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金曜日に別れた君と、もう一度恋をする。  作者: こよみん


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26/28

第2期 第13話 さよならの代わりに

挿絵(By みてみん)


十二月。


桜井アヤネの留学が、正式に決まった。


出発は三月二十六日。


カナダへ。


二年間。


そして。


佐藤ユウキと桜井アヤネは。


もう恋人ではない。


*


「……寒い」


大学の中庭。


アヤネが白い息を吐く。


「十二月だからな」


「ユウキ、手」


「何?」


「寒い」


「ポケット入れれば」


「そうじゃなくて」


アヤネが。


じっと見る。


ユウキも意味は分かっていた。


「……もう恋人じゃないだろ」


「分かってる」


「じゃあ」


「今日だけ」


「昨日も言ってた」


「昨日は昨日。今日は今日」


「毎日使えるじゃん」


「気づいた?」


アヤネが笑う。


ユウキも。


つられて笑った。


でも。


手は繋がなかった。


*


別れてから一か月。


二人は。


不思議な関係になっていた。


大学では話す。


四人で食事もする。


二人で帰る日もある。


でも。


キスはしない。


抱きしめない。


手も繋がない。


恋人だった頃なら。


当たり前だったこと。


一つ一つに。


見えない線が引かれている。


*


昼休み。


「本当に別れたの?」


アグリが。


何度目か分からない質問をする。


「別れた」


ユウキが答える。


「でも一緒にいる」


「友達だから」


「アヤネ?」


「何?」


「ユウキ好き?」


「好き」


即答。


「ユウキ?」


「……好き」


「何なのこの二人!」


アグリが机に突っ伏す。


イノリは。


静かにお茶を飲んでいた。


*


「だったら付き合ってればいいじゃん」


「それはしない」


アヤネが言う。


「なんで?」


「決めたから」


「二年間?」


「自由にする」


「好きなのに?」


「うん」


「意味分かんない」


「私も分かんない」


アヤネが。


笑う。


でも。


その笑顔は。


少しだけ苦しそうだった。


*


イノリが。


初めて口を開く。


「桜井さん」


「ん?」


「後悔していますか?」


アヤネは。


しばらく考えた。


「別れたこと?」


「はい」


「……してる」


ユウキの胸が。


少し痛む。


「毎日してる」


「アヤネ」


「でも」


アヤネは。


ユウキを見る。


「留学を諦めなくてよかったとも思ってる」


「……うん」


「だから」


笑う。


「これでいいんだと思う」


誰も。


それ以上。


何も言えなかった。


*


一月。


試験期間。


図書館。


「分かんない」


アヤネが言う。


「どこ?」


「全部」


「一年間何してたんだ」


「恋愛」


「勉強しろ」


「したよ」


「数学六十四点」


「昔の話は禁止」


「半年くらい前だろ」


「過去は振り返らない主義です」


「留学先で単位落とすぞ」


「それは困る」


「じゃあ解け」


いつもの。


二人。


机の上。


参考書。


ノート。


シャープペンシル。


*


「ねえ」


アヤネが。


突然。


笑った。


「何?」


「私たちって」


「うん」


「数学から始まったね」


ユウキの手が止まる。


「そうだな」


「大学で最初に勉強教えてもらった日」


「アヤネ全然聞いてなかったけど」


「ユウキ見てた」


「それが駄目なんだよ」


「でも彼女になれた」


「もう元彼女」


「……そうだった」


一瞬。


空気が止まる。


*


「ごめん」


ユウキが言う。


「なんでユウキが謝るの」


「言わなくてよかった」


「いいよ」


アヤネは。


問題集へ視線を戻す。


「慣れないと」


「何に?」


「元カノって呼ばれること」


その声は。


小さかった。


*


二月。


出発まで。


あと一か月。


アヤネは。


少しずつ忙しくなった。


手続き。


荷造り。


語学研修。


大学との打ち合わせ。


会える時間も。


減った。


*


午後十一時。


ユウキのスマートフォン。


『起きてる?』


アヤネ。


『起きてる』


『電話していい?』


『いいよ』


すぐ。


着信。


*


『もしもし』


「うん」


『……何してた?』


「数学」


『また数学』


「大学生だからな」


『私は荷造り』


「終わった?」


『全然』


「三月まである」


『あと一か月しかない』


沈黙。


あと一か月。


その言葉が。


二人を黙らせる。


*


『ユウキ』


「何?」


『寂しい?』


「寂しい」


『即答』


「嘘つく意味ないだろ」


『……そっか』


「アヤネは?」


『めちゃくちゃ寂しい』


「そっか」


『ねえ』


「うん」


『会いたい』


ユウキは。


目を閉じた。


「俺も」


*


翌日。


二人は。


以前よく行った公園で会った。


冬の夕方。


ベンチ。


アヤネ。


ユウキ。


「久しぶり」


「四日ぶり」


「長い」


「恋人の頃は毎日言ってたな」


「……うん」


また。


余計なことを言った。


「ごめん」


「謝らないで」


アヤネは。


前を向いたまま。


「思い出まで禁止したら」


「うん」


「私たち、何も残らないじゃん」


*


「ねえ」


アヤネが言う。


「一個だけ聞いていい?」


「何?」


「今」


少しだけ。


怖そうな顔。


「好きな人いる?」


「……いる」


アヤネの顔が。


固まった。


「誰?」


ユウキは。


横を見る。


「アヤネ」


数秒。


アヤネは。


何も言わなかった。


そして。


「……馬鹿」


涙を拭った。


*


「期待するじゃん」


「ごめん」


「謝らないでって」


「でも」


「私も」


アヤネが。


ユウキを見る。


「好きな人いる」


「……誰?」


「佐藤ユウキ」


二人とも。


笑った。


泣きそうなのに。


笑った。


*


「ね」


アヤネが。


手を差し出す。


「今日だけ」


「……」


「お願い」


ユウキは。


その手を見る。


そして。


握った。


冷たい。


懐かしい。


「温かい」


「冷たいだろ」


「ユウキの手は温かい」


「アヤネが冷たいんだよ」


「じゃあ温めて」


「今日だけな」


「うん」


嘘だった。


二人とも。


今日だけでは。


終われないことを知っていた。


*


三月。


卒業式のない春。


大学一年目が。


終わろうとしていた。


*


三月二十五日。


出発前夜。


アヤネから。


メッセージ。


『最後に会いたい』


ユウキは。


『どこ?』


と返した。


返事。


『ユウキの家』


*


午後七時。


インターホン。


扉を開ける。


アヤネ。


「……お邪魔します」


「うん」


久しぶり。


恋人だった頃。


何度も。


この玄関で。


『ただいま』


と言った。


今日は。


言わなかった。


*


夕食。


二人で。


パスタを作った。


「玉ねぎ」


「泣く」


「切る前から?」


「明日思い出した」


「……そっちか」


「うん」


結局。


二人とも。


少し泣いた。


*


食後。


ソファ。


昔見た。


ホラー映画を流す。


「これ覚えてる?」


「アヤネが怖がって抱きついてきたやつ」


「怖がってない」


「今さら否定?」


「演出が卑怯だった」


「まだ言う?」


二人で笑う。


でも。


途中から。


映画なんて。


誰も見ていなかった。


*


「ユウキ」


「うん」


「明日」


「うん」


「空港来る?」


「行く」


「絶対?」


「行くよ」


「……よかった」


沈黙。


そして。


アヤネが。


ユウキの肩へ。


頭を預けた。


「アヤネ」


「今日だけ」


「それ便利すぎる」


「最後だから」


その言葉。


痛かった。


*


「ねえ」


「うん」


「抱きしめていい?」


ユウキは。


少し迷って。


「……いいよ」


アヤネが。


腕を回す。


ユウキも。


抱きしめ返す。


久しぶりの。


体温。


香り。


距離。


*


「ユウキ」


「うん」


「私」


胸元から。


声がする。


「留学、楽しみなの」


「いいことだろ」


「怖いけど」


「うん」


「勉強したい」


「うん」


「友達も作りたい」


「作れ」


「いろんなところ行きたい」


「行ってこい」


「……だから」


アヤネは。


顔を上げる。


「行ってくるね」


ユウキは。


笑った。


「行ってらっしゃい」


まだ。


一日早い。


でも。


言いたかった。


*


アヤネの目から。


涙。


「泣くなよ」


「無理」


「明日も泣く?」


「絶対」


「じゃあ今日は我慢」


「無理」


「即答」


「だって」


アヤネが。


ユウキの服を握る。


「好きなんだもん」


「……うん」


「まだ大好きなんだもん」


「俺も」


その言葉のあと。


二人とも。


動けなくなった。


*


アヤネが。


ユウキを見る。


「最後に」


「……」


「キスしたい」


ユウキは。


目を閉じた。


一度だけ。


そう思った。


でも。


アヤネの目を見る。


「一回だけ」


「うん」


約束。


*


唇が。


触れる。


短く。


柔らかく。


恋人だった頃と。


同じ。


でも。


意味だけが違う。


離れる。


アヤネが。


目を閉じたまま。


「……もう一回」


「一回って言った」


「ごめん」


「……」


「でも」


目を開く。


「無理だった」


ユウキは。


困ったように笑った。


「俺も」


二度目。


*


それから。


何度か。


唇を重ねた。


長い別れの前に。


言葉だけでは足りない気持ちを。


確かめるように。


それ以上は。


進まなかった。


ただ。


抱きしめて。


離れて。


また。


抱きしめた。


*


午前零時。


「帰る」


アヤネが言った。


「泊まらないの?」


思わず。


聞いてしまった。


アヤネは。


少し驚く。


そして。


寂しそうに笑った。


「泊まったら」


「うん」


「明日の朝」


「……」


「離れられなくなるから」


ユウキは。


何も言えなかった。


*


玄関。


靴を履く。


「じゃあ」


「明日」


「うん」


「空港で」


「うん」


扉。


開く。


「ユウキ」


「何?」


「今日は」


笑う。


「おやすみのキス、ないの?」


「さっき何回したんだよ」


「別枠」


「懐かしいな、その理屈」


「最後だから」


ユウキは。


額に。


軽くキスした。


「おやすみ」


アヤネが。


泣きそうに笑った。


「おやすみ」


*


翌日。


空港。


アグリ。


イノリ。


ユウキ。


三人。


「まだ?」


アグリが。


落ち着かない。


「搭乗二時間前だろ」


「分かってるけど」


イノリは。


静かに。


出発案内を見ていた。


*


「みんな!」


声。


振り返る。


大きなスーツケース。


アヤネ。


家族と一緒。


「アヤネ!」


アグリが。


真っ先に抱きついた。


「行かないで!」


「昨日応援するって言ったじゃん!」


「今は別!」


「何それ!」


二人。


泣きながら笑う。


*


イノリ。


「桜井さん」


「イノリ」


「頑張ってください」


「うん」


「連絡してください」


「もちろん」


「……元気で」


「イノリも」


二人。


抱きしめ合う。


*


そして。


最後。


ユウキ。


「……よ」


「何それ」


「何言えばいいか分かんない」


「私も」


二人。


笑う。


周りに。


人がいる。


家族も。


友達も。


だから。


少しだけ。


距離がある。


*


「二年間」


アヤネが言う。


「うん」


「長いね」


「長い」


「でも」


「うん」


「行ってくる」


「行ってらっしゃい」


アヤネの目に。


涙。


でも。


今日は。


笑った。


*


「ユウキ」


「何?」


「一個」


「うん」


「約束してほしい」


「どんな?」


アヤネは。


一度。


アグリと。


イノリを見る。


そして。


ユウキへ視線を戻す。


*


「私を待たないで」


*


ユウキの表情が。


止まる。


「……え?」


「待たないで」


「昨日までと話違うだろ」


「昨日考えた」


「アヤネ」


「二年間」


声が震える。


「ユウキも自由でいて」


「……」


「好きな人ができたら」


「……」


「付き合って」


ユウキは。


何も言えない。


*


「それが」


アヤネは。


泣きながら笑う。


「アグリでも」


アグリが。


目を見開く。


「イノリでも」


今度は。


イノリが。


息を止める。


「誰でも」


アヤネは続ける。


「私に遠慮しないで」


*


「なんで」


ユウキが聞く。


「そんな約束」


「だって」


アヤネは。


胸元を押さえる。


「私だけ夢を追いかけて」


「……」


「ユウキだけ二年間止まってるなんて」


首を横に振る。


「嫌だから」


*


「でも」


「お願い」


「俺はまだ」


「知ってる」


「アヤネが好きだ」


「知ってるよ」


涙が。


落ちる。


「私も大好き」


それでも。


言う。


「だから」


アヤネは。


手を差し出す。


「約束して」


*


長い。


沈黙。


ユウキは。


その手を見る。


そして。


握った。


「……分かった」


「ほんと?」


「でも」


「何?」


「アヤネも」


「うん」


「俺を待つな」


アヤネの顔が。


歪む。


「向こうで」


「……うん」


「好きな人ができたら」


言いたくない。


それでも。


言う。


「幸せになれ」


*


「……馬鹿」


「お互い様」


「そんな約束」


「最初に言ったのアヤネ」


「取り消したい」


「早いな」


二人。


泣きながら。


笑った。


*


搭乗案内。


時間。


「行かなきゃ」


「うん」


「ユウキ」


「何?」


アヤネが。


一歩。


近づく。


そして。


周囲なんて。


気にせず。


抱きついた。


*


「ありがとう」


「何が」


「全部」


「……」


「彼女にしてくれて」


「うん」


「いっぱい好きって言ってくれて」


「うん」


「いっぱいキスしてくれて」


「……うん」


「大切にしてくれて」


ユウキも。


腕を回した。


「俺も」


「何?」


「ありがとう」


*


アヤネが。


離れる。


顔を見る。


「最後」


「昨日も言ってた」


「今日が本当の最後」


「……うん」


アヤネが。


目を閉じる。


ユウキは。


頬へ触れる。


そして。


最後のキス。


*


短かった。


でも。


離れたあとも。


二人とも。


しばらく。


目を開けなかった。


*


「……行ってきます」


「行ってらっしゃい」


アヤネが。


背を向ける。


歩く。


一歩。


二歩。


三歩。


振り返る。


「ユウキ!」


「何!」


「大好き!」


周囲。


何人かが見る。


ユウキは。


もう気にしなかった。


「俺も大好きだ!」


アヤネが。


泣きながら。


笑った。


*


そして。


今度こそ。


歩いていく。


振り返らない。


ユウキも。


追わなかった。


その背中が。


見えなくなるまで。


ただ。


見送った。


*


「……行っちゃった」


アグリが。


泣いている。


「はい」


イノリも。


目元を拭う。


ユウキは。


何も言わなかった。


*


スマートフォン。


一件。


アヤネから。


『飛行機乗ったら見る用』


その下。


長い文章。


でも。


最後だけ。


先に見えた。


『二年後、また笑って会おうね』


*


ユウキは。


返信する。


『うん』


少し考えて。


もう一つ。


『行ってらっしゃい、アヤネ』


*


飛行機が。


空へ上がる。


一つの恋が。


終わった。


嫌いになったからではない。


裏切ったからでもない。


好きなまま。


二人は。


別々の未来を選んだ。


*


空港からの帰り。


電車。


アグリは途中で降りた。


残ったのは。


ユウキと。


イノリ。


*


「佐藤くん」


「ん?」


「大丈夫ですか?」


「……全然」


ユウキは。


笑った。


「全然、大丈夫じゃない」


「そうですか」


「でも」


窓の外を見る。


「これでいい」


「……はい」


沈黙。


*


しばらくして。


電車が揺れた。


ユウキの身体が。


少し傾く。


イノリが。


反射的に。


ユウキの袖を掴んだ。


「あ」


すぐ離す。


「すみません」


「いや」


また。


沈黙。


*


イノリは。


窓へ視線を向けた。


その頬は。


ほんの少しだけ。


赤かった。


アヤネが残した。


『私を待たないで』


という約束。


それは。


ユウキを自由にするための言葉だった。


そして同時に。


ずっと気持ちを隠していた。


南イノリにとって。


決して望んではいけないと思っていた扉が。


ほんの少しだけ。


開いた瞬間でもあった。


けれど。


今はまだ。


誰も。


その扉を開けない。


ユウキの隣に。


アヤネの思い出が残っている限りは。


――そして、春。


大学二年生。


新しい一年が始まる。


次にユウキの心を動かすのは。


いつも静かに。


誰より近くで彼を見ていた少女。


南イノリ。


第2期 第13話 了

――第2期『さよならの代わりに、君の未来を選んだ』完――

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。


また、


「このシーンが好き!」

「このキャラを応援したい!」

「ここからどうなるの!?」

「自分ならこうする!」


など、短い一言でも大歓迎です。


皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。


特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。


ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。


物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。


誰を好きになるか。


誰を応援するか。


ぜひ皆様自身の目で見届けてください。


そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。


それでは、次のお話で。


次回もよろしくお願いします!

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