていることを。




