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小さな恋の行方  作者: 花 影
第3章 大団円円舞曲(エピローグ)
31/31

蛇足(おまけ)約束を果たす時まで

ちょっと重い話。

 隠居の身となり、この地に居を移してもうじき5年になる。夜明けとともに起きだす長年の習慣は変えられず、それでいてすることなど特にないので朝の散歩が日課となっていた。

「やれ、一休みするかな」

 近頃は歩くのに杖が手放せなくなっていた。長い時間歩くこともできなくなり、いくらも歩かないうちに腰を下ろして一休みする。これでは散歩をしているのか外で休んでいるのか区別がつかんな。だが、隠居した身には時間に追われることなどない。春分節が過ぎたばかりで吹き抜ける風はまだ冷たいが、のんびりと眼下に広がる田舎の景色を眺めた。

「おおう、もう芽が出ておる」

 今いるのは館が再建された後に作られたバラの庭園。以前の館の主がこよなく愛したバラを集めて植えられている。秋に短く刈り込まれていたが、目の前にあるバラには若芽が顔をのぞかせていた。

 こちらに居を移した当初はまだ手も足も思うように動かせており、バラの世話も率先して行っていたが、今は歩くのだけでなくはさみを長時間握るのも難しい。世話は園丁に全てを任せているが、朝の散歩の折に日々の変化を見付けるのは楽しいものだ。


チチチチ……


 どこかで鳥が鳴いている。見上げると雲一つない空が広がっていた。こんな空を見るとあの日を思い出す。あの方と始めて出会った日の事を……。



 もう何十年も前になる。今日と同じ、早春の晴れた日にあの方は輿入れの為にフォルビア城に参られた。唯一の身内となってしまった年若い陛下の後ろ盾となって頂くために、あの方は20も年の離れた旦那様に嫁がれたのだ。

 婚礼衣装に身を包み、美しいプラチナブロンドを結い上げた姿は凛としており、私は一目で魅入られた。だが、当時の私は城に上がって間もない一介の使用人でしかない。当然、あの方は私の存在など知りもしなかっただろう。

 何分、当時の私の身分では遠目にお見掛けするのが精いっぱいだった。それでもあの方のお役に立ちたいという一心で、がむしゃらに働いた。すると、職務を真面目にこなす私を当時の家令が認めてくださり、そして見込みがあると言って厳しいながらも様々なことを教えてくださった。

「君は全てを大公家に捧げる覚悟はあるかね?」

 ある日、師と仰ぐ家令からこんな質問をされた。私が迷いなくその決意を伝えると、彼は一瞬だけ顔をほころばせた。そして……私への指導は一層厳しさを増した。時には涙をこらえながら、無茶だと思えるような要求に応えていた。


 月日は流れ、あの方がフォルビアに嫁がれて10年たった。その年の冬に旦那様が病に倒れられ、治療の甲斐なくあっけなく亡くなられてしまった。葬儀を1人で取り仕切られたあの方は、表では気丈に振る舞われておられたが、陰でひっそりと涙を流しておられるのを偶然にも私は見かけ、胸が痛んだ。

 残念ながらご夫婦はお子に恵まれなかった。後継を誰にするかでもめそうになったが、旦那様の遺言によりあの方がフォルビア公となられた。異論はあったが、旦那様を支えられた実績がそれらを沈黙させた。旦那様を亡くされた悲しみを振り切るようにあの方は精力的に働き続けた。

「そなたがオルティスか? よく仕えてくれていると聞く。これからもよろしく頼むぞ」

 始めてお声をかけていただいたのはちょうどその頃だった。フォルビアの城にお見えになられたあの方は、すれ違いざまに頭を下げる私にそうお声をかけてくださった。名前を憶えてくださった喜びに興奮しすぎ、その後何を話したのかさっぱり覚えていないのが残念でならない。


 精力的に動かれるあの方に対し、老境に差し掛かっていた家令はその望みについていけなくなっていた。その彼を支えていた私はいつしか彼の右腕と目されるまでになっていた。やがて己の限界を悟ったのか、師匠は後事を私に託し、家令の職を辞して城を後にした。

 それからさらに月日は流れ、私が城に奉公に上がってから30年近い年月が経っていた。フォルビア大公家の当主として、国の重鎮として常に第一線を走ってこられたあの方が病に倒れられた。持病を抱えることになったあの方は国政から手を引き、療養を兼ねて領内の別荘に居を移された。この頃はまだ良好な関係を築いていたご一族方の協力を得ながら、フォルビアの運営に専念することに決められたのだ。城の事は同僚に任せ、あの方のお傍に仕えるために私も別荘へ移った。

「このまま穏やかに余生を過ごすのも悪くはない」

 執務の合間に私が淹れたお茶を飲まれながら、そう穏やかにあの方は微笑まれていた。


 隠棲して5年後、事態が大きく変わった。あの方がひそかに後継にと望まれておられたクラウディア様と皇家の末の皇子、エドワルド殿下がご結婚された。ほどなくして懐妊の知らせを受け、喜びに沸いたのもつかの間、皇女誕生と共にクラウディア様ご逝去の知らせを受けた。

 ロベリア総督就任のあいさつに来られたのだが、元来明るく快活な殿下はすっかり様変わりし、明らかに酔っておられた。副官のアスター卿の話では夜もろくに眠れず、お酒が手放せないらしい。

「今のそなたに親の資格はありません。小姫ちいひめは妾が育てます!」

 そんな殿下のお姿を見たあの方は到底黙ってなどおれず、殿下に喝を入れると生まれたばかりの姫様を引き取られた。病に倒れられてからどことなく気弱になっておられたが、かつての迫力を取り戻されたようなあの方に殿下はタジタジとなっておられた。



 姫様を迎えた館は賑やかになった。これまではどこか終焉を思わせる静寂が漂っていたのだが、子供の泣き声1つでそれが吹き飛んでしまう。だが、逆に言えば子供が育つには適さない環境だったのかもしれない。

 大人ばかりのこの館では子供の目線で見る者がいなかったのだ。些細な失敗で怒られて抑圧される。その抑圧で生まれた不満は癇癪かんしゃくによって発散されてまた怒られる悪循環が出来上がっていた。

 あの方には懐いておられたが、病を抱えた状態で執務をこなしていれば接する時間は限られる。手がかかると館の使用人からは敬遠され、今度はどんな形でも構ってもらおうと悪戯を繰り返した。

「よろしくお願いします」

 そんな最中にやってきたのがオリガとティムの姉弟だった。両親を亡くし、行く当てのなかった彼らが難儀しているところに居合わせたルーク卿は、ティムの竜騎士の才能を見出し、このまま放っておくことが出来ないと私に頼み込んだのだ。  ちょうど厩番が体を壊し、早急に増員が必要なのも確か。オリガも子供の扱いは慣れて居るとのことだったので、姫様の事を任せることにし、2人の身柄を引き受けた。

 大人ばかりの間で育った姫様はよほどティムの存在が珍しかったのか、厩舎で働く少年の元を頻繁に訪れるようになる。彼も嫌がらずに相手をし、我々も仕事に支障がきたさない程度ならばとがめることはなかった。そのおかげか、姫様の癇癪も徐々に減っていく。そして……その年の冬の終わり、殿下は妖魔に襲われていた女性を助け、館に預けられた。この方がフレア様だった。


 あの方の最晩年は幸せに満ち溢れていた。フレア様がいらしたおかげで姫様はすっかり落ち着かれ、しかも勉強にも関心を持たれるようになっていた。覚えたことを少しずつ披露していく姿をあの方は目を細めて眺めておられた。きっと、この頃にいずれ姫様をフォルビア公にしようとお心を決められたのかもしれない。

 フレア様の影響は姫様だけに留まらなかった。子供の変化に驚かれた殿下が館に足しげく通われるようになったのだ。討伐中に重傷を負った殿下の看病がきっかけとなり、2人は互いにひかれあうようになる。しかし、当時記憶のなかったフレア様は立場の違いに遠慮してなかなかその手を取ろうとはしなかった。あの方はその様子を口では「楽しませてもらう」と言いながらも、やきもきして見守っておられた。

 そして再び病魔があの方を襲う。かろうじて命はとりとめたが、寝台から起き上がることもできなくなってしまわれた。その命数があとわずかと悟り、フレア様を養女に迎え、彼女が殿下の手を取る後押しをした。その甲斐があって春分節の宴の夜にお2人はお互いの気持ちを確かめ、結婚を約束された。


しかし……。

「オルティス……最後に頼みがある」

 その宴の夜、あの方の容体が急変した。殿下とフレア様がお戻りになられるのを待っていると、弱弱しく声をかけられた。

「妾もこれまでのようじゃ。妾のかわりにあの子達の行く末を見守ってほしい……。そなたがダナシア様の御許へ召されるまでに起こった事……良き事も悪き事も全て報告しておくれ」

 あの方の頼みを断れるはずもなく、私はただ、涙を流しながら頷いた。やがて、殿下とフレア様もご到着される。先に到着していた神官長の元、2人の組紐の儀が行われた。涙ながらに宣誓した2人に最後の力を振り絞って祝福された。そしてその手から力が抜けていく。その後は涙でかすんで見ることが出来なかった。


 元々、日々の記録を兼ねて日記を書き続けていた。以前の物は内乱で焼失した館と共に燃えてしまったが、それでもあの方との約束を果たすために書き続けた。

 内乱中は悪いことが多かった。しかし、その終結は劇的だった。行方不明になっていたフレア様と姫様がお戻りになられ、しかもご嫡男様がご誕生していたのだ。フレア様があの方ともご縁のあった大陸最強とも言われるブレシッド公の御養女様だったのは更なる驚きでもあり、あの方の元に赴いた時には真っ先のご報告したい話となった。

 今ではそれがもう1つある。それはあの方が気にかけておられた姫様が成人され、無事にフォルビア公に就任された事。そして、タランテラのみならず、大陸に広くその名を知られる竜騎士になったティムと初恋を実らせ、結婚したことだ。

 内乱の逃避行の最中に芽生えた幼い恋。ただ、思うだけで私の恋は終わらせたが、2人には幸せになってほしいと願い、陰ながら応援した。幸い、周囲の大人は誰一人笑うものなどおらず、恋の成就に誰もが手を貸した。不幸な出来事もあったが、留学を終えて真っ先に会いに来てくれた2人の幸せそうな笑顔は忘れることが出来ない。




「オルティスさん!」

 声をかけられて振り返ると、手を振りながら笑顔のルーク卿が近寄ってくる。はて、彼の現在の任地は第3騎士団ではなかったはずだが……。

「昨夜、姫様……女大公様が産気づかれたと知らせを受けたので、フォルビアに来ました」

「おお……」

「オリガも驚くほど安産で、今朝方、無事に男児をご出産されました。母子ともに元気ですよ」

「おぉ……大母ダナシアよ……」

 椅子から腰を浮かせた私はその場に跪き、ダナシアに感謝の祈りをささげた。

「女大公様がオルティスさんに早く知らせてほしいと仰せになられたので、飛んできました」

 ああ、女大公様……グロリア様、また1つ嬉しいご報告が増えました。いつの日か、御前に参るのをどうか楽しみにお待ちくださいませ。


これにて「小さな恋の行方」完結です。

当初は10話くらいで終わらせるつもりが、思いのほか長くなってしまいました。

一人称で書くと周囲が分かりづらくなるので、2人の目線で交互に書いたらこんなことに……。

話、盛りすぎですね。


最後はプラトニックな愛を貫いたオルティスさんのお話し。

実は初恋つながりで群青本編の番外編にルイスの話と抱き合わせで入れようと思っていた話。

ルイスの方が長くなってしまって泣く泣く外したのですが、こちらで復活。

もうちょっと彼のグロリアに対する想いを書きたかったのですが、ちょっと力不足でした。


最後に補足。

ティムとコリンの間には2男5女が誕生。

リーガスに引き続き、2代続けて子だくさんの団長が続いた第3騎士団。

いつしかあそこに配属されれば子宝に恵まれると言う噂がまことしやかに流れたとか……。


最後までお付き合いくださりありがとうございました。


花影


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