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捨てられた令嬢は隣の貧乏帝国を買い取る 〜身勝手な婚約破棄、一パーセントの誤差もなく差し押さえますわ〜  作者: 冷泉院 麗華


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第2話:その剣、わたくしの金で作りましたのよ?

「……嘘だ。こんなことが、あってたまるか」


 王宮の広間には、いまだに下着同然の格好で震え上がる王子ジュリアンの、情けない声が響いていました。

 彼だけではありません。近衛騎士団の面々も、誇り高き鎧を失い、身を隠すように柱の陰へとうずくまっています。

 つい数分前まで「真実の愛」を語り、わたくしを悪女と罵っていた者たちの姿としては、あまりに滑稽で、そして救いようのない光景ですわ。


「殿下、何を呆けていらっしゃるのです! 早く、早く魔導師団を呼びなさい! セラフィナが奪ったものを、無理やりにでも取り返させるのです!」


 聖女エラが、その可憐な顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら叫びます。

 ですが、その叫びに応える者は誰もいません。

 広間に駆け込んできたのは、魔導師ではなく、真っ青な顔をした王国の財務卿でした。


「殿下! 大変なことになりました! 国庫が、国庫が空です!」

「何を言っている! アストレア公爵家の資産を差し押さえれば、いくらでも金はあるだろう!」

「それが……公爵家の屋敷、倉庫、領地の農場に至るまで、すべて『隣国ヴァレンシュタイン』への譲渡契約が、一時間前に完了しております。今この国の公爵領にあるものは、すべて法的に『外国の資産』。手を出せば、即座に開戦事由となりますぞ!」


 おーっほっほ! 财务卿、なかなか良い読みをしていらっしゃいますわね。

 わたくしが、何の準備もなしにこの場を去ると思ったのかしら。

 あらかじめ公爵家の全資産を隣国へ「投資」という形で移転させておくなど、事務作業の初歩の初歩ですわ。


「それに、殿下……。セラフィナ様が回収されたのは、装備品だけではありません。国中の商会が、一斉に王家との取引を停止しました。彼女の『信用』が、この国の物流を支えていたのです」


 財務卿が膝から崩れ落ちます。

 そう、わたくしがこの国で積み上げてきたのは、金貨の山だけではありません。

 「セラフィナの署名があれば、支払いは必ず行われる」という、岩のような信用。

 それが消えた瞬間、この国の経済という名の時計は、その針を止めたのです。


「エラ、君の奇跡はどうした! 君なら、食べ物も、武器も出せるだろう!?」


 ジュリアンが縋り付くように聖女の肩を掴みます。

 エラはびくりと肩を揺らし、視線を泳がせました。


「そ、それは……。わたくしの奇跡は、人々の心を癒やすもので……。無からパンを生み出すのは、その、とても魔力を消費しますし、何より、土地の祝福が必要で……」

「今すぐやれと言っているんだ!」


 ……あら。愛し合っていたはずのお二人なのに、随分と余裕がございませんわね。

 わたくしが去った後の王国が、聖女の「奇跡」という名の延命措置でどこまで持つか、せいぜい見学させていただきましょう。


 その頃、わたくし――セラフィナは、公爵家の最高級魔導馬車に揺られ、既に国境付近へと差し掛かっていました。

 窓の外には、わたくしが管理し、肥沃に育て上げたアストレア領の豊かな田園風景が広がっています。

 ですが、それも今日で見納め。

 

「お嬢様、よろしかったのですか? あの『一パーセント』をあそこに残したままで」


 向かい合わせに座るマリアンヌが、眼鏡を指で押し上げながら問いかけてきます。

 わたくしは、手にした金貨を指先で弾き、その澄んだ音を聴きました。


「構いませんわ。あれは、わたくしが王国へ残した唯一の『慈悲』。……まあ、彼らがその意味に気づく頃には、利息が膨らみすぎて、国ごと買い取っても足りないでしょうけれど」


 わたくしが帳簿に紛れ込ませた「一パーセントの計算誤差」。

 それは、王国の魔導防壁の維持システムに組み込まれた、微細なバックドアです。

 わたくしがいなければ、その誤差は少しずつ、確実に防壁の強度を削り、一ヶ月後には……。

 ふふ、想像するだけで、お茶が美味しくいただけますわ。


「それよりマリアンヌ。ヴァレンシュタインの皇帝陛下には、連絡はついていて?」

「はい。国境まで自ら迎えに来るとのことですが……。あちらの財政状況、予想以上に深刻なようです」

「知っていますわ。なんせ、あの一国の主が、自ら軍服のボタンを自分で付け直しているほどですものね」


 馬車が止まりました。

 国境の検問所。そこには、王国の豪華な装飾とは無縁の、無骨で、しかし手入れの行き届いた黒い軍服を纏った一団が待ち構えていました。


 その中心に立つ、一人の男。

 長く、燃えるような銀髪を揺らし、鋭い意志を宿した瞳でこちらを射抜く――隣国ヴァレンシュタインの皇帝、アルリック・ド・ヴァレンシュタイン。


 彼が馬車に歩み寄り、わたくしのために自ら扉を開けました。


「待っていたぞ、アストレア公爵令嬢。いや、わが国の新たな『財務長官』殿」


 わたくしは、差し出されたその大きな、剣筋で硬くなった手を見つめました。

 そして、優雅に微笑んでその手を取ります。


「お呼びかしら、陛下? わたくしを雇うには、並大抵の対価では足りませんわよ」

「分かっている。私の命か、あるいはこの国の未来か。好きな方を担保にするがいい」


 あら、随分と潔い。

 わたくしは、彼の瞳の奥に、十年前のあの「鉄屑」を拾った少年の面影を見つけました。


「いいえ、陛下。まずは……溜まりに溜まった十年来の『利息』から、清算させていただきましょうか」


 新しい帳簿を開く音が、国境の風に混じって、静かに、しかし力強く響きました。

お読みいただき、ありがとうございますわ。

王国のパニックと、隣国の皇帝陛下の初登場、いかがでしたかしら?


「愛があればお金なんて」と言っていた王子たちが、現実の壁(と露出した肌の寒さ)に絶望していく様は、書いているわたくしも心が洗われるようですわ。

そして、ついに現れた「貧乏だけど最強」な皇帝アルリック。

彼とセラフィナ様の関係は、甘い恋というよりは……そう、命を懸けた「大型契約」のようなもの。


次回、第3話「ストライキはお嫌いかしら?」。

絶望の王国で、ついに「現場」の騎士たちが反旗を翻しますわ。

もし「このざまぁ、もっと見たいわ!」と思ってくださったなら、ブックマークと下の【☆☆☆☆☆】から評価をポチっとしてくださると、わたくしの執筆意欲という名の資産が爆増いたしますわ。


それでは、次の更新でお会いしましょう。ごきげんよう。

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