第10話:王国解体ショーの始まりですわ
「……ああ、なんと無様な景色ですこと」
漆黒の魔導馬車。その窓から見える王都アルカディアの光景は、わたくし――セラフィナ・フォン・アストレアの記憶にあるものとは、似ても似つかぬ地獄絵図でした。
かつてわたくしが、一パーセントの狂いもなく美しく舗装させた目抜き通りは、逃げ惑う民衆の足跡と、魔物の汚物で汚れ果てています。
街角では、聖女エラが配った「寿命を吸うパン」の副作用か、枯れ木のように痩せさらばえた民たちが、うつろな瞳で空を仰いでいました。
そして、その空には、防衛結界が砕け散った穴から、飢えたワイバーンの群れが悠々と侵入しています。
「お嬢様。王都守備隊、すでに機能しておりません。残っているのは、昨日から何も食べていない、布切れを纏った騎士のなれの果てが数十名のみです」
御者台から、マリアンヌが冷徹な声を伝えてきます。
彼女の背後には、わたくしが投資し、フェルムの魔導演算によって制御された『蒼銀の騎士団』が、一糸乱れぬ隊列で控えていました。
「当然ですわね。メンテナンス費を払わず、心臓部を抉り出した機械が動くはずもありませんもの。……マリアンヌ、まずは『清掃』から始めましょうか。わたくしの資産(この街)を、これ以上汚されるのは不愉快ですわ」
「畏まりました。……フェルム、起動なさい」
マリアンヌが指を鳴らすと、帝国軍の全装備に宿る精霊鋼フェルムの意志が、一斉に共鳴しました。
『……ふん、小娘。この程度の雑魚、計算するまでもないが……まあ、契約だ。存分に見せてやろう』
騎士たちが掲げた槍から、蒼い魔力の閃光が放たれました。
それは、聖女の「奇跡」のような曖昧な光ではありません。
物理法則に基づき、最も効率的な角度で空間を切り裂く、純粋な破壊の数式。
空を覆っていたワイバーンの群れが、一瞬ののち、一羽残らず塵となって消滅しました。
静寂。
そして、地響きのような軍靴の音が王都に響き渡ります。
絶望に沈んでいた民衆や、折れた剣を握りしめていた騎士たちが、呆然とその軍勢を見つめました。
黒い旗印に刻まれているのは、帝国ヴァレンシュタインの紋章。
そして、その中央に誇らしげに輝くのは――アストレア公爵家の「黄金の天秤」。
「せ、セラフィナ様……!? セラフィナ様が、助けに来てくださったのか!?」
「ああ、やはりあの御方は我々を見捨てなかったんだ!」
民衆から、啜り泣くような歓声が上がります。
……あら、あらあら。
助けに来た? 勘違いも甚だしいですわね。
わたくしがここに来たのは、あなたたちの「所有権」を確認しに来ただけですのに。
わたくしの馬車は、王城の正門前で静かに止まりました。
城門のバルコニー。そこには、汚れ果てた礼服を着たジュリアン王子が、期待と安堵に満ちた、実に見苦しい笑顔で立っていました。
「セラフィナ! ああ、セラフィナ! 来てくれたんだね! 君なら分かってくれると信じていたよ! やはり君の愛は、僕のものだったんだ!」
わたくしは、マリアンヌの手を借りてゆっくりと馬車を降りました。
泥だらけの地面に、わたくしはあらかじめ『私費』で敷かせた真っ赤な絨毯の上だけを歩き、王子の真下へと進みます。
「お呼びかしら、殿下。……随分と、お痩せになりましたわね? わたくしが去った後の家計管理、相当お苦しみだったとお見受けしますわ」
「す、済まなかった! 君の言う通りだったよ! エラの奇跡では腹は膨れなかった! さあ、早く城の中へ! 君のために、最高の晩餐を用意させよう。……ああ、婚約破棄の撤回も、今ここで宣言する!」
ジュリアンが、広場に集まった民衆の前で両手を広げました。
その隣で、聖女エラが顔を青ざめさせ、屈辱に震えながらわたくしを睨みつけています。
わたくしは、扇子で口元を隠し、低く、しかし王都全域に届くほどの澄んだ声で笑いました。
「おーっほっほっほ! ……殿下、一つだけよろしいかしら? わたくし、先ほどから『査定』を続けておりますの。この、瓦礫の山と化した王都の資産価値を」
「……査定? 何を言っているんだ、セラフィナ」
「婚約破棄の撤回? 必要ありませんわ。わたくしが求めているのは、殿下の愛などという『目減りする一方の無形資産』ではありませんもの」
わたくしはマリアンヌから、一通の巨大な羊皮紙を受け取りました。
そこには、帝国の皇帝印と、アストレア家の刻印が押された、正式な『執行命令書』。
「本日をもって、アルカディア王国は支払不能に陥ったと認定いたします。これより、アストレア商会ならびにヴァレンシュタイン帝国は、担保となっていたこの国の全領土、全施設、ならびに王族の私有財産すべての『強制執行』を開始しますわ」
「な……強制……執行……?」
「ええ。殿下、あなたはもうこの国の主ではありません。……わたくしが買い取った『不良債権』の、一部に過ぎませんのよ」
わたくしは扇子を閉じ、王城の最上階を指差しました。
「マリアンヌ。あそこのバルコニー、汚れが目立ちますわね。……まずは、あの『ゴミ』の掃き出しから始めましょうか」
王子の顔から、完全に表情が消え失せました。
わたくしを「救世主」だと思い込んでいた民衆も、その冷徹な言葉に、歓喜ではなく、底知れぬ「恐怖」を覚え始めます。
愛による救済など、この世には存在しません。
あるのはただ、対価を支払う者への『管理』だけ。
わたくしは、新しい帳簿の最初のページをめくりました。
――【王国アルカディア・全資産。本日、差し押さえ完了】。
最後までお読みいただき、ありがとうございますわ。
王子の「婚約破棄を撤回してやる(笑)」という勘違い。
それを一瞬で粉砕する「強制執行」の宣言、いかがでしたかしら?
助けに来たと思わせて、実は「借金の取り立て」に来ただけ。
セラフィナ様の冷徹なM&A(買収)が、ついに物理的に開始されましたわ!
民衆も王子も、これから「本当の恐怖(徹底的な管理)」を知ることになりますわね。
次回、第11話「証拠の『連撃』……おっと失礼、第11話『聖女の毒を、数字で解毒いたしますわ』」。
ついに聖女エラ様との直接対決!
彼女が振りまいた「寿命を吸うパン」の真実を、セラフィナ様が全方位に向けて暴露いたします。
もし「王子の絶望顔、最高にスカっとしたわ!」と思ってくださったなら、ぜひブックマークを!
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それでは、次の更新もお楽しみに。ごきげんよう。




