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10話〜害悪〜

数日後、レオは皇宮に仕事に来ていた

公爵であるレオの皇宮での仕事は主に皇帝の仕事の補佐だ

現代で言う秘書のような仕事だと思ってもらっていい


「はぁ…」


「どうかなさったんですか、陛下」


「いや…またあのバカ息子がな」


皇帝の執務室の中、溜息を吐きながらも書類にサインする手を止めない皇帝に、またあの馬鹿皇子かと、内心吐き捨てるように思いながらもレオは無表情で尋ねる


勿論こちらの手も全く止まっておらず、皇帝がサインした書類を確認しまとめていく


家では親バカなレオだが、外ではしっかり業務をこなしている


「お前の娘があの子の婚約者になってくれればなぁ…」


「うちの可愛いアリシアをあなたのバカな息子に嫁がせるわけがないでしょう!」


「仮にも皇族だぞ!?失礼すぎるだろう!?」


前言撤回、全くそんなことはなかった

皇帝にこんな口の利き方をして、普通ならば不敬罪で即処刑だが皇帝の人柄と、レオの公爵としての有能さが認められていることもあり見逃されている


「お前は本当に…なんというか家族には昔から甘いというか…」


「家族ですからね、そういう陛下こそ皇后陛下には甘いでしょう」


「まぁあんな美人な嫁、甘くならないわけがないよな」


というのもこの2人、嫁自慢でかなり仲がいいのだ

お互い、自分の嫁が可愛いと美人だと自慢している姿が皇宮内でも多々確認されている


初めは驚いていた使用人たちもだんだん慣れ始め、書類を取るために部屋に入って、いきなりこんな会話が聞こえてきても


「いつもの事か」


で終わるほどになってしまっている


「でもアカデミー時代から、お前俺にはかなり無礼だったよな?」


「あぁ…まぁ今ほど敬う要素がなかったというか…」


「ふざけるなよ」


この2人、アカデミー時代の同期なのである

帝国には貴族が通う【アカデミー】と平民が通う【スクール】の2つがある

当時皇太子だった皇帝、フレディ・エル・ド・アスーフィア

そして当時小公爵だったレオは立場上面識があるということもあって、すぐに友人となった


この2人のアカデミーでの生活は、アカデミーの教授に聞けば間違いなく全員が


「問題児だった」


と言うだろう

それほどにバカばかりやっていた。


アリシアは以前、皇帝も皇后も立派なのにも関わらずどうしてエイベルはあぁなのかと言っていたが、意外と皇帝の遺伝子なのかもしれない


「で?婚約の件はどうなってる?アリシアは乗り気か?俺としては是非嫁いできて欲しいんだがな、皇后も喜ぶ」


「それなんですが…」


「なんだ?」


レオは言いづらそう…というより言いたくなさそうに口を開いた

娘の婚約を認めたくないのだろうか、懐から1枚の書面を取り出しフレディの前に差し出した


婚約同意書、とかかれた紙を見て皇帝は嬉しそうに手に取った

バカな息子を支えられる優秀な子が義理の娘になってくれるのかと思ったのだろう


だが、書面に書かれた名前を見て表情は一変し驚愕の一色になった


「ジョ、ジョシュア!?何がどうなってこうなった!?」


「御覧の通り、うちの可愛いアリシアはシストア大公子と婚約するそうです」


「ちょ、ちょっと待て!なぜジョシュアなんだ!?

確かにあいつは顔もいいし、性格もいいし、勉学も武道も申し分ないほど優秀で…」


フレディは段々と声のトーンが落ちて行った

自分の息子と比べてしまったのだろう、完璧というに近いジョシュアと親から見てもバカな息子を


頭を抱えたフレディは空笑いを溢し始めた


「ははっ…それはそうだよな。授業もまともに受けない皇子より完璧な大公子を取るに決まっている」


「大公子の方からアリシアに一目惚れしたそうです」


「そうか…一目惚れ…」


フレディは項垂れ、レオは悔しそうな顔をした

今は2人だけだからいいが他の者が見れば驚いて肩を揺らすことだろう


フレディは大きなため息を吐き婚約同意書を眺めた

同意書には皇帝のサインが必要となる。


だから、レオは皇宮にこれを持ってきたのだ

なんだかんだ言っても、娘思いの良い父親であることに変わりはない


「まぁ仕方ないよな、アリシア自身がそう望んでいるのなら、俺はどうすることも出来ない。下手に何かすれば、お前が剣持って出てきそうだしな」


「剣?そんな生易しい物で終わりません。

神力を使うでしょうね」


「恐ろしいな」


フレディは皇帝のサイン欄にサインをし、レオに手渡した

レオはそれをマジマジと見つめ大きなため息を吐きながら崩れ落ちた


「おい!」


「あんなに小さかったアリシアが婚約…婚約か…」


「フラれた親の前でやるか?それ」


「このままだとあっという間に嫁に行ってしまう…」


話を聞いていないと分かったフレディは、めんどくさい。とでも言いたげな表情で、レオから目を逸らした


“どうするかな…これから”


フレディがアリシアにエイベルとの婚約を持ち掛けたのは、自身の息子が明らかに皇帝の器ではないと分かっていたからだ。上に立つ者の器ではない


国のためを思うのならエイベルではなく、誰か他の者に継がせるという選択を取るべきだろう


だが、フレディも自分の子供が可愛いことに変わりはない


あくまで、皇位に着く権利を一番持っているのは息子にしてやりたかったのだ


それでも国の為に、息子に万一のことがあっても皇族の血が絶えぬよう

甥であるジョシュアに継承権を与えた


だからせめて、息子が皇位に着いても間違った政策をしないように支え、導いてくれる者を息子の妻として迎え入れたかったのだ


それがアリシアだった

父であり、優秀な公爵の血を引いているのがよくわかる賢い子だった

彼女なら息子を支えるに相応しいだろうと、婚約を持ち掛けたのだが…


“ジョシュアに奪られるとは…”


正直かなり驚きはしたが、当人たちが望んでした婚約だ

フレディは己の都合でそれを引きはがすのは道理に反すると考え、苦渋の思いで諦めることにした


未だに崩れ落ちてグズグズしているレオを見てフレディはイラっとしたのか、顔に青筋を浮かべながらレオの方へ歩み寄った


「そこでグズグズするなら帰れ!邪魔になるだろう!」


「うるさい!娘を取られた私の気持ちがわかるか!」


「分かるか!帰れ!」


結局、レオはフレディによって部屋から追い出された

このやり取りは、レオが赤子のアリシアに会いたいと駄々をこねた時もやっている

こちらも嫁自慢と同じく日常茶飯事だ


レオがしょっちゅうアリシアとベイリーに会いたい、と漏らすため、集中できないフレディが部屋から追い出すまでが1セットと言ってもいい


「帰るか…」


レオは来た道を戻りながら、鼻をすすっていた


「アリシア…私の可愛いアリシア…」



未だにグズグズ言っている公爵の姿に、道行く使用人が少し引いている


レオは仕事はできるのだが、家族のこととなると途端に情けなくなる

それを日常的に目撃している皇帝や皇后、使用人、皇宮に出入りする貴族たちは、最初こそ、そんなレオを見て「情けない」「本当にこの国の公爵なのか」と言っていたのだが、今では皆すっかり慣れてしまい、「また始まった」くらいに思ってしまっている


「はぁ…アリシアが婚約か…」


ブツブツとつぶやきながら皇宮内を歩いていると、前から歩いてきていた人物とぶつかってしまった

レオは武道をやっているため体感がしっかりしているが、相手はそうではなかったらしい

ぶつかった衝撃で転んでしまったらしく、レオは慌てて相手に手を差し伸べた


「すまない、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。申し訳ありません」


可愛らしいピンク色のふんわりとしたドレス姿の少女は、レオの手を取り立ち上がった

少女の背丈はアリシアより少し低いくらいだった


“アリシアと同い年くらいか?”


「ハーシェル公爵閣下ですね?ぶつかってしまったことお詫び申し上げます」


「いや、私が前をよく見ていなかったのだ。気にするな」


「ありがとうございます、では失礼いたします」


ピンクのドレスを摘んでカーテシーをした少女は、レオに背を向けて去っていった

レオはその少女を特に気に留めることもなく、歩いて帰路についていった




****


少女は皇宮の広い廊下をコツコツと足音を鳴らしながら歩く

そして1つの扉の前まで来た少女は、コンコンとノックをした


「殿下、私です」


「入れ」


返事が聞こえた後に少女は扉を開け、中に入った


部屋の中は金と赤の装飾が施された豪華な部屋で、その部屋の持ち主の身分の高さを表している

少女は窓辺に立たずむ同じく金と赤の豪華な装いをした少年の傍に近づいた


「エイベル・エル・ド・アスーフィア皇子殿下にご挨拶申し上げます」


少年はその礼に応えるかのように振り向いた


あの日、アリシアに処刑の命令を下した男の幼少の姿である


「よく来てくれた」


麻色の髪をした少女は柔らかく微笑んだ

エイベルは少女に近寄り、彼女手を取り手の甲にキスを落とした

それに嬉しそうな顔をする少女と、揶揄うような顔をするエイベル


「掛けてくれ」


「はい皇子殿下」


少女はエイベルに言われた通りソファに腰かけ、エイベルの話を待った

エイベルは少女の向かいに腰かけ、悔しそうな表情を浮かべた


「あの忌々しい大公子が、俺のアリシアを奪った」


「まぁ酷い」


「先に婚約を申し込んだのは俺だぞ!横取りしやがって!」


少女は笑みを浮かべながら、エイベルの話を相槌を打っていた。


その笑みは作り物のような、完璧な笑みだった


普通に見れば不自然な笑みだと気が付くだろうが、エイベルは自身の話に夢中になっていて気が付かない


何も、気が付かない


「アリシアもアリシアだ、俺の婚約を蹴ってあんな男のもとに行くなんて!」


「えぇ…酷いですわ」


酷い、なんて言いながらその言葉には全く酷いだなんて思っていない

エイベルの発言に同意する意思すらも感じられない


そして、静かに少女は笑みを消した


それにもエイベルは話に夢中になっており気が付かない


“アリシア、アリシアって…”


少女は爪が食い込むほど、強く手を握りしめた

まだ10歳の子供がしていい表情ではない


嫉妬に満ちた表情だ


“皇子殿下も酷いですわ…。愚かなあなたの話をこんなにも真剣に聞いてあげてるのに…”


“いや、真剣じゃあなかったわね”


少女は嘲笑を浮かべ、用意されていた紅茶を一口飲みこんだ

エイベルは一通り話し終わったのか、満足したように少女に話しかけた


「やはりお前に相談すると気が楽になるな、エブリン」


目の前の少女はティーカップを置き、エイベルに可愛らしい笑みを向けた


「そう言ってくださると嬉しいですわ」


「だがやはり、ジョシュアへの怒りは収まらないものだな…」


「でしたら、私がお呪いをかけて差し上げますわ」


「おぉ!では頼む」


エブリンは立ち上がり、ドレスについていた目立たないポケットから真っ黒なネックレスを取り出し首に飾った

エイベルの前に立ったかと思うと、エイベルの目の前に手をかざした


『魅力(チャームゲイズ)』


エブリンが唱えると、ネックレスが怪しげに光始め、それと同時に、エイベルの瞳の瞳孔が開きぼうっとした状態になった


彼女はその様子に満足したのか、手をエイベルの頬に滑らせた

クスクスと歪ともいえる笑みを浮かべながら、呪文を唱えるようにエイベルに声をかける


『皇子殿下、皇子殿下が最も愛しているのは誰ですか?』


「エ、エブリン…」


「まぁ嬉しい」


エイベルの様子は明らかにおかしい、瞳孔は開き口はポカンとあいている

だがエブリンは目を細め、ご褒美だと言わんばかりにエイベルの額にキスを落とした


「皇子殿下、あなたは私の言うことにだけ従っていればいいのです

そしていつか私を皇后にしてください、一番の高みへと連れて…」


「ん…」


エイベルの瞳孔が元に戻り、声を漏らしたのを理解したエブリンはすぐに頬に滑らせた手をどかし、いつもの笑みを浮かべ後ろに下がった


「どうですか?気分は」


「ん?あぁ、楽になった気がするな」


「…そうですか」


エブリンはエイベルに笑みを浮かべながらも、後ろに組んだ手からは血が滲んでいた

強く握りしめたのだろう


“まだ、神力を使える時間が短い…”


首に飾られたネックレスを見て唇をかみしめる


“アーティファクトを使ってもこれが限界なんて…!”


「皇子殿下、私はこれで失礼します」


「あぁご苦労だった」


エブリンは礼をすると少し駆け足で部屋を出て行った

そんな会話があったと、アリシアは知る余地もなかったが


「…」


1つの影がその様子をしっかりと見ていた

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