第5話:返還請求? まずは未払い金の清算から始めましょうか
「……厚顔無恥にも、程がありますわね」
ヴァレンシュタイン帝国の謁見の間。わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアは、届けられた一通の書状を指先でつまみ、ゴミ箱へ放り込みたい衝動を優雅に抑え込みました。
書状の差出人は、アルカディア王国。
内容は、わたくしが回収した騎士団の装備、ならびに私費で購入した食糧・軍備一式の「即時返還」を求める公式な抗議文ですわ。
「セラフィナ殿。あちらの言い分はこうだ。『アストレア家の資産は王国の保護下で築かれたものであり、公的に接収する権利がある。持ち出しは横領であり、犯罪である』……と」
アルリック陛下が、玉座に深く腰掛けたまま、面白くなさそうに鼻を鳴らしました。
彼の横には、今朝王国から到着したばかりの使節――かつて夜会でわたくしのドレスにワインをかけ、「計算しか能のない女は華がない」と嘲笑ったボルドー伯爵が、鼻息荒く立っています。
「そうだ! アストレア家の娘よ、分かったら速やかに装備を返せ! 聖女エラ様によれば、貴様の呪いのせいで王都の芝生が枯れ、魔導結界にひびが入ったというではないか。これ以上の不敬は、我が国への宣戦布告と見なすぞ!」
……あら、あらあら。
聖女様、自分の「奇跡」の代償をわたくしの「呪い」にすり替えましたのね?
その浅ましさ、もはや清々しささえ感じますわ。
わたくしはゆっくりと歩み寄り、青筋を立てたボルドー伯爵の目の前で、扇子を優雅に広げました。
「ボルドー伯爵。わたくし、計算しか能がありませんので、少し難しいお話は理解しかねるのですが……。一つだけ伺ってもよろしいかしら?」
「な、なんだ!」
「伯爵が今お召しのその立派なマント。……裏地のタグをご覧になって?」
伯爵が不審げにマントを捲ります。そこには、小さな銀糸で『Astreas-Finance』の紋章が刺繍されていました。
「それも、わたくしの私有物ですわ。そのマントのレンタル料、ならびにクリーニング代。過去三年間で金貨二十枚ほど未払いになっておりますけれど? 今すぐ脱いで返してくださるかしら。あ、下着もわたくしが支給した特注魔導綿でしたわね」
「な……ななな……っ!」
伯爵の顔が、熟しすぎたトマトのように赤く染まりました。
わたくしはマリアンヌに命じて、一束の分厚い書類を伯爵の足元に叩きつけさせました。
「それは、アストレア家が王国に無償で貸与していた『インフラ維持管理費』の総目録ですわ。道路の補修、下水道の清浄、果ては王宮のキャンドル代まで。わたくしが去った瞬間、それらはすべて『有償契約』に切り替わっています。返還請求とおっしゃるなら、まずはこの滞納金、金貨五百万枚を一括でお支払いいただけますかしら?」
「ご、五百万……!? そんな金、国庫にあるはずが――」
「ございませんわよね。殿下が夜会のシャンパン一瓶に、兵士十人の月給をつぎ込んでいらっしゃいましたもの。おーっほっほっほ!」
謁見の間に、わたくしの高笑いが響き渡ります。
伯爵は、足元に積み上げられた「数字の山」に圧倒され、震える手で書類を掴もうとしましたが、あまりの額の大きさに意識が遠のいたのか、そのまま白目を剥いて床に沈みました。
アルリック陛下が、その様子を見て呆れたように溜息をつきました。
「……セラフィナ殿。君と敵対することだけは、絶対に避けたいと改めて誓おう」
「あら、陛下。わたくしは契約を遵守する相手には、どこまでも慈悲深いですわよ?」
わたくしは、床に転がった使節を一瞥もせず、窓の外を見上げました。
そこには、帝国ヴァレンシュタインの騎士たちが、わたくしが提供した鋼の剣を使い、活気ある訓練に励む姿がありました。
一方で、わたくしの脳内にある「王国の帳簿」は、激しく赤く点滅しています。
聖女エラがパンを出すたびに、王国の土地から魔力が消え、それが結界の核を直接侵食している。
計算上、今日から三日以内に、最初の「外部からの侵入」が起きるはず。
「マリアンヌ。王都周辺の魔物の動向は?」
「はい。結界の薄くなった箇所に、オークの群れが集結しつつあります。……彼ら、武器も鎧もありませんが、どう守るつもりでしょうね」
マリアンヌの冷徹な言葉に、わたくしは唇を吊り上げました。
武器はない。金もない。土地の魔力もない。
残っているのは、無知な王子と、未来を食いつぶす聖女だけ。
「愛があれば魔物も倒せると、彼らはおっしゃっていましたわね。……ええ、存分に証明していただきましょう。わたくしの計算外のことが起きるか、楽しみですわ」
その時、帝国の偵察兵が、慌ただしい足取りで謁見の間へと駆け込んできました。
「報告! アルカディア王国軍、国境付近へ集結中! ……彼ら、丸腰に布を巻いただけの姿ですが、陛下に『食糧と装備の譲渡』を強硬に求めております!」
……おやおや。
返してと言ってダメなら、奪いに来ましたの?
わたくしは、新しい帳簿の「王国」のページに、そっと黒い栞を挟みました。
――【暴力による解決の試み。資産価値、ゼロと認定】。
「陛下。お仕事(防衛)の時間ですわ。わたくしが投資した剣の切れ味……試してみるには絶好の機会ではなくて?」
お読みいただき、ありがとうございますわ。
「脱いで返してくださいな」――セラフィナ様の冷徹な一言、ボルドー伯爵の顔色と共に楽しんでいただけましたかしら?
マント一枚から下着に至るまで、わたくしの管理下にあった王国。
それを「横領」だなんて、どの口がおっしゃるのかしら。
計算のできない殿下たちは、ついに「持たざる者の強盗」という、最も品性のない手段を選ばれたようですわね。
さて、次回、第6話「国境を越える前に、一つお土産を」。
丸腰の王国軍vs最新装備の帝国軍。
経済で負け、武力でも負けた時、ジュリアン殿下は一体どんな顔をされるのかしら?
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それでは、次回の更新もお楽しみに。ごきげんよう。




