13話〜対話〜
皇帝の署名により、アリシアとジョシュアの婚約が正式に認められた
アリシアとジョシュアはその間も文通を続けており、一度お互いの両親に挨拶をしておこうという話になった
そして今日__
「初めまして、ハーシェル公爵、公爵夫人」
「ジョシュア・ド・シストアと申します」
ジョシュアがアリシアの家に赴き、レオとベイリーに挨拶をしていた
完璧な笑みを浮かべ、礼も言葉遣いも非の打ち所がないジョシュアに、ベイリーは嬉しそうに、そして感心したように微笑む。
しかし、レオは顔を引きつらせていた。
娘の婚約者というのがよほど気に入らないのだろう
「よく来てくれた、ゆっくりしていきなさい…」
“お父様、顔に出すぎよ…”
「気に食わない」という感情が顔に出てしまっているレオに、アリシアは苦笑いを浮かべる
ジョシュアはあまり気に留めてはいないように、笑みを浮かべている
「失礼します…」
「イリス!」
「…そちらが婚約者様ですか」
お茶と茶菓子を置きながら、イリスはジョシュアの顔を忌々しげに見る
ジョシュアはその視線に気が付きながらも、いつものような完璧な笑みを浮かべている
それすらもイリスには気に食わないのか、心なしかいつもよりも苛立っている
“どうしたんだろう…”
「そうよ、ジョシュア様」
「…初めまして、シストア大公子様」
「あぁ、初めまして」
初対面のフリをする2人の表情は、他から見ればいつもと全く変わりない表情だろうが分かる者から見れば
イリスは今にも舌打ちしそうなほど機嫌が悪いし
ジョシュアはそんなイリスを見て笑いをこらえている
「…屋敷内を、ご案内しましょうか…?」
どことなく空気が重いのを察したアリシアは、ジョシュアにそう投げかけた
そのアリシアの言葉に、ジョシュアはパッと振り向いた
「本当?なら、案内してもらおうかな」
「は、はい!どうぞこちらへ」
アリシアは慌てて立ち上がり、ジョシュアを導いた
大公家を訪れた際、ジョシュアがアリシアの手を引いたようなことはしなかったが彼はそれでも満足そうだ
“アリシアが僕の為にしてくれることなら、何でも嬉しい”
アリシアは屋敷内のあらゆる場所を案内して回った
ジョシュアは、アリシアが話すことを嬉しそうに聞いており、全てに興味を持った
「これは、父がサスデーン帝国で採ってきた真珠です」
「採った…って公爵閣下ご自身で?」
「はい、折角ならと」
昔、家族旅行で行ったサスデーン帝国では海が近いこともあり漁業が盛んに行われている。
中には真珠を生み出す貝も採れるため、宝石業を営んでいる公爵家としては見ておきたい代物だった
だが、ただ採ってもらったものを買い取るのでは物足りない。と感じたレオが、自分で海に出て採ってきた真珠が、今でも公爵家に飾られている
「なるほど、それでアスーフィア帝国では公爵家だけが真珠を取り扱っているわけか」
「はい、その行動がサスデーン帝国皇帝陛下には刺さったようで」
自分で経験し、それをもとに自身にのみ提供してくれるなら、本来の値の3倍を払うと申し出て、サスデーン帝国の皇帝を説得したのだ
それを気に入った皇帝は、現在もアスーフィアではハーシェル公爵家にのみ卸してくれている
もちろん、適正価格で
「公爵閣下は面白いね、勿論いい意味で」
「偶におかしなことを言いますが、良い父です」
「…そうか」
ジョシュアはアリシアの嬉しそうな笑みを見て、幸せそうな笑みを浮かべた
そんな2人のもとに1人の侍女が近づいてきた
「お嬢様、大公子様、お食事の用意が整いましたのでダイニングにお越しください」
「もうそんな時間?」
「夢中で話してたからね」
ジョシュアが懐中時計を取り出し、時間を見るともう昼になっていた
“大公子様、私の話全てを興味深そうに聞いてくださるから”
アリシアはつい話過ぎたと少し反省した
自身の話を聞くジョシュアの顔が、あまりにも嬉しそうだったことと、何を聞くにも関心を持って興味深いというように頷きながら聞いてくれるため、いつも以上に話をしていた。
そして、ジョシュアがこれほどまでに熱心に話を聞くのは、この世でただ一人、アリシアだけだということを、彼女はまだ知る由もなかった
「行きましょうか、ジョシュア様」
「そうだね」
2人は横に並んでダイニングへと向かっていった
****
ダイニングに入ると、いつも以上に豪華な料理がテーブルに並んでいた
客人が来ているため、使用人たちが張りきったのだろう
“イリスが客人の為に食事を作るって…”
大公家にいたころでは考えられない、とジョシュアは少し目を丸くした
イリスがダイニングに食事を運んできたが、ジョシュアはその光景ですらまだ信じられなかった
「さぁ食べましょう、アリシア、大公子様も席について」
「はい、行きましょうジョシュア様」
「…うん」
だが自身の顔を覗きながら、笑顔で話しかけてくるアリシアに、それすらもどうでもよくなったジョシュアは頷き、アリシアの隣の席に着いた
食事が始まり、ベイリーとジョシュアが笑顔で会話しているのを見てアリシアは胸を撫でおろした
問題は___
“さっきからずっと不機嫌なのよね…”
レオだった
食事を食べながらも、不機嫌なオーラがこちらまで漂ってくる
アリシアはそれに少し冷や汗をかいていた。
何か余計なことを言うのではないかと、内心ひやひやしていたのだ
「ジョシュア君は…」
“来た!”
「はい」
アリシアが不安そうにするなか、ジョシュアはなんでもないとでもいうように笑顔でレオに答えた
先程から、ずっと笑顔が引きつっているのにもジョシュアは勿論気が付いている
「アリシアに一目惚れしたと言っていたが、どこを好きになったんだ?」
「ちょ、ちょっとお父様!」
アリシアは、ジョシュアがアリシアに一目惚れしたというのが建前だと思っているため、この質問には冷や汗をかいている
だが、実際は建前でもなんでもなくジョシュアは心からアリシアのことを想っている
少し異常なほどに
「そうですね…笑顔ですかね」
「笑顔?」
「はい」
“さすがは大公子様!お上手です!”
アリシアは父を騙すための嘘だと思っているが、ジョシュアがアリシアに惚れたのはあの森の中で自分に向けられた、花のような笑顔
勿論、それが好きになった理由というだけでジョシュアがアリシアのことを好きなところは多くある
“君だって、その笑顔が好きだからアリシアには甘いんだろう?”
“何言ってるのかわからないが、死ぬほど癪に触るな”
イリスは、自分に向けられているわけではないはずの笑みに、苛立ちを覚える
「…やはりダメだ」
「え?お父様…?」
わなわなと震えながらそう告げたレオに、アリシアはウソがばれたのでは。と心配になる
「うちの可愛いアリシアを、こんな生意気な奴に渡せるか!」
「…お父様」
何も心配いらなかった、と溜息を吐く
そこにいるジョシュア以外の全員がまた始まったと溜息を吐いているのだから、それが日常的に行われていることだと、ジョシュアもすぐに理解する
「酷いですよ、いずれは家族になるのに
ねぇ?お義父様?」
「お前に父と呼ばれる筋合いなどない!」
“まるで物語に出てくるような、典型的な父親の反応だわ”
前世で呼んだことのあるような光景に、アリシアは無感情で食事を口に運ぶ
その間も、レオが騒ぎそれをジョシュアがあしらっている
「大体一目惚れしたから婚約したいとはなんだ!」
「アリシアが綺麗だと思ったので、誰かにとられる前にと思ったまでですよ。
それに父から聞きましたが、公爵閣下も一目惚れで夫人に婚約を申し込んだそうじゃないですか」
ジョシュアの言葉にレオはぐうの音も出なくなっていた
“そういえば”
アリシアの記憶の中にあるゲームのストーリーにそんなことがあった気がすると思い出す
「ええい!今は私の話はどうでもいい!」
「よくありませんよ、自分はよくて娘はダメというのはいかがなものでしょう」
「グッ…」
完全な茶番だ
ベイリー、イリスがやれやれというように首を振る
しかも、自身の娘とほとんど年も変わらない少年に口で負けているのだから、茶番以外の何物でもないだろう
「兎に角!婚約自体は認めたが、お前のことを認めたわけではないからなァァァ!」
屋敷にレオの叫び声が響き渡った
****
夕方になり、ジョシュアは大公家に戻るため馬車に乗り込もうとしていた
「今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
アリシアはジョシュアを見送るために外に出ていた
そんな幼い2人を微笑ましい目で見る人間と、一応礼儀のある人間のため見送りへと出てきてはいるが、娘を奪おうとするジョシュアが気に入らないレオは、ギリギリと歯を食いしばっていた
それを「まったく」と見る人間が2人ほど
「また大公家に来てくれ、次は僕が案内するよ」
「はい、また手紙を送らせていただきますね」
「うん、じゃあまた」
ジョシュアは馬車に乗り込み、それを確認した御者は馬車を出発させた
アリシアは馬車が見えなくなるまで外で見送り続けた




