第18話:聖なる騎士団? 給与未払いの集団の間違いではなくて?
「……無限のレバレッジ、ですって? おーっほっほっほ! 枢機卿の無能さに比べれば、少しはましな冗談を仰いますわね、サイラス次席執行官」
広場に満ちる、肌を刺すような静寂。わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアは、優雅に扇子を畳み、目の前の男を真っ向から見据えました。
サイラス。
彼はわたくしが突きつけた「免罪符の粉飾決算」という不都合な真実を前にしても、眉一つ動かしません。それどころか、手にした水晶の算盤を弾き、冷徹な弾音を響かせています。
「冗談ではありませんよ、セラフィナ様。あなたが『数字』という名の現世的な資産に固執するなら、我々は『救済』という名の非物質的資産を無限に発行するだけのこと。民はパンがなくとも、神の許しという名の『安心』があれば、死ぬまで我々に魔力を貸し付け(いのり)続ける」
「実体のない安心にレバレッジをかける……。それは投資ではありませんわ。ただの『出口戦略のないバブル』。……陛下、あそこに並んでいる銀ピカの置物をご覧になって?」
わたくしが扇子で示したのは、サイラスの背後に整列した教皇庁直属「サン・ヴァロール聖騎士団」。
最新の魔導鎧を纏い、威圧感を放つ彼らに対し、アルリック陛下が不敵に口角を上げました。
「ああ。見た目だけは立派だが、どこか剣筋が軽い。……腹が減っているのか、あるいは『やりがい』とやらで腹を満たしているのか」
「おーっほっほ! さすが陛下、お目が高い。……騎士の皆様。教皇庁からの特別ボーナス、最後に受け取ったのはいつかしら? わたくしの試算によれば、あなた方の装備維持費は教皇庁の『聖域修繕費』から中抜きされており、本来の支給額の三割も支払われていないはずですけれど?」
騎士たちの列に、微かな、しかし決定的な動揺が走りました。
わたくしはマリアンヌに命じ、フェルムの演算結果を騎士たちの網膜に直接投影させました。
「項目一、聖魔力触媒の補充……全額、騎士の自己負担。項目二、殉職時の特別慰労金……名目はあるが、支払実績は過去十年でゼロ。……おやおや。あなたたちは神を守っているのではなく、ただの『低賃金派遣労働者』として、教皇庁の不良債権を肩代わりさせられているだけではありませんの?」
「な……我々は神への奉仕を……」
「奉仕で腹が膨れるなら、今すぐその鎧を食べてご覧なさい。……陛下。わたくしの資産(この街)に、これ以上不効率な人員は不要ですわ。彼らを『解雇』して差し上げて?」
「承知した。……路頭に迷いたくなければ、剣を捨てろ。帝国なら、三食昼寝付きで『正当な賃金』を払ってやる」
陛下の放つ覇気と、わたくしが突きつけた絶望的な「給与明細」の真実。
聖騎士たちの戦意は、一瞬にして霧散しました。剣を握る手が震え、次々と武器が石畳に落ちる乾いた音が響きます。
……ですが、サイラスだけは、依然として冷笑を浮かべていました。
「……面白い。騎士の忠誠心まで『コスト』で測るとは。ですが、セラフィナ様。経済とは、流動性がすべてです。……たとえあなたの帳簿が正しくとも、その帳簿を動かす『エネルギー』が止まればどうなるか、計算されたことはありますか?」
「……なんですって?」
「『聖域のモラトリアム(神聖なる供給停止)』。……今この瞬間をもって、教皇庁はこの都市、ならびに周辺諸国への『全魔力供給』を凍結いたします」
サイラスが水晶の算盤を強く弾いた瞬間、街を照らしていた魔導灯が一斉に消え、上空の防衛結界がガラスが砕けるような音を立てて消失しました。
夕闇が迫る街に、唐突に訪れる暗闇。
「魔力が……出ない!? 魔導車も、調理器も止まったぞ!」
「救済だ! 教皇庁の許しがないから、神が光を奪われたんだ!」
さきほどまでわたくしを支持していた民衆が、本能的な恐怖に駆られ、再び教会の前で跪き始めました。
「お嬢様! 周辺の魔導回路が完全に遮断されました。フェルムによる再接続も、教皇庁が持つ『根源鍵』によって拒絶されています!」
マリアンヌの報告。サイラスは暗闇の中で、眼鏡の奥の瞳を不気味に光らせました。
「さあ、どうされますか、セラフィナ様? あなたが信じる『数字』は、この暗闇の中でパンを焼けますか? 絶望した民は、再び我々の『無形の救済』に縋る。……これが、我々の持つ究極の市場操作です」
アルリック陛下が剣の柄を握り、殺気と共に一歩踏み出そうとしました。
ですが、わたくしは彼の腕を優雅に制し、暗闇の中で誰よりも高く、澄んだ笑い声を上げました。
「おーっほっほっほ! ……サイラス次席執行官。あなた、本当にわたくしのことを過小評価していらっしゃるのね」
「……何が可笑しいのです?」
「供給を止めれば、需要が屈服する……? そんな古臭い石油ショック時代の論理、わたくしの前では通用しませんわ。……マリアンヌ。帝国の地下金庫に眠っている『あの資産』。……今この瞬間に、全額で市場に投入なさい!」
「畏まりました、お嬢様。……『新通貨・アルビオン(魔導結晶)』、供給を開始します」
わたくしの足元から、教皇庁のそれとは比較にならないほど、純粋で、強烈な蒼い光が溢れ出しました。
供給を止められた?
いいえ、わたくしは待っていたのですわ。教皇庁という名の「独占企業」が、自らその独占権を放棄するこの瞬間を!
お読みいただき、ありがとうございますわ!
給与未払いの聖騎士たちに「労働基準法」を叩きつけ、絶望の暗闇を「新通貨」で照らし返す。
セラフィナ様のカウンター・アタック、楽しんでいただけましたかしら?
「神様が魔力を止めた」と怯える民衆の前で、自ら魔力を発行し始める令嬢。
もはや彼女自身が、教皇庁に代わる新しい「神」になろうとしていますわね。
さて、次回、第19話「監査の鉄槌は、祈りの声より高く響きますの」。
魔力の独占権を奪い合う、前代未聞の「通貨戦争」が始まりますわ!
サイラスが用意していた「隠し資産」の正体とは?
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それでは、次回もお楽しみに。ごきげんよう。




