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金曜日に別れた君と、もう一度恋をする。  作者: こよみん


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22/27

第2期 第9話 花火が消えたあとも

挿絵(By みてみん)


「今日、帰りたくない」


花火の音が、夜空を震わせた。


浴衣姿の桜井アヤネは、佐藤ユウキの胸元へ手を添えたまま、逃げずに見つめている。


意味は。


分かっていた。


だからこそ。


簡単には答えられなかった。


「……アヤネ」


「うん」


「それって」


「分かってる」


頬は赤い。


それでも。


視線は逸らさない。


「ユウキと、もっと近くなりたい」


花火が開く。


一瞬だけ。


アヤネの顔が明るく照らされた。


*


「無理しなくていい」


ユウキが言った。


アヤネは少し驚く。


「無理してない」


「雰囲気とか」


「違う」


「俺に気を遣ってるとか」


「違うよ」


アヤネの手が。


浴衣の袖越しに。


ユウキの手を握る。


「私がそうしたいの」


「……」


「ただ」


アヤネは小さく笑った。


「すごく緊張してる」


「俺も」


「ほんと?」


「当たり前だろ」


「経験ありそうなのに」


その言葉。


胸に。


少しだけ引っかかった。


*


ミヤビ。


初めて付き合った彼女。


初めてキスをした相手。


そして。


初めて深く触れ合った相手。


思い出したことを。


アヤネも察したらしい。


「……ごめん」


「謝るなって」


「でも」


「アヤネ」


ユウキは。


握られた手を。


握り返す。


「今日は」


アヤネを見る。


「アヤネのことだけ考える」


その瞬間。


アヤネの瞳が。


少し潤んだ。


「それ」


「何?」


「すごく嬉しい」


「泣くなよ」


「まだ泣いてない」


「まだ?」


「泣いたら抱きしめて」


「予約するな」


「じゃあ今」


アヤネが。


腕を広げた。


「抱きしめて」


ユウキは笑って。


その身体を。


そっと抱き寄せた。


*


花火の下。


二人。


浴衣越しの体温。


「ユウキ」


「うん」


「キスしたい」


「ここで?」


「人いないよ」


「花火からは丸見え」


「花火は言いふらさないから」


「そういう問題?」


アヤネが笑う。


そして。


目を閉じた。


ユウキは。


その頬に触れる。


唇を重ねた。


一度。


離れる。


花火。


二度目。


また。


光。


三度目。


今度は。


少し長く。


離れたあと。


アヤネが。


ユウキの胸へ顔を隠した。


「……無理」


「何が?」


「今すごい顔してると思う」


「見せて」


「嫌」


「さっきまで積極的だったのに」


「キスされたら別なの」


「何そのルール」


「乙女心」


「数学より難しい」


「一生勉強して」


「単位取れる?」


「卒業させません」


「困る」


二人で笑った。


*


祭りを出る。


駅へ向かう。


でも。


アヤネは。


改札を通らなかった。


「ユウキ」


「うん」


「……行っていい?」


「俺の家?」


頷く。


「いいよ」


「泊まっても?」


「うん」


そして。


ユウキは。


一度立ち止まる。


「でも」


「何?」


「家に行ったからって」


ちゃんと言う。


「何かしなきゃいけないわけじゃないからな」


アヤネは。


一瞬驚いて。


それから。


柔らかく笑った。


「うん」


「途中で嫌になったら言って」


「ユウキも」


「俺?」


「怖くなったら言って」


「……分かった」


「約束」


小指。


ユウキも。


小指を絡めた。


*


午後十時過ぎ。


「お邪魔します」


アヤネが。


ユウキの部屋へ入る。


何度目か。


もう珍しい場所ではない。


なのに。


今日は。


空気が違った。


アヤネも。


それを感じている。


「浴衣」


「ん?」


「着替えてくる」


「ああ」


「……見ないでね」


「見ないよ」


「本当に?」


「本当に」


「ちょっとくらい気になって」


「気にはなる」


言ってから。


ユウキが固まる。


アヤネも。


固まった。


「……今の」


「忘れて」


「嫌」


「忘れろ」


「一生覚えてる」


「やめろ」


アヤネは。


嬉しそうに笑いながら。


洗面所へ逃げていった。


*


数分後。


部屋着姿で戻ってくる。


「お待たせ」


「うん」


髪を下ろして。


化粧も少し落として。


大学で見るアヤネとも。


浴衣姿とも違う。


ユウキだけが。


少しずつ知り始めた姿。


「何?」


「いや」


「また見てる」


「……可愛いと思って」


アヤネが止まった。


「今日どうしたの?」


「何が?」


「素直すぎる」


「悪い?」


「悪くない」


頬を赤くして。


「もっと言って」


「調子乗るからやめる」


「けち」


*


二人で。


ベッドの端へ座る。


以前も。


こうして並んだ。


でも。


今日は。


手を繋ぐだけなのに。


心臓がうるさい。


「ユウキ」


「何?」


「聞こえる」


「何が」


「心臓」


「アヤネの?」


「ユウキの」


「……聞くな」


「嬉しい」


「なんで?」


「私と同じだから」


アヤネは。


ユウキの手を取る。


そして。


自分の胸元ではなく。


手のひら同士を重ねた。


「私も」


指先が。


少し震えている。


「緊張してる」


*


「じゃあ」


ユウキが言う。


「今日はやめる?」


「嫌」


「即答?」


「怖いけど」


アヤネは。


ユウキの肩へ頭を預ける。


「逃げたくはない」


「逃げてもいいんだぞ」


「違うの」


「何が?」


「ユウキと近くなるのが怖いんじゃない」


小さな声。


「大切になりすぎるのが怖い」


ユウキは。


黙った。


「もっと好きになって」


「うん」


「いつか別れたらって考えると」


「……」


「怖い」


その言葉は。


ユウキにも。


痛いほど分かった。


*


「俺もだよ」


「え?」


「アヤネと付き合うとき」


ユウキは。


指を絡める。


「また失うのが怖かった」


「うん」


「でも」


少し考えて。


「失うのが怖いから始めないって」


アヤネを見る。


「たぶん、それも違う」


アヤネが。


静かに笑った。


「ユウキ」


「ん?」


「好き」


「俺も」


「キスして」


ユウキは。


頬に触れる。


ゆっくり。


唇を重ねた。


*


一度。


二度。


離れて。


見つめ合う。


そして。


また。


三度目。


今度は。


急がず。


長く。


アヤネの手が。


ユウキのシャツを。


そっと掴む。


唇が離れる。


「……ユウキ」


「うん」


「もう一回」


四度目。


そして。


五度目。


数えていたアヤネも。


途中から。


何回目か。


言わなくなった。


*


「アヤネ」


「ん……?」


「大丈夫?」


「うん」


「本当に?」


「うん」


額を合わせる。


呼吸が。


近い。


「ユウキこそ」


「俺?」


「大丈夫?」


「……緊張してる」


「知ってる」


「なら聞くな」


「確認」


「俺も大丈夫」


アヤネは。


ほっとしたように笑う。


「じゃあ」


「うん」


「今日は」


声が。


少しだけ震える。


「ずっとそばにいて」


ユウキは。


答える代わりに。


もう一度。


抱きしめた。


*


窓の外。


遠くで。


最後の花火が上がる。


音だけが。


遅れて届いた。


二人は。


その音を聞きながら。


何度も。


言葉を交わした。


好きだと。


怖いと。


嬉しいと。


離れたくないと。


そして。


何度も。


唇を重ねた。


やがて。


部屋の灯りが。


一つ。


消えた。


*


翌朝。


カーテンの隙間。


夏の光。


ユウキは。


ゆっくり目を開けた。


隣。


アヤネが眠っている。


近い。


手を伸ばせば。


すぐ触れられる距離。


ユウキは。


その寝顔を見る。


昨日。


二人で決めたこと。


二人だけの時間。


言葉にする必要は。


なかった。


大切なのは。


朝になっても。


彼女が隣にいること。


*


「……ん」


アヤネが目を開ける。


数秒。


ぼんやり。


そして。


ユウキを見る。


「……おはよう」


「おはよう」


「いる」


「俺の家だから」


「そうじゃなくて」


アヤネが。


少しだけ近づく。


「朝になっても」


「うん」


「ユウキがいる」


「いるよ」


「よかった」


その声が。


妙に愛おしかった。


*


アヤネが。


布団の中から。


手を伸ばす。


ユウキの手。


指を絡める。


「ユウキ」


「何?」


「昨日」


「うん」


「後悔してる?」


ユウキは。


首を横に振った。


「してない」


「……ほんと?」


「ほんと」


「私も」


アヤネが笑う。


「してない」


少しだけ。


沈黙。


「じゃあ」


アヤネが。


目を閉じる。


「おはようのキス」


「毎回やるの?」


「できる朝は全部」


「決定事項?」


「はい」


「仕方ないな」


朝。


最初のキス。


一度。


「もう一回」


「朝から?」


「昨日の続き」


「昨日何回したか覚えてる?」


「……途中から忘れた」


「初めてじゃん」


「ユウキのせい」


「なんで俺」


「いっぱいしたから」


「アヤネもしてただろ」


「じゃあ二人のせい」


二度目。


今度は。


笑いながら。


*


朝食。


トースト。


スクランブルエッグ。


コーヒー。


向かい合わせ。


アヤネは。


ずっと機嫌がよかった。


「何笑ってるの?」


「幸せだから」


「朝飯で?」


「違う」


「じゃあ」


「秘密」


「絶対昨日のことだろ」


「秘密です」


「顔に出てる」


「ユウキだって」


「俺?」


「ちょっと優しい」


「普段優しくないみたいに言うな」


「今日は三割増し」


「微妙」


「じゃあ五割」


「適当だな」


笑う。


*


そして。


帰る時間。


玄関。


「ユウキ」


「うん」


「次いつ泊まっていい?」


「もう次?」


「嫌?」


「嫌じゃないけど」


「じゃあ来週」


「試験結果次第」


「え」


「数学」


「……」


「何点だった?」


アヤネが。


目を逸らした。


「アヤネ?」


「……六十四」


「八十って言ってなかった?」


「自己採点では」


「二十点近くどこ消えた」


「夏休みかな」


「補習」


「ええっ」


「次来たら数学」


「そんな」


「終わったら映画」


「キスは?」


「勉強次第」


「横暴!」


「数学教え始めたときから何も変わってないな」


アヤネは。


頬を膨らませる。


そして。


急に。


ユウキへ抱きついた。


*


「でも」


「何?」


「変わったよ」


「何が?」


「私たち」


ぎゅっと。


腕に力が入る。


「最初は友達だった」


「うん」


「それから恋人になって」


「うん」


「いっぱい喧嘩して」


「一回だろ」


「私にはいっぱいだった」


「そうですか」


「昨日は」


そこで。


アヤネは言葉を止める。


そして。


耳元で。


小さく。


「もっと大切な人になった」


ユウキは。


何も言わず。


彼女を抱きしめ返した。


*


駅。


別れ際。


「じゃあね」


「うん」


「ユウキ」


「何?」


「大好き」


「俺も」


「ちゃんと言って」


「大好き」


「……ふふ」


「何?」


「嬉しい」


最後。


短いキス。


アヤネは。


改札の向こうへ消えていった。


*


夏休み後半。


二人の関係は。


穏やかだった。


けれど。


恋というものは。


二人だけで完結するとは限らない。


*


ある日の午後。


大西アグリは。


一人。


大学近くのカフェにいた。


スマートフォン。


画面には。


ユウキとのトーク。


『数学のノート、写真送って』


ユウキからだった。


アグリは。


写真を送る。


すぐ。


『助かった。ありがとう』


「……それだけかぁ」


小さく笑う。


そして。


画面を伏せた。


「諦めなきゃ」


口に出す。


でも。


できない。


*


「大西さん」


声。


顔を上げる。


南イノリ。


「隣、いいですか?」


「どうぞ」


座る。


二人。


しばらく。


何も言わない。


「イノリ」


「はい」


「ユウキのこと」


「はい」


「まだ好き?」


イノリは。


少し考える。


「好きです」


「だよね」


「でも」


カップを見る。


「奪うつもりはありません」


「……私も」


アグリは笑う。


「そのつもりだった」


「過去形ですね」


「鋭い」


「何かあったんですか?」


アグリは。


答えない。


*


その夜。


ユウキに。


一件のメッセージが届く。


アグリ。


『ユウキ』


『今度の日曜日』


『二人で会えない?』


続けて。


『アヤネには、ちゃんと言ってから来て』


ユウキは。


画面を見る。


以前なら。


意味が分からなかった。


でも。


今は。


少しだけ。


分かる。


*


そして。


日曜日。


大西アグリは。


ユウキに。


初めて。


冗談ではなく。


笑って誤魔化すこともなく。


「私、ユウキのことが好き」


そう告げることになる。


それは。


恋人を奪うための告白ではなかった。


自分の恋を。


ちゃんと終わらせるための。


最初で最後の告白だった。


第2期 第9話 了

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。


また、


「このシーンが好き!」

「このキャラを応援したい!」

「ここからどうなるの!?」

「自分ならこうする!」


など、短い一言でも大歓迎です。


皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。


特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。


ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。


物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。


誰を好きになるか。


誰を応援するか。


ぜひ皆様自身の目で見届けてください。


そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。


それでは、次のお話で。


次回もよろしくお願いします!

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