不帰の樹海㉛
総員三十二名。
森を支配していたのは沈黙だった。
武器はまだ下ろされていない。
友軍かもしれない。
だが、それを確認できた訳ではない。
互いに疲弊している。
それでも。
ここで油断する者はいなかった。
焚き火を挟み。
二つの部隊が向かい合う。
先に口を開いたのはユーリイだった。
「所属を名乗れ」
低い声だった。
クレールは一歩前へ出る。
「その前に貴様らが名乗れ」
視線がぶつかる。
数秒の沈黙。
ユーリイは小さく息を吐いた。
「王国陸軍」
そこで言葉を切る。
「第八九三小隊」
クレールの眉が僅かに動く。
聞いたことがある。
士官学校時代。
酒の席で耳にした噂だ。
男だけで構成された部隊。
不能者だけを集めた部隊。
誰も本気にはしていなかった。
都市伝説の類だと思っていた。
だが。
今は違う。
目の前にいる。
実在している。
「そちらは」
ユーリイが促した。
「王国陸軍第七独立混成中隊所属」
クレールは答える。
その瞬間。
後方から小声が聞こえた。
「第七だってよ」
「へー、エリートじゃん」
「で、なんでそんなエリートがこんな所にいるん?」
クレールの眉がぴくりと動く。
マルグリットのこめかみにも青筋が浮いた。
だが男達に悪意はない。
純粋な疑問らしい。
「お前ら静かにしろ」
ユーリイが振り返る。
「だって気になるだろ」
「気になるっす」
「黙れ」
短い一言で会話は終わった。
どうやら普段からこうなのだろう。
クレールはそんな事を思った。
「クレール・ドロワ少尉」
改めて名乗る。
ユーリイは頷いた。
「ユーリイ・シーゲル」
階級は名乗らなかった。
いや。
名乗れなかったのかもしれない。
クレールはそう考えた。
不能部隊。
噂しか知らない部隊。
その実態までは知らない。
「質問がある」
「何だ」
「何故男が軍服を着ている」
後方で誰かが吹き出した。
男達の間から笑いが漏れる。
だが。
この場にいる全員が同じ事を思っていた。
ユーリイは頭を掻いた。
「それを説明すると長くなる」
「構わん」
「俺達もよく分かってない」
今度はクレールが黙る番だった。
冗談ではない。
本気で言っている。
その時だった。
「ユーリイ」
後方から声が飛ぶ。
タッカーだった。
「そっちじゃないだろ」
「ん?」
ユーリイが振り返る。
タッカーは顎でクレール達の後方を示した。
そこにはメローペがいた。
ユーリイは数秒固まる。
綺麗な軍服。
周囲を固める近衛。
明らかに場違いな存在感。
そして。
誰もが自然に彼女を中心に動いている。
ユーリイは首を傾げた。
「失礼ですが」
クレール達の空気が張り詰める。
「そこにいる綺麗な制服の人は、どこのお姫様ですか?」
マルグリットの顔色が変わった。
「なっ――!」
怒声が飛ぶ。
「無礼な!!」
剣の柄に手が掛かる。
だが。
その前に声が響いた。
「よい」
メローペだった。
「殿下!」
マルグリットが叫ぶ。
だがメローペは静かに首を振った。
そして一歩前へ出る。
ユーリイを見る。
真っ直ぐに。
「そうだ」
静かな声だった。
「私はメローペ・アデス」
ユーリイは瞬きを繰り返した。
「ユーリイ君だったか」
「貴殿の所属する王国の王女だ」
沈黙。
森が静まり返る。
ユーリイは固まった。
タッカーも。
イツォも。
マースも。
誰一人として動かない。
やがて。
ユーリイが小さく口を開いた。
「……え?」
総員三十二名。
そして第八九三小隊。
彼らが自分達の任務の意味を理解したのは。
この時が初めてだった。




