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9話〜親愛〜

後日、ジョシュアから婚約同意書が公爵家に送られてきた

ジョシュアがどう大公を言いくるめたのかわからないが、なにはともあれ彼は約束を守ったのだ


“それなら…”


「大公子までもがうちの可愛いアリシアに…!一目惚れだと⁉

確かにアリシアは可愛いから一目ぼれする気持ちもわかるが…!」


“次は私が何とかしなくちゃ”


先ほどから婚約同意書を握りしめながら殺気を放っている公爵にアリシアは冷や汗をかいていた

母であるベイリーは「アリシアは人気ねぇ」とホンワカしながら紅茶を飲んでいる

ベイリー自身もこういう経験はかなりあったらしく、全く動じていない


「お、お父様…」


「安心しろアリシア、不埒な輩はすべて私が追い払ってやる」


“どうしよう…すごく怖い”


だが、怯えている場合ではない

こちらが言い出したことなのにもかかわらず、彼は殆どのことをしてくれているのだ

アリシアは、意を決してレオの顔をまっすぐ見つめながら口を開いた


「お父様」


「なんだアリシア?」


「公爵家の名に傷がつくかもしれませんが、私は大公子様と婚約したいです」


アリシアの言葉に、公爵は口をポカンと開き全く動かなくなった

ベイリーもそれには少し驚いたのか紅茶を飲む手を止めてアリシアの方をじっと見つめていた


アリシアはシンと静まり返った部屋の空気に気まずくなり少し俯いてしまう


“やっぱり、ダメかしら”


いくら自分に甘いとは言っても一族の当主であり、国と皇帝に仕える公爵

国と家の利益を考えなければならないだろう

アリシアもそれはよく分かっていた


チラリと目線だけをレオの方に向けると、俯いており顔が全く見えなかった

あまり父が起こっている姿を見たことがなかったアリシアは、怒ってるのだろうかとまた不安になり顔を下げてしまう


「失礼します、お茶菓子を…」


“なんだこの空気”


タイミングが悪いのか良いのか、イリスがお茶菓子を持って部屋に入ってきた


静まり返った部屋と、俯いている公爵と公女の姿を見て困惑した

とりあえず、アリシアの前にケーキを置くついでにアリシアの顔を横目で覗き込んだ


“…泣いてる?”


あまりにも不安げな顔に泣いているのかとイリスは心配した

アリシアの向かいに座っているベイリーに目線を向けると、ベイリーは困ったような笑みを浮かべた


何かあったということだけは察し、ベイリーの前にも同じようにケーキを置き

ケーキが苦手な公爵の前にはクッキーを置いた


クッキーが置かれた瞬間、俯いたままの公爵の手だけが伸びクッキーを摘んで口に運んだ


“からくり人形か”


口に出しはしないが、そんな公爵に少し呆れた

だが、ベイリーも特に何かをするつもりはなさそうだと気づいたイリスは小さく溜息を吐きながらアリシアの前にしゃがみこんだ


「どうかなさいましたか、お嬢様」


「イリス…」


少し顔を上げグッと唇をかみしめるアリシアの顔を見て、イリスは苦しそうに眉をひそめた

少女にこんな顔をさせた自身の主に色々と言いたいことがが湧き出てくる

公爵に目をやることもなく、アリシアだけを見つめ優しく声をかける


「公爵様と何かありましたか?」


「…お父様、怒ってる?」


「お…!」


そんなアリシアの言葉に心外だとでも言うようにガタンと立ち上がった公爵をイリスはギロリと睨みつける

それに怖気づいたのか公爵は大人しくまたソファに腰かけた


そんな公爵に溜息を吐きながらアリシアへと目線を戻す


「まぁ聞こえた通りです。公爵様は怒ってらっしゃいませんよ

一体何があったんですか?」


「…私、皇子殿下との婚約の話が出ていたでしょ?」


「そうですね、それがどうかしましたか?」


「…それ」


アリシアが指を指した先にあるのは一枚の紙だった

イリスはベイリーに許可を取るように目を向け、それに笑ってうなづいたのを確認してから紙を手に取った


“婚約同意書か、だが嫌がる娘を無理やり婚約させるような人じゃないはずだが…”


その紙をじっくり見ていると、署名されている名前が皇子のものではないことに気が付きじっくり見てみると


【ジョシュア・ド・シストア】


「…シストア大公子ですか」


ジョシュアの名前が記されていることにイリスはうんざりというような顔をして、紙をテーブルに置いた

イリスの言葉に声も出さず、コクリと頷くだけのアリシアを見てイリスは顔を元に戻しアリシアに向きなおった


「この方との婚約が嫌でそんなお顔を?」


その問いにはフルフルと首を横に振った

イリスはまさかというように目を少し見開き、聞きたくなさそうに口を開いた


「この方と…婚約したいんですか?」


コクリ


アリシアの首が縦に動いたのを見て、イリスは大きなため息を吐きそうになった

とりあえず大体の状況を把握したイリスはアリシアに公爵の皿からクッキーを一枚取って手渡し、彼女が口に運んだのを見てから公爵の方を向き頭を叩いた


「お嬢様が落ち込んでるのは公爵様のせいでしたか」


「イリス…お前、一応公爵だぞ」


「不敬罪で罰するのでしたら、この話が終わった後にお願いします」


イリスは頭を押さえる公爵に大袈裟な、と冷たい言葉を投げかけアリシアと話す時とは全く違う低いトーンで話し始めた


「お嬢様の話を聞く感じ、アンタが黙って駄々こねてるようにしか見えませんよ」


「とうとう公爵様とも言わなくなったな!もう何度もあったから慣れたが!」


イリスは基本誰かを敬うということが苦手だ

それでもいつもは敬称を使うし、ましてや仕えている人間の頭を叩くような真似はしない

だが、たまにレオが仕事をしなかったりほっぽり出そうとしたりとしっかりしないことがあるとこういうように素が出てくる


レオもそれを承知で彼を雇っているため、叩かれたり敬称を外されたからといって今更不敬罪で罰するようなことはしない


「いいじゃないですか、皇子との婚約に乗り気でなかったお嬢様が大公子様とは婚約したいと仰ってるんですから」


「シストア大公子が同意書と共に送ってきた手紙になんて書いてあったと思う…」


「知るわけないでしょう」


何を言ってるんだ、とでも言いたげなイリスの表情にレオは一瞬言葉を詰まらせた

それを見ているベイリーはいつもの事とでも言うようにその様子を見ながら笑顔でケーキを食べている、たまにアリシアの口にも運んで楽しそうだ


「一目惚れしたと書いてあったんだぞ!」


「そうですか、良かったですね。一目見ただけでお嬢様の奥様譲りの美しさが見初められたということですよ」


「あら、照れちゃうわね」


ベイリーは嬉しそうにしているが、レオにとって大事なのはそこではないらしくまだギャーギャーと騒いでいる

イリスはいい加減めんどくさくなってきたらしく、レオの頭を再び叩いて一度黙らせた


「お嬢様の意見を尊重するんじゃなかったんですか」


「そ…それはそうだが」


「兎に角、何故シストア大公子と婚約したいのか理由だけでも聞きましょう」


イリスは再びアリシアの方へ目線を向け、その言葉にアリシアは恐る恐るというように顔を上げた


アリシアの目の前にしゃがみ込み、レオに話した時とは全く違う優しいトーンで話しかけた


「お嬢様、何故大公子様と婚約したいんですか?皇子殿下とは違う何かがあったからなんですよね?」


“お嬢様とあいつが婚約するのは不本意ではあるが…”


イリスは脳裏に浮かんだ子供らしからぬ笑みを浮かべる、美しい少年のことを思い出し不快感がこみ上げてきた

だが、今は自分の気持ちよりもこの小さな主人の方がイリスには大事だった


イリスの無表情ながらも、自身の気持ちを聞こうとまっすぐに自分の目を見つめてくれる彼にアリシアは少し気持ちが落ち着き、中々出て来ない声を絞り出した


「皇子殿下は同意書を送ってきただけで、私のことは見てくれてないでしょ?

見てるのは公爵家の娘っていう肩書だけ…」


「…それで?」


「大公子様は手紙まで送って下さった。それがうれしかったの

私という1人の人間として婚約者にしたいって言ってくれたのが」


これは今咄嗟に思いついたことだった

だが実際、前の人生でもエイベルは婚約者になるかもしれない相手に手紙を送ることなんてなかった


だから、手紙と一緒に送ってくれたのが嬉しかったというのはアリシアの本心だったのだ


“だろうな”


イリスは内心アリシアに少し同情していた


“あんな男に見初められて、可哀そうに”


イリスは溜息を吐きながら立ち上がり、レオの方を振り向きクッキーをモソモソと食べている彼を見るとピキッという音と共に怒りがこみ上げたのか先程よりも強めに叩いた


「痛っ!!」


「話聞いてました?」


「…聞いてたさ」


レオはフーと息を吐き、アリシアの方を見つめた

まだ不安そうな顔をした娘を見て、思うところがあったのかレオはアリシアに優しく声をかけた


「アリシア」


「…はい」


アリシアは父の顔を見ると、小さく目を見開いた

目に映った父の顔があまりにも優しい顔をしていたから


怒っていないのだと安心したアリシアは、肩の力を抜き父の顔をまっすぐ見た


「お前が誰と婚約しようが止めるつもりはない

あまりにもどうしようもない男であれば止めるかもしれないが、前にも言ったように私たちはお前の意見を尊重するよ」


「さっきのは…まぁあれだ」


言葉を濁す公爵をイリスは睨みつけた

それに公爵はビクッと身を震わせ一瞬身を縮こませた


アリシアは身を震わせる父の姿にも驚いたが、それよりも睨むイリスに驚いた

自分が幼いころ追いかけまわした時も睨まれたことはなく、今では笑顔こそ見せないものの

言葉遣いは柔らかいものが多い


“私とお父様の扱いの差がすごい…”


「まぁだからなアリシア」


「は、はい!」


ぼうっとしていたアリシアの意識はレオの言葉によって引き戻された

レオは頬をかき、少し恥ずかしそうにしながら口を開いた


「今のは、私の我が儘だ」


「我が儘…ですか」


「あぁ、婚約したらお前が離れて行ってしまうのではないか…と」


レオは寂し気な笑みを浮かべながらそう告げた

アリシアはその言葉に聞き覚えがあった


ゲームでも前の人生でも、アリシアが婚約した時に行っていた時の言葉だった

本当に寂しそうに言うものだから、ゲームをプレイしていた前世でもアリシアとして生きた前の人生でも少し泣いてしまったのだ


「でも、アリシアは少しづつ大人になっているんだな…

寂しいような嬉しいような、複雑ではあるがお前が幸せなら私も幸せだ」


「お父様…」


泣きそうになるのをグッとこらえ、父の顔必死に見つめた

この人が、自分の優しく偉大な父なのだと何となく目に焼き付けておきたかった

レオは、立ち上がりペンを取り婚約同意書にサインをした


「あとは、お前がサインするだけだ」


「…ありがとうございます」


「いいんだよ、私はお前の父親なんだから」


泣きそうなアリシアを笑いながら手を伸ばし頭をなでる


大きくて暖かく、国を守る偉大な公爵の手


そして、アリシアしか知らない優しい父の手


「それでもまだ婚約の段階だ、嫌なことがあったら言いなさい」


アリシアはそう言った父の顔を見て、顔をひきつらせた

公爵が、一人の父親がしていい顔ではなかった


「お父様がしっかり懲らしめてやるから」


“これあんまり納得してない…!”


下手したらこの国から大公家がなくなると察したアリシアは気を引き締めなおした

復讐を遂げるまではジョシュアを守るためにもしっかりしなくてはならない


さもなければ___


“大公子様が危ない…!”


公爵はやはり親バカだと改めて再確認した

イリスはそんな公爵を見て溜息を吐くばかりだった

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