第2期 第11話 君の未来に、僕はいない
九月。
後期が始まって二週間。
佐藤ユウキは、ようやく気づいた。
最近。
桜井アヤネがおかしい。
「アヤネ」
「ん?」
「今日、家来る?」
以前なら。
『行く!』
即答だった。
けれど。
「……ごめん。今日は用事ある」
「そっか」
「また今度ね」
笑顔。
いつもの笑顔。
なのに。
何かを隠している。
そんな気がした。
*
翌週。
放課後。
「今日、一緒に帰る?」
「ごめん」
また。
「用事?」
「うん」
「最近忙しいな」
「ちょっとね」
アヤネは笑う。
そして。
いつものように。
ユウキの袖を掴んだ。
「怒った?」
「怒ってない」
「ほんと?」
「用事あるなら仕方ないだろ」
「……うん」
一瞬。
アヤネが。
何かを言いたそうにした。
でも。
「じゃあね」
言わなかった。
*
その夜。
メッセージ。
『おやすみ』
以前なら。
ハート。
『好き』
『明日会おうね』
そんな言葉が。
いくつも続いた。
最近は。
短い。
ユウキは。
『おやすみ』
と返す。
少し迷って。
『好きだよ』
送った。
既読。
一分。
二分。
五分。
『私も好き』
返ってきた。
嬉しい。
はずなのに。
なぜか。
胸騒ぎがした。
*
数日後。
昼休み。
「アヤネ最近変じゃない?」
アグリが言った。
「やっぱり?」
「ユウキも思ってた?」
「うん」
イノリが。
静かに箸を置く。
「桜井さん、最近よく国際交流センターにいますよ」
「国際交流?」
ユウキが聞く。
「はい」
「なんで?」
「そこまでは」
イノリは。
少し迷ったあと。
「留学関係かもしれません」
ユウキの手が。
止まった。
*
留学。
その言葉を。
アヤネから。
一度も聞いたことがない。
*
その日の放課後。
「アヤネ」
「ん?」
「話ある」
アヤネの表情が。
ほんの一瞬。
固まった。
「……何?」
「留学するの?」
沈黙。
それだけで。
答えが分かった。
*
「誰から聞いたの?」
「イノリ」
「そっか」
「するの?」
アヤネは。
視線を落とした。
「……まだ決まってない」
「どこ?」
「カナダ」
「いつ?」
「来年」
「期間は?」
「……一年」
一年。
ユウキは。
何も言えなくなった。
*
「いつから考えてた?」
「高校の頃から」
「じゃあ」
胸が痛む。
「俺と付き合う前から?」
「うん」
「なんで言わなかった?」
また。
この質問。
以前。
レンのときにも。
同じことを聞いた。
アヤネの顔が。
苦しそうに歪む。
「言えなかった」
「どうして」
「だって」
声が震える。
「ユウキと付き合えると思ってなかったから」
「付き合ったあと言えたよな」
「……うん」
「何か月あった?」
「分かってる」
「じゃあなんで」
「怖かったから!」
*
アヤネの声が。
誰もいない講義室へ響く。
「言ったら」
涙が浮かぶ。
「終わりができるじゃん」
「……」
「一年後」
「うん」
「私がいなくなるって」
「……」
「考えたくなかった」
ユウキは。
拳を握る。
「でも」
「うん」
「黙ってても、なくならないだろ」
「分かってるよ!」
アヤネの涙が。
落ちた。
*
「私だって分かってる」
「……」
「馬鹿だって」
「アヤネ」
「ユウキと付き合って」
涙を拭う。
「好きになって」
「うん」
「もっと好きになって」
声が。
小さくなる。
「留学なんて、どうでもよくなってきた」
ユウキは。
息を止めた。
「……やめるつもり?」
「分からない」
「アヤネ」
「だって!」
アヤネが。
ユウキを見る。
「一年も離れるんだよ?」
「……」
「毎日会えない」
「うん」
「キスもできない」
「うん」
「抱きしめてもらえない」
「……うん」
「そんなの」
唇を噛む。
「嫌だよ」
*
ユウキは。
アヤネの前へ行く。
「俺も嫌」
「……え?」
「一年会えないとか」
「うん」
「普通に嫌だよ」
「じゃあ」
「でも」
ユウキは。
言った。
「俺のためにやめるな」
アヤネの瞳が。
大きくなる。
*
「なんで……?」
「高校から考えてたんだろ」
「うん」
「行きたいから調べてたんだろ」
「……うん」
「だったら行けよ」
「簡単に言わないで」
「簡単じゃない」
ユウキも。
怖い。
一年。
離れる。
その間に。
何が起きるか。
分からない。
かつて。
一週間のうち。
金曜日しか知らなかった恋人に。
裏切られた。
今度は。
一年。
海の向こう。
怖くないわけがない。
*
「俺」
ユウキは言う。
「たぶん、めちゃくちゃ不安になる」
「……」
「向こうで男友達できたら嫉妬する」
「うん」
「連絡返ってこなかったら心配する」
「うん」
「会いたくなる」
「……うん」
「それでも」
アヤネを見る。
「夢を諦めたアヤネと付き合う方が嫌だ」
*
アヤネは。
泣いた。
「……ずるい」
「何が」
「そんなこと言われたら」
ユウキの胸へ。
飛び込んでくる。
「もっと好きになる」
「それ前も言ってた」
「何回でもなるの!」
背中へ。
腕を回す。
「ユウキ」
「うん」
「怖い」
「俺も」
「離れたくない」
「俺も」
「……キスしたい」
「それも俺も」
アヤネが。
泣きながら笑った。
*
顔を上げる。
ユウキが。
涙を指で拭う。
そして。
一度。
唇を重ねた。
離れる。
「もう一回」
二度目。
「まだ」
三度目。
「アヤネ」
「何?」
「今日何回する気?」
「一年分」
「無理だろ」
「じゃあ今日できるだけ」
四度目。
五度目。
途中で。
アヤネが笑って。
ユウキも笑った。
*
その夜。
アヤネは。
ユウキの部屋へ泊まった。
電気を消して。
同じベッド。
アヤネは。
ユウキの胸へ。
ぴったりと寄り添っていた。
「ユウキ」
「ん?」
「寝た?」
「まだ」
「私も」
「知ってる」
「ねえ」
「何?」
「一年って長い?」
「長い」
「即答しないでよ」
「嘘つけない」
「じゃあ」
アヤネが。
胸元を掴む。
「待っててくれる?」
ユウキは。
すぐ答えた。
「待つよ」
*
「ほんと?」
「うん」
「一年」
「うん」
「他の女の子に告白されても?」
「断る」
「アグリでも?」
「断る」
「イノリでも?」
「断る」
「すごい美人でも?」
「しつこい」
「大事なの」
「断るよ」
「……そっか」
アヤネが。
安心したように。
身体を寄せる。
「私も」
「うん」
「向こうで誰に告白されても断る」
「分かった」
「毎日連絡する」
「時差あるぞ」
「じゃあ毎日できるだけ」
「うん」
「写真送る」
「うん」
「ビデオ通話する」
「うん」
「浮気しない」
その言葉。
ユウキの胸が。
少しだけ痛んだ。
*
アヤネは。
すぐ気づいた。
「……ごめん」
「いや」
「でも」
暗闇の中。
手を探す。
指を絡める。
「ちゃんと言いたかった」
「うん」
「私はしない」
「……信じる」
「ありがとう」
「アヤネ」
「何?」
「俺も」
手を握る。
「アヤネを裏切らない」
「……うん」
小さな声。
泣いているのが。
分かった。
*
しばらくして。
アヤネが。
顔を上げる。
「ユウキ」
「ん?」
「顔見えない」
「暗いから」
「近づけば見える」
「もう近いだろ」
「もっと」
「落ちるぞ」
「落ちたら助けて」
「仕方ないな」
距離を縮める。
額が触れる。
鼻先が触れそうな距離。
「見えた?」
「ちょっと」
「満足?」
「まだ」
「何が足りない?」
答えは。
キスだった。
*
一度。
二度。
静かな夜。
三度目。
唇を離しても。
アヤネは離れなかった。
「……ユウキ」
「うん」
「今日」
少し間。
「もっと抱きしめて」
ユウキは。
腕に力を込める。
アヤネも。
ユウキの背中へ腕を回す。
言葉より。
近く。
二人は。
互いの温もりを確かめた。
*
その夜は。
なかなか眠れなかった。
留学。
一年。
未来。
不安。
それでも。
二人で。
何度も話した。
向こうで何を勉強したいのか。
帰国したら何をしたいのか。
ユウキはどんな仕事をしたいのか。
二人は。
初めて。
「今」より先の話をした。
*
午前三時。
アヤネが。
眠そうな声で言った。
「ユウキ」
「ん?」
「私たち」
「うん」
「一年後も恋人かな」
「それは」
ユウキは。
少し考えて。
「今決めることじゃない」
アヤネの身体が。
少し強張った。
「……そっか」
「違う」
ユウキは続ける。
「一年後も恋人でいられるように」
アヤネの髪を撫でる。
「毎日ちゃんと好きでいる」
沈黙。
そして。
胸元から。
「……百点」
「何が」
「今の答え」
「数学?」
「恋愛」
「初めて満点取った」
「おめでとう」
「ありがとう」
二人で。
小さく笑った。
*
翌朝。
「おはよう」
「……おはよ」
アヤネは。
ユウキの胸元で目を覚ました。
「寝不足」
「三時まで話すから」
「ユウキも話してた」
「アヤネが質問するから」
「楽しかった?」
「楽しかった」
「じゃあいいじゃん」
アヤネが。
眠そうに。
目を閉じる。
「二度寝する」
「大学は?」
「今日午後」
「俺一限」
「……休んで」
「駄目」
「彼女より授業?」
「授業は出ろ」
「真面目」
「それで学年二十位以内だったから」
「高校の話?」
「そう」
アヤネが。
少し笑う。
「そういうユウキ好き」
「知ってる」
「調子乗った」
「アヤネの真似」
「じゃあ罰」
「何?」
おはようのキス。
一度。
「これ罰?」
「私へのご褒美」
「いつものやつ」
二度目。
今度は。
ユウキから。
*
十月。
アヤネは。
正式に留学へ応募した。
ユウキも。
応援すると決めた。
しかし。
十一月。
届いた通知には。
予想していなかった条件が書かれていた。
留学期間。
一年ではない。
成績優秀者向けの特別プログラム。
二年間。
そして。
帰国予定は。
大学四年の春。
就職活動。
卒業。
二人の未来は。
想像していたより。
ずっと大きく。
離れ始める。
*
「……二年」
アヤネは。
通知を握りしめていた。
ユウキは。
何も言えなかった。
一年なら。
待てると思った。
でも。
二年。
大学生活のほとんどを。
別々の国で過ごす。
そしてアヤネが。
震える声で言った。
「ユウキ」
「うん」
「私……」
涙が落ちる。
「行きたい」
その言葉を聞いた瞬間。
ユウキは。
笑った。
苦しいほど。
寂しいのに。
それでも。
「うん」
彼女の夢を。
否定したくなかった。
「行ってこい」
アヤネが。
泣きながら。
ユウキへ抱きついた。
二人はまだ。
知らない。
この選択が。
好きなまま別れるという。
一番苦しい答えへ。
二人を連れていくことを。
第2期 第11話 了
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




