第4話:聖女の奇跡と、枯れ始めた芝生
「……これが、一国の騎士の食事ですの?」
ヴァレンシュタイン帝国の宿営地。わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアは、目の前に並べられた「食事」と称する物体を、扇子の先で示しました。
皿の上にあるのは、石のように硬い黒パンと、塩気も乏しい薄いスープ。具材にいたっては、何の野菜か判別もつかないほどクタクタに煮込まれた、繊維質の塊が一つ浮いているだけですわ。
「申し訳ない。これが我が軍の『最高のご馳走』なのだ」
皇帝アルリック陛下は、恥じる様子もなく、しかしどこか痛ましげにその皿を見つめました。
彼の背後に控える騎士たちも、軍服こそ繕われて清潔ですが、その頬はこけ、瞳の光は飢えによって鈍っています。
「陛下。わたくしがこの国に来たのは、共に飢え死にするためではありませんわ。……マリアンヌ、例のものを」
「はっ。既に展開しております」
わたくしの合図とともに、宿営地の入り口へ次々と荷馬車が運び込まれました。
王国から「回収」し、あらかじめ転送しておいた備蓄物資。マリアンヌが荷台の覆いを跳ね上げると、そこには、塩漬けの極上乾肉、高カロリーのチーズ、そして乾燥させた果実の樽が山のように積まれていました。
「な……っ!? これほどの物資を、この短時間で……!」
「驚くには当たりませんわ。わたくしの帳簿には、いつ、どこに、どれだけの食糧を配置すれば『利益』が最大化するか、すべて書き込まれていますもの。……さあ、騎士の皆様。まずは腹を満たしなさい。空腹では、わたくしの資産を守ることもできませんわよ」
信じられないといった様子で肉を口にした騎士たちが、その瞬間に号泣し、地面に膝を突きました。
彼らにとって、それは単なる食事ではなく、初めて受け取った「正当な評価(報酬)」だったのです。
「セラフィナ殿……感謝する。これほどの恩義、我が国はどう返せばよい」
「おっしゃいましたわね、陛下? では、この食糧費は『将来の税収』から複利で徴収させていただきますわ。……おーっほっほ! わたくしに救われたのなら、一生をかけて働いていただきますわよ?」
アルリック陛下は、苦笑しながらもその瞳に熱い灯を宿しました。
この国は貧しい。ですが、誰一人として他人のせいにはしない。その『実直さ』は、投資するに値する資産ですわ。
一方、わたくしが捨てた王国――アルカディアでは、対照的な『奇跡』が起きていました。
「さあ、皆さん! お腹が空いたでしょう? わたくしが、神様から頂いた力でパンをお分けしますわ!」
王都の中央広場。聖女エラが両手を掲げると、眩いばかりの光が溢れ出しました。
光が収まった後、そこには湯気を立てる焼きたてのパンが、魔法のように山積みになっていました。
給与を絶たれ、飢えに苦しんでいた民衆や騎士たちが、歓喜の声を上げてそのパンに群がります。
「ああ、聖女様! セラフィナのような悪女がいなくなって、ようやく救われた!」
「セラフィナは金ばかり求めていたが、エラ様は無償でパンをくださる! これこそが真の慈愛だ!」
ジュリアン王子もまた、誇らしげにエラの肩を抱き、民衆へ向けて叫びました。
「見たか! 金などなくても、聖女の愛があればこの国は不滅だ!」
ですが、誰も気づいてはいませんでした。
聖女がパンを生み出したその足元で、青々と茂っていた芝生が、まるで水分を一瞬で奪われたかのように茶色く変色し、ボロボロと崩れ落ちたことに。
そして、そのパンを口にした民衆の瞳が、一瞬だけ、濁った灰色に染まったことに。
国境を隔てた隣国で、わたくしはマリアンヌから届けられた報告書を、キャンドルの火で燃やしました。
「……あらあら。エラ様、ついに『禁忌』に手を染められましたのね」
「お嬢様、あちらの土地の魔力残量が、急激に低下しています。このままでは、次の収穫を待たずして王国全域が砂漠化するでしょう」
マリアンヌの冷静な指摘に、わたくしは深く、深く椅子に身を沈めました。
無から有は生まれません。それが経済の鉄則であり、魔法の代価でもあります。
彼女が振りまくパンの代価は、王国の『未来の肥沃さ』そのもの。
「愛は無償……。ふふ、左様でございますわね。ですが、未来を食いつぶした後の『負債』は、神様でも肩代わりしてはくださらないのに」
わたくしは、新しい帳簿の「王国」のページに、太い赤線を引き、その横に一言だけ書き添えました。
――【デフォルト(債務不履行)まで、あと二十日】。
窓の外では、ヴァレンシュタインの騎士たちが、わたくしが与えた新しい剣を磨く音が、力強く響いていました。
お読みいただき、ありがとうございますわ。
隣国での「肉とチーズ」の宴と、王国での「呪われたパン」の配給。
対照的な二つの光景、皆様の目にはどう映りましたかしら?
聖女様がパンを出すたびに、土地が死んでいく……。
「愛があればお金なんて」という理想論が、いかに物理的な破壊を招くか。
セラフィナ様だけが知っているその恐怖が、徐々に王国を包み込んでいきますわ。
次回、第5話「ストライキはお嫌いかしら?……おっと失礼。あちらはもう、働く場所すらありませんでしたわね」。
王国の内部崩壊がさらに加速し、ついに王子が「ある禁じ手」を使おうと画策いたしますわ。
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それでは、次回の更新もお楽しみに。ごきげんよう。




