第19話:監査の鉄槌は、祈りの声より高く響きますの
「……おーっほっほっほ! 枢機卿、わたくしがただの傍観者としてこの街へ来たとお思いかしら?」
わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアが掲げた指先から、蒼い光が爆ぜました。
それは教皇庁が誇る「聖なる魔力」のような、どこか粘つく、祈りを強要する重苦しい光ではありません。高度に洗練され、無駄な不純物を一切排した、純粋なる「エネルギーの結晶」。
「な、なんだ……この魔力密度は!?」
サイラスが算盤を弾く手を止め、目を見開きます。
暗闇に沈んでいたサン・ヴァロールの街並みが、わたくしの足元から広がる蒼い血管のような光の筋――魔導回路のバイパス――によって、一軒、また一軒と再点灯されていく。
「マリアンヌ、CEOフェルム。……『強制上書き(システム・アップデート)』の進捗はいかがかしら?」
「順調です、お嬢様。教皇庁の旧式回路は魔力伝達効率が極めて低く、アルビオンの浸透を妨げるだけの『抵抗値』すら持ち合わせておりません。現在、街のインフラの六割を掌握完了しました」
「……小娘。まさか、街の導管そのものをあらかじめ買収していたというのか!?」
サイラスの声に、焦燥が混じります。わたくしは扇子で優雅に口元を隠し、暗闇の中でより一層輝く彼の困惑を楽しみました。
「お買い得でしたわよ、サイラス様。あなたがた教皇庁は、祈りという実体のない配当にばかり目を向けて、導管の錆を落とす『維持管理費』を数十年も中抜きしていたでしょう? わたくしはただ、その『未払い金の債権』を買い取り、物理的な所有権を行使しただけですわ」
おーっほっほっほ!
教皇庁が「神の奇跡」と呼んで独占していた魔力供給網。その実態は、ボロボロの老朽化した配管でした。わたくしは王国を出る前から、アストレア公爵家の名義でそのインフラ会社の株式を密かに買い占めておいたのですわ。
「馬鹿な……。魔力は神のものだ! 法的な権利など、聖域では通用せん!」
「あら、通用していますわよ? 現に、あなたの背後にある大聖堂の灯り……。今、わたくしの魔力で点いておりますけれど?」
わたくしが指を鳴らすと、聖都の象徴である大聖堂が、教皇庁の意志に反して鮮やかな蒼に染まりました。
「ひっ……! 聖なる大聖堂が、異端の光に……!」
「違うぞ、見ろ! この光、今までのパンの煙臭い魔力より、ずっと身体が楽だ!」
広場に集まっていた民衆から、驚きと歓喜の声が上がります。
当然ですわ。聖女エラが振りまいていたのは、民の寿命を削る「搾取の魔力」。
対してわたくしのアルビオンは、帝国の地質学とフェルムの演算によって最適化された「純粋な投資」。
「サイラス様。これが経済の現実ですわ。……独占企業が供給を止めれば、市場はより優れた代替品を求める。あなたが魔力を止めた瞬間、教皇庁はこの街における『唯一のライフライン』という最大の資産を失ったのです」
「……クッ、おのれ……!」
サイラスが算盤を激しく叩きつけました。水晶の珠が砕け、彼の冷徹な仮面が、怒りと屈辱で剥がれ落ちていきます。
「認めん……。このような小賢しい商売、神の権威で踏み潰してくれる! 聖騎士団よ、何を呆けている! この女を……この魔女を今すぐ排除せよ!」
しかし、武器を投げ捨てた騎士たちは動きませんでした。
彼らは、自分たちの鎧が蒼い光を放ち、失われていた活力が急速に満たされていく感覚に、ただ呆然としていたのです。
「無駄ですわ、サイラス様。……わたくし、先ほど申し上げましたでしょう? 『給与未払い』の連中に、これ以上の無償労働は期待できませんわよ。彼らはすでに、わたくしの提示した『新規雇用契約』を承諾したも同然ですもの」
「セラフィナ。……あちらの『負債』、そろそろ強制決済してもいいか?」
アルリック陛下が、静かに剣を抜き放ちました。
精霊鋼フェルムが宿るその刃は、アルビオンの光を吸い込み、王国の時とは比較にならないほど凶悪なまでの透明度を増しています。
「ええ、陛下。……どうぞ、教皇庁という名の『倒産寸前の老舗』に、廃業の引導を渡して差し上げて?」
陛下が一歩踏み出した、その瞬間。
「……はは、はははは! 素晴らしい! 実に素晴らしいですよ、セラフィナ様!」
サイラスが、血を吐くような笑い声を上げました。
彼の周囲の空気が、急激に歪みます。それは蒼い光でも、エラの赤い光でもない……すべてを無に帰すような、底知れぬ「黒」の波動。
「理屈で勝てないのなら、ルールそのものを壊すまで。……教皇庁にはね、まだ清算していない『最古の負債』があるのですよ。あなたがどれほど有能な監査人でも……『神の不在』という負債を、どうやって穴埋めするつもりですか?」
サイラスが自分の胸に手を突っ込み、そこから一つの漆黒の鍵を引き抜きました。
わたくしの「絶対金感」が、聞いたこともないような不吉な不協和音――「世界の破産」を告げるような鐘の音を捉えました。
「お嬢様、警戒を! 街の地下に眠る、教皇庁の『裏帳簿(真の動力源)』が起動します!」
マリアンヌの叫びと共に、聖都サン・ヴァロールの大地が、激しく鳴動し始めました。
お読みいただき、ありがとうございますわ!
教皇庁の老朽化したインフラを「買収済み」という事実で物理的に乗っ取るセラフィナ様。
論理と資本で神の権威をアップデートしていく様は、まさに「新時代の女帝」ですわね!
しかし、追い詰められたサイラスが引き抜いた「漆黒の鍵」。
教皇庁が隠し持っていた、帳簿に載らない「神の不在」という名の致命的な欠損が、街を飲み込もうとしています。
次回、第20話「教皇様、あなたの『神』を競売にかけてもよろしくて?」。
第2部・前半のクライマックス!
実体のない神という概念を、セラフィナ様がどう「査定」し、競売にかけるのか……。
史上最大の「不敬な商談」を、どうぞお見逃しなく!
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それでは、次回もお楽しみに。ごきげんよう。




