第2期 第10話 大西アグリは、ちゃんと失恋したい
日曜日。
午後一時。
駅前。
佐藤ユウキは、一人で待っていた。
今日ここへ来ることは。
アヤネにも伝えてある。
『アグリから二人で会いたいって言われた』
そう送ると。
しばらくして。
『分かった。行ってきて』
それだけ返ってきた。
そのあと。
もう一件。
『ちゃんと帰ってきてね、彼氏さん』
ユウキは。
『当たり前』
と返した。
*
「お待たせ!」
声。
振り返る。
大西アグリ。
白いブラウス。
薄い水色のスカート。
いつもの明るい笑顔。
でも。
「……何?」
「いや」
「今日可愛い?」
「自分で聞く?」
「聞かないと言ってくれなさそうだから」
ユウキは少し考えて。
「似合ってる」
アグリの目が丸くなる。
「……そういうの」
「何?」
「彼女できてから上手くなったよね」
「アヤネに鍛えられた」
「そっか」
笑う。
でも。
その笑顔が。
ほんの少しだけ。
寂しそうだった。
*
「今日はどこ行く?」
ユウキが聞く。
「デート」
「……アグリ」
「分かってるって」
アグリは笑った。
「今日だけそう呼ばせて」
「……」
「お願い」
ユウキは。
何も言えなかった。
「まず映画!」
「決めてるの?」
「全部決めてる」
「計画的だな」
「今日くらい」
アグリが。
少しだけ前を歩く。
「私のわがまま聞いてよ」
その背中を。
ユウキは黙って追った。
*
映画。
コメディだった。
恋愛ものではない。
上映中。
アグリはよく笑った。
ユウキも笑った。
手は。
繋がなかった。
肩も。
寄せなかった。
二人の間には。
一席分にも満たない。
でも。
決して越えてはいけない距離があった。
*
映画館を出る。
「面白かった!」
「最後ひどかったな」
「主人公絶対クビだよね」
「会社爆破しかけたからな」
「でも好き」
「何が?」
「こういう映画」
アグリは。
楽しそうだった。
だから。
ユウキも。
今日は普通に過ごそうと思った。
*
昼食。
買い物。
ゲームセンター。
「あ」
アグリが。
クレーンゲームの前で止まる。
猫のぬいぐるみ。
以前。
ユウキが取ったものと。
同じシリーズ。
「やる?」
「うん」
「今日は自分で取れよ」
「無理」
「最初から諦めるな」
「数学的に取って」
「またそれ?」
五百円。
失敗。
七百円。
失敗。
「ユウキ下手になった?」
「うるさい」
九百円。
落ちる。
「取れた!」
「やった!」
二人で。
普通に喜んだ。
*
「はい」
ユウキが渡す。
でも。
アグリは受け取らない。
「いらない」
「欲しかったんじゃないの?」
「ユウキが持ってて」
「俺が?」
「前の猫」
アグリが笑う。
「私が持ってるから」
「ああ」
以前取った猫。
名前を『ユッキー』にすると言っていた。
「だから」
今日取った猫を。
アグリが指差す。
「それ、アグリ」
「自分で自分の名前つける?」
「たまには思い出して」
冗談っぽい。
でも。
冗談ではなかった。
「……分かった」
ユウキは。
ぬいぐるみを受け取った。
*
夕方。
アグリが連れてきたのは。
川沿いだった。
「ここ」
「前にも来たことある」
「アヤネと?」
「……うん」
「聞かなきゃよかった」
「ごめん」
「謝らないでよ」
ベンチ。
並んで座る。
夕日。
川。
風。
そして。
長い沈黙。
*
「ユウキ」
「うん」
「私ね」
アグリが。
前を向いたまま言う。
「今日、告白する」
「……」
「知ってた?」
「なんとなく」
「そっかぁ」
アグリが笑う。
「鈍感卒業したんだ」
「アヤネに散々言われたから」
「またアヤネ」
「ごめん」
「だから謝らないでって」
少し。
沈黙。
「好きなんだね」
「……うん」
「アヤネのこと」
「好きだよ」
「そっか」
アグリは。
空を見上げた。
*
「じゃあ」
立ち上がる。
ユウキの前。
大西アグリ。
いつも笑っている女の子。
いつも冗談を言う女の子。
その彼女の手が。
震えていた。
「ちゃんと聞いて」
「うん」
「一回しか言わないから」
「分かった」
深呼吸。
そして。
笑う。
いつもの。
アグリらしい笑顔で。
「佐藤ユウキ」
初めて。
呼び捨て。
「私、ユウキのことが好き」
*
ユウキは。
何も挟まなかった。
「最初は顔」
「……みんな最初それだな」
「喋らないで!」
「ごめん」
「もう」
笑う。
そして。
続ける。
「入学式の日」
「うん」
「迷子になってたユウキ見て」
「迷子じゃない」
「喋らない」
「はい」
「面白い人だと思った」
「それ褒めてる?」
「ユウキ」
「黙ります」
アグリが。
また笑った。
*
「一緒にいて楽しくて」
「うん」
「優しくて」
「うん」
「たまに鈍くて」
「……うん」
「アヤネが好きになった理由も」
少しだけ。
声が震える。
「分かる」
「アグリ」
「私の方が先だったら」
その言葉。
ユウキの胸に。
刺さる。
「何か変わったかな」
答えられない。
「……ごめん」
「謝らないで」
「でも」
「私が遅かっただけ」
アグリは。
笑った。
*
「だから」
深呼吸。
「付き合ってください」
ユウキは。
目を逸らさなかった。
これは。
ちゃんと。
答えなければいけない。
「ごめん」
アグリの唇が。
少し震えた。
「俺は」
「うん」
「アヤネが好きだ」
「……うん」
「だから」
「分かった」
アグリが。
先に言った。
「そこまで」
「え?」
「それ以上言われたら本当に泣く」
もう。
目には。
涙が溜まっていた。
*
「……そっか」
アグリが。
手の甲で涙を拭う。
「失恋って」
笑おうとする。
「結構痛いね」
「アグリ」
「でも」
一滴。
落ちる。
「言ってよかった」
「……」
「ずっと隠して」
「うん」
「友達のふりして」
「うん」
「いつかアヤネと別れないかな、とか」
「……」
「最低なこと考えてた」
「最低じゃないだろ」
「最低だよ」
「思うだけなら」
ユウキは言う。
「誰にも迷惑かけてない」
アグリが。
目を見開く。
「そういうところ」
「何?」
「好きだった」
過去形。
その言葉を。
無理やり。
選んだのだと分かった。
*
「ねえ」
アグリが。
両手を広げる。
「最後に一個だけ」
「何?」
「抱きしめて」
ユウキは。
答えられなかった。
「恋人みたいな意味じゃない」
アグリが言う。
「ちゃんと終わらせたいから」
それでも。
ユウキは。
すぐには動かなかった。
「アヤネに」
「……うん」
「聞いてからじゃ駄目?」
アグリが。
一瞬。
驚いて。
そして。
泣きながら笑った。
「ほんっと」
「何?」
「そういうところだよ」
「悪い?」
「ううん」
アグリは。
広げていた腕を下ろした。
「それでいい」
「……ごめん」
「今日何回謝るの」
「結構」
「禁止」
「分かった」
「じゃあ代わりに」
アグリが。
拳を差し出す。
「これ」
ユウキも。
拳を合わせる。
こつん。
「友達?」
ユウキが聞く。
「……今日だけは無理」
「そっか」
「明日から」
アグリは。
涙を拭う。
「また友達になる」
「分かった」
「待ってて」
「待つよ」
*
帰宅。
ユウキは。
すぐアヤネへ電話した。
『もしもし?』
「今帰った」
『おかえり』
「話がある」
少し沈黙。
『……告白された?』
「うん」
『そっか』
「断った」
『うん』
声が。
少しだけ。
安心したように聞こえた。
「それで」
『何?』
「アグリに、最後に抱きしめてって言われた」
沈黙。
『……したの?』
「してない」
『なんで?』
「アヤネに聞いてからにしようと思った」
電話の向こう。
完全に。
無言になった。
*
「アヤネ?」
『……馬鹿』
「なんで」
『そういうことされると』
声が。
少し震えている。
『もっと好きになるじゃん』
「もう付き合ってるだろ」
『関係ない』
「それで」
ユウキは聞く。
「もし今度アグリが」
『うん』
「友達としてなら」
アヤネは。
少し考えた。
『嫌』
「正直だな」
『めちゃくちゃ嫌』
「うん」
『でも』
少し間。
『アグリがちゃんと諦めるためなら』
「……」
『一回だけ』
「いいの?」
『ただし』
「何?」
『キスは禁止』
「するわけないだろ」
『手繋ぐのも禁止』
「分かった」
『あと十秒』
「細かいな」
『彼女ですから』
「出た」
電話の向こうで。
アヤネが笑った。
*
翌日。
大学。
アグリは。
来なかった。
次の日も。
休み。
三日目。
「おはよ!」
いつもの声。
ユウキが振り返る。
アグリ。
「……大丈夫?」
「何が?」
「いや」
「失恋?」
自分で言う。
「まだ痛い」
「そっか」
「でも来た」
「うん」
「約束したから」
アグリが。
拳を差し出す。
「友達に戻りに」
ユウキも。
拳を合わせた。
「おかえり」
「ただいま」
*
そのとき。
後ろから。
「アグリ」
アヤネ。
二人。
見つめ合う。
「……アヤネ」
「聞いた」
「そっか」
「ごめん」
アグリが。
頭を下げる。
「好きになって」
アヤネは。
しばらく黙っていた。
そして。
「それは謝ることじゃない」
アグリが顔を上げる。
「でも」
アヤネが。
ユウキの腕へ抱きつく。
「渡さないから」
「……」
「ユウキは私の彼氏」
「分かってる」
「まだ好き?」
アグリは。
少し考えて。
「好き」
アヤネの眉が動く。
「でも」
アグリは。
笑った。
「もう追いかけない」
アヤネは。
その言葉を。
真っ直ぐ受け止めた。
「……ありがとう」
*
昼。
三人。
そして。
イノリ。
四人で学食。
「何この空気」
アグリが言う。
「重い」
「あなたのせいでは?」
イノリが冷静に返す。
「イノリ辛辣!」
「事実です」
「慰めてよ!」
「失恋したんですか?」
「知ってたでしょ!」
「確認です」
「性格悪い!」
ユウキと。
アヤネが笑う。
少しずつ。
いつもの四人に戻っていく。
*
食事のあと。
イノリが。
アグリを呼び止めた。
「大西さん」
「ん?」
「少しだけ尊敬します」
「え?」
「ちゃんと言ったから」
イノリは。
ユウキを見る。
そして。
アヤネを見る。
「私は」
小さく。
「言えませんでしたから」
アグリが。
イノリの肩を叩く。
「言わなくて正解」
「そうでしょうか」
「うん」
アグリは笑う。
「めちゃくちゃ痛い」
「……でしょうね」
「でも」
空を見る。
「ちゃんと終われる」
その言葉に。
イノリは。
何も返さなかった。
*
その日の放課後。
「ユウキ」
アヤネが。
待っていた。
「家行く」
「決定?」
「決定」
「数学は?」
「夏休み」
「次の試験に備えろ」
「今日は彼女優先」
「いつもだろ」
手を繋ぐ。
「ね」
「何?」
「アグリに告白されて」
「うん」
「ちょっと嬉しかった?」
「なんで?」
「可愛い女の子だし」
「……」
「今の間なに?」
「いや」
「ユウキ?」
「客観的には可愛いと思う」
「へえ」
「でも好きなのはアヤネ」
「……」
「何?」
「先にそれ言って」
「聞かれたから答えただけだろ」
「罰」
「何の?」
「今日キス十回」
「罰なの?」
「私へのご褒美」
「理不尽」
アヤネは。
楽しそうに笑った。
*
ユウキの部屋。
玄関が閉まる。
二人きり。
アヤネは。
鞄を置くより先に。
ユウキへ抱きついた。
「……どうした?」
「我慢してた」
「何を?」
「嫉妬」
「やっぱり?」
「当たり前でしょ」
胸元へ。
顔を埋める。
「アグリ可愛いし」
「うん」
「明るいし」
「うん」
「ユウキと仲いいし」
「うん」
「怖かった」
「……」
「もし」
アヤネの腕に。
力が入る。
「アグリの方がいいって言われたらって」
ユウキは。
その背中へ腕を回した。
*
「言わないよ」
「ほんと?」
「うん」
「私?」
「アヤネ」
「誰が好き?」
「桜井アヤネ」
「どれくらい?」
「面倒くさいくらい」
「ひどい」
「好きだよ」
「……もう一回」
「好き」
アヤネが。
顔を上げる。
「じゃあ」
「うん」
「キス」
一度。
軽く。
離れる。
「二回目」
「今日の?」
「十回するんでしょ」
「本気だったの?」
「もちろん」
二度目。
三度目。
四度目。
途中で。
二人とも。
何回目か分からなくなった。
*
やがて。
アヤネは。
ユウキの肩へ頭を預けた。
ソファ。
二人。
身体を寄せる。
「ねえ」
「うん」
「今日」
「何?」
「泊まっていい?」
「また?」
「だめ?」
「明日予定ないし」
「じゃあ」
アヤネが。
指を絡める。
「朝まで一緒」
「うん」
「約束」
「約束」
*
夜。
同じベッド。
灯りを消して。
アヤネは。
ユウキの胸元へ寄り添う。
「ユウキ」
「何?」
「今日ちょっとだけ」
「うん」
「アグリに嫉妬した分」
抱きしめる腕が。
強くなる。
「いっぱい甘えていい?」
「いいよ」
「じゃあ離さない」
「寝返りできない」
「我慢して」
「横暴」
「彼女だから」
「便利すぎる」
暗闇。
アヤネが笑う。
ユウキは。
その髪を。
そっと撫でた。
「アヤネ」
「ん?」
「大好き」
「……急にずるい」
「言ってほしそうだったから」
「もう一回」
「大好き」
「私も」
顔を上げる。
暗闇の中。
唇が触れる。
一度。
もう一度。
そして。
二人は。
抱きしめ合ったまま。
眠りについた。
*
九月。
後期が始まる。
アグリの恋は。
少しずつ。
過去になっていった。
イノリは。
自分の気持ちを。
胸の奥へしまった。
そして。
ユウキとアヤネは。
恋人として。
次の季節へ進んでいく。
けれど。
秋。
二人の関係を揺らすのは。
別の男でも。
別の女でもなかった。
桜井アヤネ自身が。
ずっと隠してきた。
「将来」についての選択だった。
第2期 第10話 了
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




