第1期 第4話 金曜日だけじゃ、足りなくなった
「来週もキスしよっか?♡」
そんなメッセージを送ってきた本人が。
月曜日になると、まるで何事もなかったような顔をしていた。
*
昼休み。
佐藤ユウキは購買から戻る途中、廊下の向こうに仁科ミヤビを見つけた。
友達と三人で歩いている。
目が合った。
金曜日。
誰もいない公園で三度もキスした相手だ。
否応なしに意識する。
ところがミヤビは微笑むこともなく、軽く会釈しただけで通り過ぎた。
「……なんなんだよ」
その直後。
ポケットのスマートフォンが震えた。
『今、キスしたかった?』
足が止まる。
振り返る。
遠ざかっていくミヤビもスマートフォンを持っていた。
『するわけないだろ。学校だぞ』
『じゃあ二人きりなら?』
『……』
『返事ないね♡』
完全に遊ばれている。
『金曜日まで待て』
送信。
数秒後。
『うん。待ってる』
続いて。
『楽しみ』
ユウキは画面を消した。
自分で金曜日まで待てと言ってしまったことに気づいたのは、その直後だった。
*
そして金曜日。
放課後。
「ユウキくん」
「遅い」
「また言った」
「今日は五分遅刻」
「待ってたんだ?」
「……帰るぞ」
「ごめんって」
ミヤビが笑いながら隣に座る。
机の上には教科書もノートもない。
ユウキはそれを見た。
「今日は数学は?」
「もう口実いらないでしょ?」
あっさり言われた。
「じゃあ何しに来たんだよ」
「会いに」
即答。
ユウキの言葉が止まった。
「……そういうの、さらっと言うなよ」
「どうして?」
「勘違いするだろ」
「何を?」
「俺のこと好きなのかな、とか」
冗談のつもりだった。
けれど。
ミヤビは笑わなかった。
「勘違いだったら困る?」
「え」
「私がユウキくんを好きだったら、困る?」
静かな教室。
遠くから運動部の掛け声が聞こえる。
「……分からない」
それがユウキの本音だった。
「でも」
「でも?」
「嫌じゃない」
ミヤビの頬が少し緩む。
「そっか」
机の下。
指先が触れた。
ミヤビの小指だった。
絡む。
たった一本だけ。
それなのに、キスしたときより妙に恥ずかしい。
「ユウキくん」
「ん?」
「今日も、する?」
何を。
とは聞かなかった。
*
二人は、人のいなくなった校舎の階段踊り場にいた。
窓から夕日が差し込んでいる。
「ここなら誰も来ないと思う」
「お前、妙に詳しいな」
「探したから」
「何を」
「二人きりになれるところ」
その言葉だけで心拍数が上がる。
ミヤビが一段上に立つ。
これで目線がほとんど同じ高さになった。
「ユウキくん」
「うん」
「今日はそっちからして」
「難易度上げるなよ」
「先週は私からしたもん」
「……分かった」
肩に手を置く。
ミヤビは逃げない。
目を閉じた。
ユウキは顔を近づける。
そして。
唇を重ねた。
一度。
離れる。
ミヤビが目を開く。
「短い」
「注文多いな」
「もう一回」
二度目。
今度は少し長く。
離れた瞬間。
「もう一回」
「また?」
「だめ?」
三度目。
四度目。
触れては離れる。
キスをするたび、最初に感じていた緊張が少しずつ消えていく。
代わりに。
もっと近くにいたいという気持ちが強くなる。
五度目のあと。
ミヤビはユウキの胸元に額を預けた。
「……なんか落ち着く」
「キスして?」
「ううん」
制服越しに、ミヤビの指がユウキの服をつまむ。
「こうしてるの」
ユウキは迷ってから、その背中に腕を回した。
抱きしめる。
ミヤビの身体が一瞬だけ強張った。
「嫌だった?」
「逆」
小さな声。
「もうちょっと強くして」
腕に力を込める。
ミヤビも背中へ腕を回してきた。
二人とも何も言わなかった。
ただ抱きしめ合った。
十秒。
二十秒。
もっと長かったかもしれない。
やがてミヤビが顔を上げる。
「ユウキくん」
「何?」
「もう一回」
「キス?」
「うん」
今度はミヤビから唇を重ねてきた。
*
帰り道。
二人は当然のように手を繋いでいた。
「なあ、ミヤビ」
「ん?」
「俺たち、付き合ってないんだよな」
「まだね」
「まだ?」
「そこ気になった?」
「気になるだろ」
「じゃあ付き合いたい?」
質問で返された。
ユウキは黙る。
ミヤビと会うのは楽しい。
金曜日が待ち遠しい。
メッセージが来ると嬉しい。
キスしたい。
抱きしめたい。
他の男子と話しているところを見ると、少し気になる。
それが恋なのか。
十八年間彼女がいなかったユウキには判断できない。
「……ミヤビは?」
聞き返した。
「ずるい」
「お互い様だろ」
「私は」
そこで言葉を止める。
「もう少しだけ、このままがいい」
「なんで?」
「……怖いから」
初めて聞く声だった。
いつもの余裕がない。
「何が?」
「秘密」
またそれだ。
けれど、ユウキは追及しなかった。
「分かった」
「聞かないの?」
「言いたくなったら言えばいいだろ」
ミヤビが立ち止まる。
繋いだ手が引かれて、ユウキも止まった。
「どうした?」
「……ユウキくん」
「うん」
「そういうところ、ずるいよ」
「何が」
答えの代わりに。
ミヤビは背伸びをした。
唇が触れる。
不意打ちだった。
離れて。
もう一度。
短いキス。
「これで許して」
「何を?」
「秘密にしてること」
「キスで誤魔化すな」
「じゃあ、もう一回?」
「……それは別に拒否しない」
「欲張り」
三度目は。
どちらからともなく、同時だった。
*
その夜。
ミヤビはベッドの上で膝を抱えていた。
スマートフォンには、一週間の予定表。
月曜日。
名前。
火曜日。
名前。
水曜日。
名前。
木曜日。
名前。
金曜日――ユウキ。
土曜日。
名前。
日曜日。
名前。
ずっと続けてきた生活。
一人になりたくない。
誰かに必要とされていたい。
誰かと触れ合っていれば、空っぽなところが埋まる気がした。
だから曜日ごとに相手を変えた。
それがおかしいことくらい、ミヤビにも分かっている。
けれど。
やめられなかった。
今夜もメッセージが届く。
土曜日に会っている相手からだった。
『明日、いつも通り?』
いつもなら即答する。
けれど。
ミヤビは自分の唇に触れた。
今日。
ユウキと何度もキスした。
抱きしめられた。
それだけなのに。
今まで誰かと過ごした夜より、胸の奥が満たされている。
『ごめん』
文字を打つ。
止まる。
消す。
『明日は少し遅くてもいい?』
結局、それだけ送った。
まだ切れない。
怖い。
一人になることが。
「……最低」
自分自身に呟いた。
もしユウキが知ったら。
どういう顔をするのだろう。
きっと嫌われる。
だったら、今のうちに離れればいい。
それなのに。
スマートフォンが震えた。
『来週も会おう』
ユウキだった。
たった六文字。
ミヤビの表情が崩れる。
「……会いたい」
誰もいない部屋で呟いた。
そして返信する。
『うん』
『絶対ね』
少し迷って。
もう一通。
『大好き』
送信ボタンの直前で指が止まる。
まだ。
それを言う資格はない気がした。
全部消して。
代わりに送る。
『おやすみ、ユウキくん♡』
*
翌週。
金曜日。
「今日はどこ行く?」
教室に来るなり、ミヤビが尋ねた。
「勉強は完全に消えたな」
「最初から目的じゃないし」
「開き直った」
「ねえ」
ミヤビが机に両手をついて顔を近づける。
「今日は学校の外に行こうよ」
「どこ?」
「ユウキくんの行きたいところ」
「急に言われても」
「二人きりになれるところがいい」
意味深な言い方だった。
「……公園?」
「もっと二人きり」
「カラオケ?」
「それでもいい」
ミヤビは微笑む。
「ゆっくりできるところなら」
その言葉に、ユウキの胸が騒いだ。
*
結局、二人は駅前のカラオケに入った。
歌うためではない。
飲み物だけ頼んで、ソファに並んで座る。
「……近くない?」
「二人きりだからいいでしょ」
肩が触れている。
ミヤビがユウキの肩にもたれた。
「ユウキくん」
「ん?」
「キスして」
「入って三分だぞ」
「時間関係ある?」
「ないけど」
顔を上げたミヤビと目が合う。
キス。
一度。
「もう一回」
二度。
「もう一回」
「今日多くない?」
「嫌?」
「嫌じゃない」
三度。
四度。
何度目か分からなくなったころ。
ミヤビはユウキの胸元に頬を寄せた。
ユウキも彼女の肩を抱く。
「ねえ」
「うん」
「このまま時間止まらないかな」
「受験できなくなるぞ」
「雰囲気壊さないでよ」
「ごめん」
ミヤビが笑う。
そしてまた、唇が重なった。
今度は長かった。
離れたあとも。
二人の距離はほとんど変わらない。
額を寄せ合う。
「ユウキくん」
「なに?」
「私のこと、好きになった?」
心臓が跳ねた。
答えを探す。
けれど。
もう本当は分かっていた。
「……たぶん」
「たぶん?」
「かなり」
ミヤビが笑う。
嬉しそうなのに。
なぜか泣きそうにも見えた。
「そっか」
「ミヤビは?」
長い沈黙。
そして。
「私は――」
彼女はユウキの胸に顔を埋める。
答えなかった。
代わりに。
ぎゅっと抱きしめてきた。
*
その夜。
ユウキはまだ知らない。
自分がミヤビに惹かれるほど。
ミヤビの中では、別の恐怖が大きくなっていることを。
秘密がばれたら終わる。
けれど秘密を抱えたまま近づけば、もっと傷つける。
それでも。
金曜日が来るたび。
ミヤビはユウキに会いたくなる。
キスしたくなる。
抱きしめられたくなる。
そして――。
金曜日だけでは足りないと思い始めていた。
次の金曜日。
二人はついに。
「友達以上」という曖昧な言葉を捨てることになる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




