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ハズレスキル【天秤】の第七王子、前世の質屋の目利きで王家の宝物庫を量ってみたら、半分が偽物でした  作者: ま
第一章 この国、質に入ってます

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第10話 質札の控え



九日目の夜、宝物庫の樫の扉の前にこの国で一番偉い親子が並んで立った。


陛下はあの夜の私室と同じくつろいだ上着姿で、手には古びた鍵を一本だけ握っている。

その半歩後ろには王太子ジークハルト。黒髪をきっちりと撫でつけ、眉間には相変わらず深い皺が刻まれていた。



「……父上のご命令だから来た。だが第七王子、お前の遊びに付き合っていられるほど、私は暇ではないぞ」



開口一番がこれである。

十一も年の離れた長兄は、昔から俺に関心がない。嫌っているというより、視界に入っていないのだ。



「あ、はい、兄上。お手間は取らせませんから」



答えながら、内心では腕まくりしていた。

質屋の帳場には、こういう客がよく来た。「どうせ二束三文だろう」と最初から決めてかかる客だ。

そういう相手には、口で説明するより品物を手に載せてやるのが一番早い。




◇




第一室の台に王冠と大目録と盥を並べる。

ハインツがそらで目録を唱え、俺は王冠を兄上の手に載せた。



「ええと、目録では一万二千粒です。で、兄上の手にあるのが七千三百十粒」


「……それが何だ。重さなど、手で分かるものか」


「じゃあ、こっちを持ってみてください」



王冠を台に戻してもらい、今度は兄上の両手に、ハインツから借りた本物の千粒の分銅と、陛下から返してもらった中抜きの六百粒の分銅を一つずつ載せる。

兄上の眉がぴくりと動いた。


五日前の陛下とまったく同じ反応だ。親子だなあ、と妙なところで感心してしまう。

仏頂面の傾け方まで同じなのだから、噴き出すのをこらえるのに苦労した。


それから盥で、祝福の儀の夜と同じ水の量りをやってみせた。

王冠を沈め、あふれた水を量り、割り算をする。

十一と半分。金なら十九、鉛なら十一と少し。


兄上は黙ったまま、王冠と分銅を交互に凝視していた。

その沈黙が、さっきまでの「暇ではない」とは別の種類のものに変わっていくのが、横顔で分かった。



「……ここ三年、財務卿は私に、国庫が苦しいと言い続けてきた」



ぽつりと兄上が言った。



「騎士団の剣を減らせ、北の砦の修繕を延ばせ、と。私はその言葉どおりに削った。部下に頭を下げてな」



握った拳が白くなっていた。



「その間に、あの男は……くそっ!」



石壁に兄上の声が跳ね返る。

この長兄が声を荒らげるところを、俺は生まれて初めて見た。




◇




本題はここからだ。


台の隅に置いておいた革表紙の本を両手で持ち上げる。

二日前の夜、クラウスが大目録とすり替えようとして、そのまま置いて逃げていった偽の目録である。



「父上、兄上。ちょっと、これを見てほしいんです」



ページをぱらぱらとめくる。

真新しい紙で、百二十枚。字は大目録をそっくり写してあるが、偽物の三十一品の行だけ、重さを偽物の実際の重さに合わせて書き換えてある。これを大目録の代わりに置かれたら、偽物は全部「目録どおり」になってしまう。

質屋の台帳改竄とまったく同じ手口だ。そんな見え透いた細工でも、目の見えない宝物庫番と、点検に来ない王族の前では十分に通用したのだ。


だが、俺が最初から気になっていたのはそこじゃない。


目盛りが止まる。

一万六千八百粒。


白紙の最後の一枚を外して量ると、百粒。百二十枚なら一万二千だ。革の表紙と留め金を足しても、せいぜい一万五千六百ってところだろう。

千二百粒、余計にある。紙にして、ちょうど十二枚ぶん。



「ハインツ、小刀ある?」



表紙の裏の革の内張りに刃を入れる。

指先で探ると、同じ紙が十二枚、折りたたまれて平たく縫い込まれていた。


あった!

心臓が跳ねる。前世でも、隠し財布を見つけた瞬間はいつもこうだった。嬉しくて、指先がわずかに震える。


広げると、ランプの光の下に、見覚えのある几帳面な字が並んでいた。

クラウスの字だ。


――控え。万一のために。


最初の十枚には、品名と日付と金額が延々と並んでいる。

八年前から四年前までに少しずつ売られた十七品。売り先は、すべて「金羊商会」。

厨房の粉袋に押してあった、あの金色の羊だ。


残りの二枚には、三年前の日付があった。


――質入れ証文の写し。

――質入れ主 ヴァーゲ王国財務卿 オスヴァルト・ベルンハイム(副署)

――質取り主 金羊商会 王都支店


――質物 王冠・王笏・宝珠・宝剣「獅子の牙」ほか十品、計十四品。ならびに始祖の分銅一

――元金 獅子金貨十五万枚

――利息 期限までに元金の二割


――期限 三年後、建国三百年祭の日の正午

――期限までに元利を払わぬときは質流れとし、質物は金羊商会の所有として、ザルツ評議会に献上する


読み上げる俺の声が、地下の石壁に吸い込まれていく。


おいおい、嘘だろ?

国の宝を、質に入れた?

しかも流れたら、隣の国の評議会に献上だと?



「……始祖の分銅だと?」



陛下が低く呟いた。



「あれは始祖の間にあるはずだ。余の鍵でしか開かぬ部屋に……」



陛下は手の中の古い鍵に目を落とし、それから静かに瞼を閉じた。



「三年前……建国祭の支度のとき、余は自分の鍵を財務卿に預けた。宝器の手入れに要ると言われて。翌朝には返ってきたゆえ、気にも留めなかった」



一晩。

質屋の帳場でなら、一晩あれば品物を三回は入れ替えられる。




◇




始祖の間は、第一室の奥にある小さな部屋だった。

陛下の鍵で扉を開けると、石の台座の上に赤い天鵞絨の小さな座布団が一つ。その上に、胡桃ほどの真鍮の分銅が鎮座している。

側面には、紋章と同じ、剣を載せた天秤の印。


手に取る。


九百九十七粒。



「父上……千粒の分銅が、千粒じゃないです。三粒、足りない」



たった三粒、と兄上が言いかけて、口を閉じた。

分かってくれたらしい。分銅というのは、重さを決める物差しだ。その物差しが狂っていたら、もう分銅とは呼べない。

しかもこの手触り。中身は鉛で、表を真鍮色に塗ってあるだけだ。


偽物の王冠も偽物の宝剣も腹は立った。

だが始祖の分銅が偽物だと分かったこの瞬間ほど、背筋が冷えたことはない。

この国の「正しい重さ」そのものが、誰かの手で質に入れられていたのだ。


陛下が、俺の手の中の偽の分銅を見下ろしていた。



「……そなたが見つけねば、余は建国祭で、偽の王冠を民に掲げていたのだな」



声は低く、ひどく疲れていた。

何と答えればいいのか分からず、俺は偽の分銅を握り直した。




◇




第一室に戻ると、兄上が俺の前に立った。



「第七王子。……お前のスキルは、嘘も量れるのか?」


「いや、量れませんって。重さだけです」


「そうか」



兄上はわずかに口の端を歪めた。皮肉なのか、ただ疲れただけなのか、判断がつかない。



「なら、重さで答えろ。建国祭まで、あと何日だ?」


「今日が祝福の儀から九日目なので……あと百十一日ですね」


「本物を請け出すのに、いくら要る?」



俺は控えの金額の欄を指でなぞった。

元金が獅子金貨十五万枚。三年分の利息を足して――。



「元利合わせて獅子金貨十八万枚。国の歳入の、ざっと二年分ですね」



兄上が固まった。



「……は?」



陛下が、ごほんと一つ咳払いをした。

ハインツは目録を抱えたまま天井を仰ぎ、グスタフは懐の焼き菓子に伸ばしかけた手を、そっと引っ込めた。


そりゃ黙るわな、と思う。


ちなみに前世の店で預かった一番大きな質は、百二十万円の腕時計だった。

今度の質は、桁がいくつ違うんだろう。



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