第12話:不良債権の断末魔、お聞きなさい
「……ああ、醜い。実に見苦しい貸借対照表ですわね」
王城のバルコニー。そこから噴き出した漆黒の霧は、聖女エラを取り込み、脈打つ巨大な異形の塊へと変貌を遂げていました。
それは、彼女が「愛」と称して民衆から、大地から、不当に徴収し続けた「負債」の権化。
行き場を失った膨大な魔力が、エラの絶望と承認欲求を核にして、物理的な破壊を撒き散らす魔獣へと形を成したのですわ。
「あ、ああ……エラ? それが、君の本当の姿なのか……っ!?」
ジュリアン王子が腰を抜かし、這いずりながら後ずさります。
かつて彼が「真実の愛」と呼び、守ると誓った可憐な少女は、今や数百の瞳と泥濘のような肉体を持つ、吐き気を催すような怪物へと成り果てていました。
『セ……ラ……フィ……ナ……! わたくしの……価値を……認めなさい……!』
咆哮と共に、黒い触手がわたくしを目掛けて振り下ろされました。
ですが、わたくしは扇子を閉じることさえいたしません。
「陛下。……あんな汚らわしいものに、わたくしのドレスを触れさせないでくださる?」
「承知した。……これこそが、我が国の『投資』に対する回答だ」
わたくしの横に並び立ったアルリック陛下が、腰の剣を抜きました。
その瞬間、彼の全身を蒼い魔力の回路が駆け巡ります。フェルムがその意志を、陛下の肉体と同期させたのです。
『小娘、計算は済んでいるな。……行くぞ、相棒!』
フェルムの声が響くと同時に、陛下は重力という概念を置き去りにした速度で跳躍しました。
黒い触手が空を切り、陛下の一撃が魔獣の肉体を易々と両断します。
「ギ、ギャアアアアアッ!?」
魔獣が苦悶の声を上げますが、切り口から即座に黒い魔力が溢れ出し、再生を試みます。
……ええ、それも想定内ですわ。
無秩序に膨れ上がった魔力は、ただ斬るだけでは霧散しません。
「マリアンヌ、フェルム。……『強制監査』を開始しますわ」
わたくしは懐から一枚の特製金貨を取り出し、高く掲げました。
9話で判明した真実――金貨とは、世界の魔力を安定させるための『錘』。
わたくしの「絶対金感」が、暴走するエラの魔力の中心にある、最も脆弱な不協和音を特定しました。
「フェルム、座標を送ります。……あそこの魔力密度を、一パーセントだけ『誤差』として書き換えなさい」
『了解だ、主! ……数式入力、完了!』
陛下が空中を蹴り、魔獣の胸元へと肉薄します。
彼の手にする剣の先が、わたくしが指定した空間の「一点」を突きました。
その瞬間、暴走していた漆黒の霧が、あたかも栓を抜かれた水槽のように、一箇所へ向かって急速に収束を始めたのです。
「な……魔力が、吸い込まれていく……!?」
ジュリアンが呆然と呟きます。
そうですわ。わたくしは、フェルムの演算能力を使い、エラの魔力回路の中に「無限に魔力を浪費するブラックホール(穴)」を、一時的に定義いたしました。
彼女がどれだけ民から奪おうとも、その魔力は一瞬でわたくしが用意した「虚無」へと吸い込まれ、霧散していく。
「エラ様。他者から奪った資産で築いた虚飾の牙城……その維持費、あなたにはもう支払えませんわよね?」
わたくしが冷酷に言い放つと同時に、魔獣の体は自重に耐えきれず、サラサラと砂のように崩れ始めました。
膨大な魔力が消え去り、その中心から現れたのは……老婆のように痩せ細り、泥にまみれた、一人の憐れな娘の姿。
「……ぁ。……ぁああ……」
エラは、もはや声を出すことすら叶いません。
民から奪い続けた「若さ」と「魔力」を、わたくしに強制的に清算させられた彼女に残ったのは、実年齢を遥かに超えた肉体の衰えと、消えることのない罪悪の記憶だけ。
静寂が王都を包みました。
魔物は消え、そこにはただ、漆黒のドレスを纏い、一滴の返り血も浴びずに立つわたくしと、抜剣したまま夕陽を背負うアルリック陛下。
そして、全てを失い、自分の過ちの大きさにガタガタと震え続けるジュリアン王子の姿がありました。
わたくしは、ゆっくりと王子の元へ歩み寄りました。
「……さて。殿下、最後のご挨拶に伺いましたわ」
「セ、セラフィナ……。あ、ああ、悪かった、僕が間違っていた! エラは化け物だったんだ! 君こそが、君こそがこの国に相応しい王妃だ! お願いだ、僕を……僕を許して、また支えてくれ!」
ジュリアンがわたくしの靴に縋り付こうと手を伸ばします。
わたくしは、それを扇子でぴしゃりと打ち据えました。
「おーっほっほっほ! 汚い手で触らないでくださる? わたくし、先ほども申し上げましたわ。……一度損切りした銘柄を、買い戻す趣味はございません」
わたくしは懐から、一通の書類を取り出しました。
それは、王国アルカディアの「土地・主権譲渡契約書」。
「陛下、ペンを貸してくださる?」
「ああ。……これですべてが決着するな」
アルリック陛下から差し出された万年筆を使い、わたくしは王子の目の前で、高らかに自らの署名を書き込みました。
「殿下。本日をもって、アルカディア王国は廃止されます。……この地は今後、ヴァレンシュタイン帝国の『特別経済自治区』として、わたくしの徹底的な管理下に置かれますわ」
「な……国が、消える……?」
「ええ。あなたはもう、王子ですらありません。……ただの、莫大な負債を抱えた一般人ですわ。おーっほっほ! 安心なさい、命までは取りませんわよ? ……一生をかけて、あなたが壊したこの国への賠償金を、労働で支払っていただきますけれど」
マリアンヌが音もなく現れ、ジュリアンとエラの身柄を拘束しました。
「お嬢様。……執行、完了いたしました」
「ご苦労様。……陛下、少し疲れましたわ。美味しいお茶をいただけますかしら?」
「ああ、もちろんだ。我が国で最も貴重な茶葉を用意させよう。……君が買い取ってくれた、この新しい領地でな」
夕陽に照らされた王宮に、帝国の黒い旗がゆっくりと掲げられていきました。
愛も、奇跡も、数字の前では無力。
わたくしは、新しい帳簿の「第1章」の末尾に、満足げにこう記しました。
――【王国アルカディア。完膚なきまでに回収。……次は、世界を買い付けに参りましょうか】
最後までお読みいただき、ありがとうございますわ。
「愛の化け物」と化した聖女様を、数字と物理でボコボコにするクライマックス。
スカっとしていただけましたかしら?
王子様の「僕を支えてくれ」という見苦しい手のひら返し、最高に不快で(作者として)最高に楽しかったですわ!
セラフィナ様はもう、一国の王妃などという小さな器には収まりません。
国を買い、皇帝をパートナーに据え、いよいよ世界規模の「投資」へと乗り出しますわ。
さて、次回、第13話「準備はすべて整いましたわ……。あら、失礼。第13話『有能な残党は、オークションで買い叩きますわ』」。
第1部のエピローグの始まりです。
崩壊した王国に残された「有能な人材(騎士団や文官)」を、セラフィナ様がどうやって「選別」し、「再雇用」していくのか……。
彼らの忠誠心が塗り替えられる瞬間、お見逃しなく!
もし「セラフィナ様の執行、最高に震えたわ!」と思ってくださったなら、ぜひブックマークを!
そして、下の【☆☆☆☆☆】を、セラフィナ様が勝ち取った領土のように広大な【★★★★★】にしてくださると、わたくしの執筆魔力がストップ高になり、次の更新が爆速になりますわ!
それでは、次の更新もお楽しみに。ごきげんよう。




