第1期 第5話 金曜日だけの彼女
「私は――」
先週。
カラオケの薄暗い個室で、ミヤビは最後まで答えなかった。
ユウキのことが好きなのか。
それとも、ただ二人でいる時間が心地いいだけなのか。
答えの代わりに抱きしめられた。
その感触が、一週間経っても残っている。
*
木曜日、午後十一時十三分。
『明日、会えるよね?』
ベッドに入ったユウキのスマートフォンに、ミヤビからメッセージが届いた。
『毎週会ってるだろ』
『確認したかったの』
『会えるよ』
既読。
すぐ返信。
『よかった♡』
その後。
『明日は制服じゃないユウキくんが見たい』
『どういう意味?』
『放課後、一回帰ろ』
『それ面倒じゃない?』
『デートしたいの』
ユウキの指が止まった。
デート。
これまで二人でカラオケにも行った。
手も繋いだ。
何度もキスした。
抱きしめ合った。
それなのに、その単語を明確に使ったことはなかった。
『俺たち付き合ってないよな?』
少し間が空いた。
『だから明日決めよ』
「……決める?」
『何を?』
返事。
『秘密♡』
そして。
『おやすみ、ユウキくん』
『大好き』
数秒後。
メッセージが削除された。
「……え?」
見間違いではない。
確かに『大好き』だった。
『今の何?』
『見なかったことにして』
『無理だろ』
『明日話す』
それ以降、返信は来なかった。
*
金曜日。
放課後。
教室の入口に現れたミヤビは、ユウキを見るなり言った。
「帰ろ」
「今日は早いな」
「着替えるから」
「本当にデートするの?」
「嫌?」
「嫌じゃない」
「じゃあ決まり」
ミヤビは嬉しそうに笑った。
学校では秘密。
それが二人の暗黙のルールだった。
だから校門を出るまでは少し距離を空ける。
そして。
駅へ向かう途中。
周囲に同じ学校の生徒がいなくなった瞬間。
「はい」
ミヤビが右手を差し出した。
「毎回やるの?」
「毎回」
ユウキはその手を握った。
すぐに指が絡む。
「やっぱりこれ好き」
「手繋ぐの?」
「ユウキくんと手繋ぐの」
「……そう」
「照れた?」
「照れてない」
「耳赤いよ」
「うるさい」
ミヤビが笑った。
*
一時間後。
駅前。
先に到着したユウキは、スマートフォンを見ながら待っていた。
「ユウキくん」
声に振り返る。
一瞬。
誰か分からなかった。
白いニット。
膝丈の淡いブルーのスカート。
小さなショルダーバッグ。
学校では下ろしている黒髪を、今日は片側だけ耳にかけている。
「……何?」
ミヤビが首を傾げる。
「いや」
「変?」
「逆」
「逆?」
「似合ってる」
ミヤビが目を丸くする。
それから頬を赤くした。
「そういうの急に言うの反則」
「聞いたのそっちだろ」
「もう一回言って」
「嫌だ」
「けち」
ミヤビが隣に並ぶ。
そして当然のように腕を絡めてきた。
「近いって」
「デートだから」
「デートってこういうもの?」
「知らないの?」
「初めてだから」
その瞬間。
ミヤビが立ち止まった。
「……初めて?」
「うん」
「女の子と二人で?」
「うん」
「私が最初?」
「そうだけど」
「そっか」
なぜか嬉しそうだった。
「じゃあ今日は」
ユウキの腕を抱く力が少しだけ強くなる。
「忘れられない日にしてあげる」
*
二人はショッピングモールを歩いた。
ミヤビが服を見る。
ユウキが付き合う。
ゲームセンターに寄る。
写真も撮った。
クレープを半分ずつ食べた。
「ユウキくん、これ食べる?」
「自分で食べれば?」
「はい、あーん」
「人いるぞ」
「恋人っぽいことしようよ」
「恋人じゃないだろ」
「……まだね」
その言葉が引っかかった。
クレープを食べる。
「おいしい?」
「うん」
「じゃあ私も」
ミヤビが同じところを一口食べる。
「間接キス」
「直接してるだろ」
「それもそうだね」
二人で笑った。
その瞬間。
ユウキは思った。
この時間がずっと続けばいい。
そう思ってしまった。
*
夕方。
二人は川沿いの遊歩道を歩いていた。
夕日が水面を橙色に染めている。
人通りは少ない。
「ユウキくん」
「ん?」
「今日楽しかった?」
「楽しかった」
「即答」
「悪い?」
「嬉しい」
しばらく歩く。
やがてミヤビが立ち止まった。
「ねえ」
「うん」
「昨日のメッセージ」
やっぱりその話か。
「大好き、ってやつ?」
「言わないで」
「自分で送ったんだろ」
「消したもん」
「見たあとだった」
ミヤビは俯いた。
いつもの余裕がない。
「間違えて送ったの?」
「違う」
「じゃあ本音?」
沈黙。
ユウキは待った。
やがて。
「……本音」
小さな声だった。
「私、ユウキくんのこと好きみたい」
心臓が跳ねる。
「みたい?」
「だって分からないんだもん」
「何が」
「こういう好き、よく分からないから」
ミヤビは笑った。
少し寂しそうに。
「でも金曜日になると嬉しい」
一歩近づく。
「ユウキくんに会えるから」
もう一歩。
「メッセージ来ると嬉しい」
距離がなくなる。
「手繋ぐのも好き」
ミヤビがユウキの手を取る。
「抱きしめてもらうのも」
指が絡む。
「キスするのも」
視線が唇へ落ちる。
「全部、ユウキくんだからしたいって思う」
ユウキの胸が苦しくなる。
「それって普通に好きなんじゃない?」
「……そうなのかな」
「たぶん」
「じゃあ」
ミヤビが見上げる。
「ユウキくんは?」
逃げられない。
いや。
もう逃げる必要もなかった。
「好きだよ」
言った。
ミヤビが目を見開く。
「俺もミヤビが好き」
「……ほんと?」
「こういうとき嘘つく意味ないだろ」
「もう一回」
「好き」
「もう一回」
「好きだって」
「もう――」
「何回言わせるんだよ」
「だって」
ミヤビの瞳が少し潤んでいた。
「こんなの、初めてだから」
その意味を。
ユウキは勘違いした。
告白されるのが初めてなのだと。
本当は違う。
ミヤビが初めてだったのは。
誰かから『好き』と言われたことではない。
その一言が、こんなにも嬉しかったことだった。
*
「じゃあ」
ユウキはミヤビを見る。
「付き合う?」
「……うん」
「本当に?」
「うん」
そして。
「ただし、一個だけお願い」
「何?」
「金曜日は絶対に私と会って」
ユウキは笑った。
「なんだそれ」
「大事なの」
「毎週?」
「毎週」
「受験直前でも?」
「少しでいいから」
「分かった」
ミヤビが小指を差し出す。
「約束」
ユウキも小指を絡める。
「約束」
その瞬間。
ミヤビが腕を引いた。
唇が重なった。
付き合ってから最初のキス。
一度離れる。
見つめ合う。
もう一度。
今度はユウキから。
ミヤビの頬に手を添える。
唇を重ねる。
離れる。
ミヤビが追いかけるように、また触れる。
「……ミヤビ」
「もう一回」
「さっきから何回してると思ってるんだ」
「恋人になったからゼロから数え直すの」
「その理屈おかしいだろ」
「じゃあ二回目」
キス。
「三回目」
またキス。
「四回目」
「待て」
「嫌」
ミヤビは笑って。
今度はユウキの胸へ飛び込んだ。
ユウキも抱きしめる。
恋人になった。
たったそれだけなのに。
抱きしめる意味まで変わったような気がした。
「ユウキくん」
「ん?」
「好き」
初めて。
ミヤビの口から聞いた。
「俺も」
「……もう一回キスして」
「はいはい」
「適当」
「じゃあしない」
「する」
顔を上げたミヤビに。
ユウキはもう一度キスをした。
*
夜。
二人はなかなか帰らなかった。
駅前のベンチに座って。
肩を寄せて。
くだらない話をして。
人がいなくなるたびに、こっそり唇を重ねた。
「今日何回した?」
ユウキが聞く。
「数えてない」
「十回以上してない?」
「恋人なんだからいいでしょ」
「普通こんなする?」
「知らない」
ミヤビはユウキの肩にもたれる。
「でも、したい」
「……俺も」
「じゃあ問題なし」
また一度。
短いキス。
そのあとミヤビは、ユウキの胸元に頬を寄せた。
「帰りたくないな」
「もう九時だぞ」
「分かってる」
「家まで送るよ」
「そうじゃなくて」
ミヤビの声が小さくなる。
「今日が終わってほしくない」
ユウキは答えなかった。
代わりに。
その手を握った。
*
帰宅したミヤビは、部屋の明かりもつけずベッドへ倒れ込んだ。
「……彼氏」
呟く。
「ユウキくんが、彼氏」
嬉しい。
どうしようもなく嬉しい。
今日撮った写真を見る。
並んで笑っている二人。
普通の恋人に見える。
いや。
今日から本当に恋人だ。
そのはずなのに。
スマートフォンに通知が届いた。
『明日どうする?』
土曜日の相手。
胸が冷える。
予定表を開く。
月曜日。
火曜日。
水曜日。
木曜日。
土曜日。
日曜日。
六人の名前。
そして。
金曜日――ユウキ。
「……どうしよう」
今までと違う。
ユウキとは付き合ってしまった。
だったら。
他の六人との関係を終わらせなければいけない。
そんなことは分かっている。
分かっているのに。
指が動かない。
一人になる恐怖。
誰にも求められなくなる恐怖。
長い間、それを埋めるために続けてきた関係を。
たった一日で全部切る勇気がなかった。
スマートフォンが震える。
今度はユウキ。
『今日はありがとう』
『楽しかった』
そして。
『彼女になってくれてありがとう』
ミヤビの目から、一滴だけ涙が落ちた。
「……そんなこと言わないでよ」
嬉しいのに。
苦しい。
『私も』
打つ。
『彼氏になってくれてありがとう』
送信。
続けて。
『大好き』
今度は消さなかった。
すぐに返ってくる。
『俺も好き』
ミヤビはスマートフォンを胸に抱いた。
そして。
別の六人とのトーク画面を見つめる。
「終わらせなきゃ」
そう呟いた。
本気だった。
少なくとも、その瞬間だけは。
*
翌日。
土曜日。
ユウキは自室で受験勉強をしていた。
昨日から恋人になったミヤビのことを思い出しては、集中を切らしている。
一方。
街の反対側。
ミヤビは一人の男子と向かい合っていた。
「昨日、返信遅かったじゃん」
「ごめん」
「何してた?」
ミヤビの脳裏に浮かぶ。
ユウキ。
デート。
告白。
何度も交わしたキス。
『好き』と言ってくれた声。
「……友達といた」
嘘をついた。
また一つ。
嘘を重ねた。
男子がミヤビへ近づく。
その瞬間。
ミヤビは反射的に半歩下がった。
「どうした?」
「……なんでもない」
今までなら平気だった。
それなのに。
頭に浮かぶのはユウキだった。
(嫌だ)
初めてそう思った。
ユウキ以外に触れられたくない。
そう思ったのに。
「ミヤビ?」
呼ばれて。
「……ごめん」
それでも彼女は、その場から逃げることができなかった。
長く依存してきた関係を断ち切るには。
ミヤビはまだ弱すぎた。
*
その夜。
ユウキからメッセージが届いた。
『来週の金曜日、どこ行く?』
ミヤビはベッドの上で画面を見つめる。
そして返信する。
『どこでもいい』
少し考えて。
『二人きりになれるところがいいな』
『またカラオケ?』
『もっとゆっくりできるところ』
数秒。
『俺の家とか?』
ミヤビの指が止まった。
胸が大きく鳴る。
恋人になったばかり。
二人きりの部屋。
誰にも邪魔されない時間。
『……行きたい』
送信。
それから枕に顔を埋めた。
来週の金曜日。
初めて。
ミヤビはユウキの部屋へ行く。
そして二人は。
これまでよりずっと近い距離で、お互いの体温を知ることになる。
けれど。
ユウキはまだ知らない。
恋人になったその翌日にも。
ミヤビが自分ではない男と会っていたことを。
そしてミヤビ自身もまだ知らなかった。
**金曜日だけの彼女でいることが、いつか一番大切な人を失う原因になることを。**
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




