第17話:神の免罪符、ただいまの買取価格は「ゼロ」ですわ
「……まあ。この薄汚い紙切れ一枚が、金貨十枚ですって? おーっほっほっほ! この街の物価指数は、教皇様の強欲さに比例して異常膨張しているようですわね」
巡礼都市サン・ヴァロール。
教皇庁の直轄地であり、大陸中から信徒が集まるこの聖都の中央広場で、わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアは、露店に並べられた「免罪符」を扇子の先で跳ね除けました。
教皇の印章が押されたその紙には、こう記されています。
『これを買えば、汝の罪は一パーセント浄化され、天国への投資配当が約束される』……と。
「な、何を言うか、この無礼な女! これは神聖なる免罪符だ! これを買わねば、汝の魂は死後、膨大な『罪の負債』によって破産することになるのだぞ!」
太った司祭が、金貨の詰まった箱を抱えながら喚き散らします。
彼の周囲には、乏しい蓄えを叩いてこの「紙屑」を買おうとする、痩せこけた信徒たちが列をなしていました。
「『罪の負債』? ふふ、面白い比喩ですわね。ですが司祭様。金融のプロであるわたくしから言わせれば、この免罪符は担保もなければ償還期限も不明、発行体の信用格付けも『ジャンク(紙屑)』以下の、悪質な未公開株に過ぎませんわ」
「み、みこうかいかぶ……?」
「ええ。あなたは今、『死後の幸福』という、確認不可能な未来の利益を餌に、現世の確かな資産(金貨)を巻き上げている。……マリアンヌ、この免罪符に封入されている『聖魔力』の残高を計測してちょうだい」
「承知いたしました」
背後に控えていたマリアンヌが、精霊鋼フェルムとリンクした魔導測定器を起動します。
広場に集まった信徒たちの前に、巨大な空中モニターが展開されました。
「計測終了。……お嬢様。この紙に宿っている魔力は、一パーセントの誤差もなく『ゼロ』。ただの安価な羊皮紙に、合成された香料を吹き付けただけの代物ですわ」
広場が、凍りついたような静寂に包まれました。
「う、嘘だ! 神の力は目に見えないものなのだ!」
「いいえ。この世界において、魔力は『エネルギー』という名の資産ですわ。資産価値が証明できない商品に金を払うのは、投資ではなくドブ捨て。……民衆の皆様、お聞きなさい! あなたたちが信じているその紙は、教皇庁が発行した『不渡り手形』ですわ!」
わたくしの宣言と同時に、列をなしていた民衆から動揺の声が上がります。
「お嬢様、追加の報告です。この街の教会の地下金庫から、膨大な量の金貨が『サン・ソレイユ本店』へ送金されている形跡を掴みました。……その名目は『神への供物』ですが、実際には隣国の武器商人への軍事資金として洗浄されています」
マリアンヌが、教皇庁の汚れた帳簿の一部を空中に投影しました。
そこには、信徒の救済には一銭も使わず、贅沢品や兵器を買い漁る高位聖職者たちの支出リストが、赤裸々に綴られていました。
「これが、あなたたちが祈りを捧げた結果ですわ。……おーっほっほ! 救済を売る神の代理人が、死の道具を買い付ける。……実に見事な『背任行為』ではありませんこと?」
「貴様ぁっ! 衛兵! この異端者を捕らえろ!」
司祭の叫びと共に、銀の甲冑に身を包んだ聖都の騎士たちが押し寄せます。
ですが、彼らがわたくしのドレスの裾に触れる前に。
「……私の前で、誰を捕らえると言った?」
列を割って現れたアルリック陛下が、抜剣せずに鞘のまま、先頭の騎士の胸元を軽く突きました。
それだけで、魔導強化されたはずの騎士が、砲弾に打たれたように後方へと吹き飛びます。
「アルリック……帝国皇帝か!? なぜ陛下がこのような……!」
「私はただ、婚約者の『監査旅行』に同行しているだけだ。……だが、私の帝国を偽造貨幣で汚そうとする不届き者は、ここで『損切り』させてもらう」
陛下の背後には、最新の魔導銃を構えた帝国の精鋭たちが、一糸乱れぬ隊列で広場を包囲していました。
「司祭様。わたくし、提案がございますの」
わたくしは、膝をついて震える司祭を見下ろし、優雅に扇子を閉じました。
「本日をもって、この街の免罪符の価値を、わたくしが『ゼロ』に固定いたしました。明日からは、教皇庁に代わってアストレア商会が、この街の『再建』を引き受けますわ。……信徒の皆様。奪われた金貨は、明日から始まる『帝国鉄道建設工事』の正当な賃金として、全額払い戻す機会を差し上げますわよ?」
民衆から、嵐のような歓声が沸き起こります。
「奇跡」という名の嘘ではなく、「労働」という名の確かな対価。
彼らが求めていたのは、空虚な祈りではなく、明日を生きるためのパンと数字だったのです。
ですが。
「……素晴らしい。感情ではなく、経済合理性で信仰を解体するとは。噂以上の『冷徹な計算機』ですね、セラフィナ・フォン・アストレア」
広場の喧騒を切り裂くように、凛とした、しかしどこか非情な声が響きました。
教会の奥から現れたのは、真っ白な法衣に身を包み、手には水晶の算盤を持った、若き男。
「お初にお目にかかります。私は教皇庁・聖財務局の次席執行官、サイラス。……あなたの『監査』、非常に興味深いですが……。一つ、計算違いがありますよ」
サイラスと名乗った男は、冷ややかな微笑を浮かべ、わたくしを射抜くような視線で見つめました。
「信仰とは、数字で計れる資産ではありません。……それは、人々を狂気という名の『無限のレバレッジ』へ叩き込むための、究極の劇薬なのですから」
わたくしの「絶対金感」が、初めて、同等の『冷たい数字の響き』を捉えました。
おーっほっほ!
どうやら教皇庁にも、ようやくわたくしの言葉を話せる「まともな債務者」がいらっしゃったようですわね。
最後までお読みいただき、ありがとうございますわ!
第2部最初の「ざまぁ」、免罪符という名のジャンク債の暴落……楽しんでいただけましたかしら?
神様の名前を使ってゴミを売る司祭たちを、アルリック陛下の武力とセラフィナ様の論理で完封する。
これがわたくしたちの求める「正しい市場の在り方」ですわ。
ですが、ついに現れた教皇庁の「理知的な敵」、サイラス。
彼との戦いは、これまでの無能な王子たちとの泥仕合とは一線を画す、高度な「経済戦争」になりますわよ。
もし「免罪符を紙屑扱いするセラフィナ様、最高だわ!」と思ってくださったなら、ぜひ「ブックマーク」と、下の【☆☆☆☆☆】を、セラフィナ様が提示した正当な賃金のように輝く【★★★★★】にして、わたくしを応援してくださると嬉しいですわ!
皆様の投資(評価)が、次なる「監査」の原動力になりますの。
それでは、次回もお楽しみに。ごきげんよう。




