第12話 金の皮は嘘をつかない
「ねえリオ、あんた昨日から何書いてんの? 帳場の仕事より、そっちのほうが熱心じゃん」
ベック両替店に雇われて、まる一日働いた翌朝。
帳面の端に数字を書きつけていた俺の手もとを、ノーラが肩越しにのぞき込んできた。
「ちょっとした割り算だよ。鉛と金の」
「はぁ? なにそれ」
昨日一日、帳場に座ってみて分かったことがある。
両替の客は、驚くほど嘘をつく。削った金貨を「祖母の形見で」と差し出す者、異国の銀貨を「ちゃんとした王国銀貨だ」と言い張る者。
そのたびにノーラは天秤で、俺は手で、片っ端から看破した。
楽しかった。悔しいほどに楽しかった。母の生まれた店の帳場は、前世の帳場とまるで同じ匂いがしたのだ。
それはそれとして、本題は別にある。
宝物庫の王冠は、水の量りで比が十一と半分だった。
鉛だけなら十一と少し。その差のぶんだけ、重い金の皮が鉛を包んでいることになる。
差はわずかでも王冠の大きさを掛け算すれば、張ってある金の量が推定できる。
二百五十粒ほど。
王冠一つの表面にそんな量の金が張ってある計算になる。
「……やっぱり、箔じゃないな」
「箔?」
「金箔ってのは、向こうが透けるほど薄いんだよ。王冠一つ包んだって、麦粒何個ぶんにもならない。二百五十粒も張ってあるなら、それは箔じゃなくて、延べ金を叩いて伸ばした厚い張り金だ」
ノーラが目をぱちくりさせた。
「……あんた、本当に何者?」
「見習いだって」
厚い張り金は、手間も金もかかる。三十一品ぶんとなれば、八年で消費した延べ金は相当な量だ。
そんな買い物をし続けた客を売った側が覚えていないはずがない。
◇
隣の通りの箔屋は三軒。
ノーラは「道が分かりにくいから」と言って、店を母親のハンナおばさんに任せてついてきた。たぶん半分は好奇心だ。
路地は狭かった。
狭いというより、グスタフが通るには狭すぎた。肩を斜めにし、頭を下げ、洗濯物の下をくぐり、それでも軒先の鍋に額をぶつける。かーん、といい音がした。
「……ねえ、叔父さん、だいじょぶぅ?」
「…………問題ありません」
「額、赤くなってますけど!?」
ノーラが本気で心配している横で、俺は肩を震わせるのに忙しかった。
近衛騎士が下町の鍋に負けている。前世の店の常連に見せてやりたい光景だ。
一軒目は外れ、二軒目も外れ。
三軒目の「シュミット箔店」で白髪の主人が帳面をめくりながら唸った。
「延べ金を、八年も切らさず買ってく客ねえ……ああ、いるよ。路地裏のオットー爺さんだ。昔は王都で一番の細工師だった男さ」
「昔は?」
「女房の薬代で、えらい借金をこしらえてな。金羊商会から借りたって話だよ。それからは、どこの仕事をしてるんだか、ろくに顔も出さねえ。……なのに延べ金だけは、きっちり買いに来るんだ。三年前の冬なんか、山ほど持ってったっけな」
金羊商会?
またあの羊かよ。
それに三年前の冬だと?
宝物庫の大物十四品が、まとめてすり替えられた年だ。背筋がすっと冷えた。
◇
オットーの工房は、路地の突き当たりの半地下にあった。
扉を叩いても返事がない。
ノーラが「オットーさん、いる?」と声をかけると、奥から乾いた咳が聞こえた。
工房は薄暗く、金属と油の匂いが充満していた。
作業台の前に痩せた老人が一人、背中を丸めて座っている。手もとには小さな金槌と、研磨しかけの指輪。皺だらけの指は、驚くほど迷いなく動いていた。
「……客か。悪いが、もう細工の仕事は受けとらんよ」
「あ、いえ、仕事の頼みじゃないんです。見てほしいものがあって」
俺は懐から布の包みを出し、作業台の上で広げた。
宝物庫から一晩だけ借り出してきた、偽物の王笏の飾り玉だ。ハインツが渋い顔で貸してくれた。
老人の手が止まった。
金槌が台に置かれる、ことりという音だけが響く。油の灯がじじっと鳴り、どこかで猫が鳴いた。
「見事な張りものですね」
俺は本心から言った。
「芯の鉛の上に延べ金を二重に張って、継ぎ目を彫りの溝に逃がしてある。昔、知り合いの職人が言ってました。張りものの腕は、継ぎ目をどこに隠すかで決まるって。これ、そこらの細工師にできる仕事じゃないですよ」
腹の底では、二つの気持ちがせめぎ合っていた。
この腕前には素直に頭が下がる。前世なら弟子入りを頼みたいくらいだ。
同時に、この腕で国の宝を空にした連中への怒りがふつふつと煮えている。
老人の肩が、ぴくりと震えた。
効いた、と思う。職人は腕を褒められると弱い。それを分かっていて使う自分が、少しばかり嫌になった。
「……どこで、それを」
「宝物庫です」
工房の空気が凍りついた。
ノーラが息を呑む音が聞こえる。そりゃそうだ。王家の宝の偽物の話を、見習いの少年が持ち込んでいるのだから。
オットーはしばらく作業台の上の飾り玉を見下ろしていた。
やがて、皺だらけの指がそっと伸びて、偽物の縁をなぞった。
「……八年じゃ」
かすれた声だった。
「女房の薬代を、金羊商会に借りた。返せんようになったら、宝物庫の役人だという男が証文を買い取って、わしのところへ来おった。これを作れば借金は消してやる、作らねば……と」
「副管理官のクラウスですか?」
「名は知らん。ただ、いつも几帳面な字の書きつけを持ってきた。本物を一晩だけ預けて型を取らせ、翌朝には持って帰る。わしは型どおりに鉛で芯を作って、金を張った。……張るしか、なかったんじゃ」
老人は立ち上がり、棚の奥から煤けた帳面を一冊抜き出した。
「ぜんぶ書いてある。作った品の名と、本物の重さと、偽物の重さと、日付をな。職人の癖じゃよ。作ったものを書き残さずにはおれん」
受け取って、一ページずつ丹念に確認する。
細かい字と、品物の素描。王妃の首飾りが八年前。紅玉の耳飾りも八年前。それから毎年、三つ、四つと続き――三年前の冬に、王冠と王笏と宝珠と獅子の牙を含む十四品。
三十一品。
俺とハインツが宝物庫で数えた数と一品も違わなかった。
胸の中で何かがかちりとはまった。これで宝物庫の三十一品の、作り手と品目の両方が判明した。
「……捕まえに来たんじゃろう。好きにせい」
「捕まえに来たわけじゃないです。ただ、いつか本当のことを話してほしいんです。命じた側が裁かれる場で……お願いできませんか?」
老人は唇を引き結んだまま、偽物の飾り玉を両手で包むように持ち上げ、目を閉じた。
「本物は、もっと重かったよ」
ぽつりと老人が言った。
「型を取るとき、本物を手に載せた。どれもずしりと重かった。……わしの手が、まだ覚えておる」
暗い工房の中で老人の手だけが妙に白く見えた。
この腕なら、本物の王冠だって作れたろうに。そう思うと、少しもったいない気がした。
その晩、グスタフの手配で、近衛の知り合いがオットーを宿へ移した。口を封じに来る者がいないとも限らない。
老人は帳面を抱え、何度も振り返りながら路地を出ていった。
帰り道、ノーラは一言もしゃべらなかった。
通りの角を曲がったところで、ようやくぼそりと言う。
「……あんた、ほんとに何者なの?」
うまい答えが見つからず、俺は首の鎖の指輪を握った。
グスタフが赤くなった額をさすりながら、無言で俺の半歩後ろについた。




