第8話:有能な味方は、給与の額で決まりますわ
『……何だと? この私を、ただの工場の動力源として扱おうというのか!』
帝国の地下金庫。蒼い光を放つ鉄の塊――精霊鋼「フェルム」が、震えるような声で憤慨していました。
わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアは、その怒号を扇子で軽く受け流し、冷ややかな視線を向けます。
「あら、聞き捨てなりませんわね。わたくしが提示したのは『動力源』などという卑俗な地位ではなく、この帝国の、ひいては世界の次世代産業を担う『CEO(最高経営責任者)』としての席ですわ」
『シー、イー、オー……?』
「ええ。陛下が十年間もあなたをここに放置していたのは、あなたの価値を理解していなかったからではありませんわ。単に、あなたという『膨大な魔力資産』を運用するノウハウがなかっただけ。ですが、わたくしは違います」
わたくしは一歩踏み出し、フェルムの表面に優雅に指を触れました。
わたくしの「絶対金感」が、彼の内部でくすぶっている、高純度の、しかし行き場のないエネルギーの旋律を捉えます。
「いいですか、フェルム。ここに閉じこもって錆びていくのは、経済学的には『死』と同じですわ。ですが、わたくしの計画に乗り、帝国の全魔導具にあなたの意識の断片を接続しなさい。そうすれば、あなたは大陸全土の情報を掌握し、万の機械を支配する『鋼の神』になれる……。この投資話、乗らない手はありませんわよね?」
『……小娘。お前は私を、言葉巧みにこき使うつもりだろう』
「心外ですわ。わたくしが求めているのは、対等なビジネスパートナー。……成功報酬として、陛下が十年かけて集めた最高品質の魔導鉱石、そのすべてをあなたの『食事』として支給することを約束いたしますわ」
隣で聞いていたアルリック陛下が、「えっ、私のコレクションが……?」という顔をされましたが、わたくしは微笑み一つで彼を黙らせました。
『…………。ふん、よかろう。退屈な暗闇よりは、世界の歯車になる方がマシだ。その契約、承認するぞ』
「話が早くて助かりますわ。……マリアンヌ、工場の起動準備を。今日から、この国の剣と盾には『意志』が宿りますわよ」
わたくしの指示で、フェルムの蒼い魔力が地下から這い上がり、帝国全土の工房へと張り巡らされました。
これによって、熟練の職人しか作れなかった魔導具が、フェルムの制御によって「完全な品質」で大量生産される体制が整ったのです。
それは、帝国の経済が「軍事国家」から「超高度魔導工業国家」へと変貌を遂げた瞬間でした。
一方その頃、わたくしが「損切り」した王国アルカディアでは――。
「ひ、ひぃっ! 結界が、結界が消えたぞ!」
王都の北門。そこを守っていたはずの魔導防壁が、まるでパズルのピースが一つ抜けたかのように、一部だけぽっかりと消失していました。
わたくしが残した「一パーセントの誤差」。
それが、聖女のパンによる土地の魔力枯渇と共鳴し、ついに修復不能な「穴」を空けたのです。
「魔物だ! オークの群れが街に入ってくるぞ!」
叫び声とともに、飢えた魔物たちが雪崩れ込んできました。
ですが、それに対抗すべき騎士たちの手にあるのは、なまくらな古い剣のみ。
「殿下! エラ様! お助けください!」
王宮のバルコニー。下着同然の姿から、ようやく間に合わせの服を着たジュリアン王子が、震える手で聖女エラの肩を掴みました。
「エラ! 君の力で何とかしろ! 魔物を追い払う『奇跡』を見せるんだ!」
「わ、わかっていますわ! ……ああっ、でも、魔力が、足りない……っ!」
エラが両手を掲げ、まばゆい光を放とうとします。
ですが、彼女が力を振り絞るたびに、王都の住民たちの顔がみるみるうちに土色へと変わっていきました。
パンを食べて生き延びていたはずの民たちが、その体内から「生命の利息」を強制徴収され、次々と路上に崩れ落ちていきます。
エラの放った光の矢は、数体のオークを消し飛ばしましたが、それだけ。
代償として、王都の最も美しい並木道が、一瞬で不気味な灰の山へと姿を変えました。
「……計算通りですわね」
帝国側のモニター(フェルムを介した遠隔視覚)でその惨状を見ていたわたくしは、優雅に紅茶の香りを楽しみました。
「お嬢様。王国の損失は、現時点で想定の三割を上回っています。……聖女の暴走が、民衆の『資産価値』を著しく損ねていますわね」
マリアンヌが、冷徹な報告書を差し出します。
「構いませんわ。わたくしが救うのは、あくまで自分自身の価値を守ろうとする者だけ。……あのような、幻想に縋って自らを切り売りする者たちまで救う義理は、一銭たりともございませんもの」
わたくしは、手元の帳簿に「王国」の最終的な処置方法を書き込みました。
「陛下。そろそろ、あちらの『倒産処理』の準備を始めましょうか。……生き残った優秀な人材だけを、わたくしたちが『買い取る』準備をね」
窓の外では、フェルムの魔力を受けて蒼く輝く帝国の新造騎士団が、整然と隊列を組み始めていました。
光溢れる帝国と、灰色の霧に包まれゆく王国。
世界という名の天秤は、もはや戻ることのない角度で、大きく傾き始めていたのでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございますわ。
生意気な精霊鋼フェルムを「CEO」に任命して調教するセラフィナ様。
そして、愛と奇跡という名の「自転車操業」で、民の命を使い果たす聖女エラ様。
二人の格の違いが、いよいよ取り返しのつかない形で現れましたわね。
民を「枯れ木」に変えながら魔物を倒す聖女様の姿……。
もはやどちらが魔物なのか、分かったものではありませんわ。
ですが、セラフィナ様にとってはそれすらも「計算の内」。
次回、第9話「有能な味方は、給与の額で決まりますわ……あら、失礼。次はこちらですわね。第9話『金貨が奏でる、魔力の旋律』」。
ついに王都が陥落寸前!
逃げ場を失った王子たちが、セラフィナ様に泣きつくための「最後の手紙」を送りますわ。
果たして、冷徹なセラフィナ様の返答は?
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それでは、次の更新もお楽しみに。ごきげんよう。




