第2期 第3話 恋を忘れるための恋は、しない
『佐藤くん。明日の放課後、二人で話したいです』
南イノリから届いたメッセージ。
その翌日。
講義終了と同時に。
「佐藤くん」
本人がやってきた。
「時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど」
「では、行きましょう」
「どこに?」
「静かなところです」
「昨日から思ってたけど、何の話?」
イノリは少し考えて。
「恋愛相談です」
「……誰の?」
「私の」
ユウキは足を止めた。
イノリはそのまま歩いていく。
「置いていきますよ」
「いや待て」
大学に入ってから。
女子との距離感がおかしい。
*
連れてこられたのは。
キャンパスの端にある中庭だった。
ベンチ。
人影は少ない。
「それで恋愛相談って?」
「佐藤くん」
「うん」
「桜井さんと付き合ってます?」
「付き合ってない」
「大西さんとは?」
「付き合ってない」
「好きな人は?」
「……尋問?」
「確認です」
イノリは真顔だった。
「高校の元カノがまだ好きなんですか?」
ユウキの表情が止まる。
「誰から聞いた?」
「大西さん」
「アグリ……」
「詳しい事情は聞いてません」
イノリは続ける。
「ただ、まだ忘れていないと」
「まあ」
否定できない。
「そうだな」
「では」
イノリはユウキを見る。
「私にも機会がありますね」
「……何の?」
「恋愛の」
「誰との?」
「佐藤くんとの」
数秒。
理解が追いつかなかった。
「それ、相談じゃなくて宣言じゃない?」
「はい」
「はい、じゃないだろ」
「相談と言った方が来てくれると思ったので」
「普通に話したいって言われても来たよ」
「そうなんですか」
「そうだよ」
「では次からそうします」
「次があるの?」
「あります」
即答。
この子。
意外と強い。
*
「俺のどこがいいの?」
ユウキが聞く。
「まだほとんど話してないだろ」
「好きとは言ってません」
「……え?」
「気になっているだけです」
「さっき恋愛って」
「恋愛対象です」
「細かい」
「大事です」
イノリはベンチに座る。
ユウキも少し離れて座った。
「入学式の日」
イノリが言う。
「私、迷ってたんです」
「案内板の前で?」
「見てたんですか」
「少し」
「声をかけてくれませんでしたね」
「知らない人だったから」
「冷たいですね」
「普通だろ」
「でも翌日」
「うん」
「講義室で私が落とした学生証、拾ってくれました」
ユウキは記憶を探る。
「あれイノリだった?」
「覚えてないんですね」
「顔見てなかった」
「さらに減点です」
「採点されてたの?」
イノリが少し笑う。
「でも、落とした人を探してわざわざ届けてくれた」
「普通だろ」
「佐藤くんは」
イノリが横目で見る。
「自分が思ってるより優しいです」
その言葉。
以前にも。
誰かから言われた。
胸が少し痛む。
*
「だから」
ユウキは言う。
「そういうの困るんだ」
「優しいと言われることが?」
「違う」
空を見る。
春の風。
「前の彼女とも」
言葉が止まる。
それでも。
「俺が数学教えたのがきっかけだった」
イノリは黙って聞く。
「俺、相手のこと信じてた」
「はい」
「でも裏切られた」
「浮気?」
ユウキは頷く。
「だから今」
少し笑う。
「女子に好意向けられても、素直に喜べない」
アヤネ。
アグリ。
イノリ。
三人とも悪くない。
むしろ。
嬉しいはずなのに。
心のどこかで。
また。
と考えてしまう。
*
「それなら」
イノリが言った。
「私は急ぎません」
「……みんな同じこと言うな」
「みんな?」
「アヤネも」
「そうですか」
「なんでちょっと不機嫌になるんだよ」
「なってません」
「なってる」
「なってません」
「分かったよ」
「あと」
イノリが続ける。
「私は浮気が嫌いです」
ユウキが見る。
「父がしたので」
「……ごめん」
「なぜ佐藤くんが謝るんですか」
「いや」
「昔の話です」
イノリは静かに笑った。
「だから、私は好きな人ができたら一人だけです」
それは。
ユウキに向けた言葉だった。
「覚えておいてください」
「……分かった」
「では相談終了です」
「ほぼ宣言だったけどな」
「成功ですね」
「何が?」
「佐藤くんに意識してもらえました」
そう言って。
イノリは先に立ち上がった。
*
翌日。
土曜日。
「遅い!」
駅前。
大西アグリが頬を膨らませていた。
「待ち合わせ五分前だけど」
「私は十五分前に来た」
「知らないよ」
「女の子を十分待たせました」
「計算おかしいだろ」
「罰として今日は全部付き合うこと」
「何するの?」
「買い物!」
アグリがユウキの袖を掴む。
「行こ!」
「引っ張るな」
「逃げるから」
「逃げないって」
「ほんと?」
「約束しただろ」
アグリが笑う。
「じゃあ信じる」
その言葉に。
ユウキは一瞬だけ。
表情を止めた。
*
アグリとの時間は。
楽だった。
服を見る。
雑貨を見る。
ゲームセンターへ行く。
「勝負!」
「何で?」
「このクレーンゲーム」
「勝敗どう決めるの?」
「先に取った方」
「金かかるぞ」
「敗者が晩ご飯奢り」
「余計金かかる」
十分後。
「取れない!」
「下手」
「ユウキも取れてないじゃん」
「次で取る」
「フラグ」
そして。
本当に取れた。
小さな猫のぬいぐるみ。
「……すご」
「数学的に考えれば」
「クレーンゲームに数学持ち込む人初めて見た」
ユウキはぬいぐるみを見る。
「これどうしよう」
アグリが。
じっと見ている。
「欲しい?」
「別に」
「じゃあ俺が持って帰る」
「欲しい!」
「素直になれよ」
渡す。
アグリは。
両手で猫を抱えた。
「……ありがと」
「どういたしまして」
「大切にする」
「数百円だぞ」
「値段じゃないよ」
その言葉。
少しだけ。
女の子らしかった。
*
夕方。
二人でファミレス。
「ユウキ」
「ん?」
「アヤネのこと好き?」
「またそれ?」
「イノリは?」
「なんで今日ずっと他の女子の話するんだよ」
「気になるから」
「二人とも友達」
「私は?」
「友達」
アグリが露骨に落ち込んだ。
「なんで?」
「……やっぱりか」
「何が」
「ユウキって鈍い?」
「普通」
「鈍い人って自分のこと普通って言うよね」
「偏見」
アグリはストローを弄る。
「じゃあさ」
「うん」
「私がユウキのこと好きって言ったら?」
ユウキの手が止まる。
「……言うの?」
「例えば」
「例えばかよ」
「何その反応」
「いや」
「ちょっと期待した?」
「してない」
「ほんと?」
顔を近づけてくる。
「近い」
「アヤネにも言ってた?」
「なんで知ってるんだ」
「女のネットワーク」
「怖い」
アグリは笑った。
*
そして。
日曜日。
ユウキは駅前にいた。
三日連続。
女子と二人きり。
「……大学ってこんな忙しいの?」
「何が?」
声。
振り返る。
アヤネ。
白いブラウスに。
淡い青のスカート。
大学で見るより。
少し大人っぽい。
「待った?」
「今来た」
「よかった」
アヤネが微笑む。
「じゃあ行こ」
「今日はどこ?」
「映画」
「何見る?」
「恋愛映画」
「変更できる?」
「できません」
「即答」
「チケット買いました」
「計画的犯行だな」
「昨日から楽しみにしてたから」
その一言に。
ユウキは何も言えなくなった。
*
映画館。
隣同士。
上映開始。
恋人同士の物語だった。
出会って。
恋をして。
すれ違って。
別れる。
そして。
再会する。
終盤。
スクリーンの二人がキスをする。
ユウキの胸に。
嫌でも。
ミヤビが浮かんだ。
最後のキス。
『好きになってくれて、ありがとう』
拳を握る。
そのとき。
指先に。
何かが触れた。
アヤネの手。
「……」
彼女はスクリーンを見たまま。
何も言わない。
ただ。
小指だけが触れている。
ユウキは。
手を引かなかった。
*
映画終了。
外へ出る。
「面白かった?」
アヤネが聞く。
「まあ」
「泣いた?」
「泣いてない」
「目赤い」
「暗かったから」
「便利だね、暗闇」
以前の夕日と同じ言い方。
ユウキは笑った。
「アヤネ」
「ん?」
「さっき」
「手?」
「……うん」
「嫌だった?」
ユウキは考える。
「嫌じゃなかった」
アヤネの頬が。
ほんのり赤くなる。
「そっか」
それだけ。
それ以上は。
触れてこなかった。
*
帰り道。
川沿い。
夕方。
アヤネが歩調を緩める。
「ユウキ」
「何?」
「元カノのこと考えてたでしょ」
隠せない。
「少し」
「映画?」
「うん」
「キスのシーン?」
ユウキは驚く。
「なんで分かる?」
「そのときだけ顔が悲しそうだった」
アヤネは。
本当によく見ている。
「ごめん」
ユウキが言う。
「なんで謝るの?」
「せっかく二人でいるのに」
「いいよ」
アヤネは立ち止まった。
「忘れなくていい」
「……」
「私」
一歩。
ユウキへ近づく。
「元カノを忘れさせるために付き合いたいわけじゃない」
「アヤネ」
「恋を忘れるための恋なんて」
真っ直ぐ見つめる。
「私は嫌」
風が吹く。
髪が揺れる。
「だから」
アヤネが笑う。
「ちゃんと終わってから、私を見て」
ユウキの胸が。
大きく鳴った。
*
「それ」
ユウキは言う。
「告白?」
「まだ」
「まだ?」
「だって今告白しても断るでしょ」
「……たぶん」
「だからしない」
「合理的だな」
「ユウキほどじゃないよ」
そして。
アヤネは右手を差し出した。
「でも」
「何?」
「今日だけ」
その手。
意味は分かった。
「友達なのに?」
「友達でも手くらい繋ぐよ」
「昨日俺が言ったやつ」
「使わせてもらいました」
ユウキは。
その手を見る。
ミヤビと。
何度も繋いだ。
指を絡めて。
離したくないと思った。
だから。
怖い。
けれど。
アヤネは待っている。
ユウキは。
ゆっくり。
手を重ねた。
「……今日だけ」
「うん」
アヤネの指が。
そっと握る。
恋人繋ぎにはしない。
ただ。
普通に手を繋ぐ。
その距離が。
今の二人には。
ちょうどよかった。
*
駅。
「今日はありがとう」
「俺も楽しかった」
「ほんと?」
「ほんと」
アヤネが笑う。
「じゃあ次もあるね」
「もう決定?」
「嫌?」
「……嫌じゃない」
「よし」
手を離す。
少し。
名残惜しそうに。
「ユウキ」
「ん?」
「私」
アヤネが。
ほんの少しだけ近づく。
「結構、本気だから」
囁いて。
離れる。
「また明日」
改札へ消えていった。
ユウキは。
しばらく動けなかった。
*
その夜。
ベッド。
スマートフォンを見る。
アヤネから。
『今日はありがとう♡』
写真。
映画館の前で撮った二人。
アグリからも。
昨日の猫のぬいぐるみの写真。
『名前ユウキにした』
『やめろ』
『じゃあユッキー』
『もっとやめろ』
イノリから。
『明日の数学、教えてください』
三人。
それぞれ違う。
そして。
ユウキは。
ミヤビとのトーク画面を開いた。
久しぶりだった。
送らない。
ただ。
最後のメッセージを見た。
思い出す。
楽しかったこと。
苦しかったこと。
最後の抱擁。
最後のキス。
「……ミヤビ」
名前を口にする。
胸は痛い。
でも。
以前より少しだけ。
呼吸ができた。
画面を閉じる。
*
そのころ。
別の大学。
仁科ミヤビは。
一人で図書館にいた。
数学の参考書を開く。
スマートフォンが震える。
知らない男子から。
『今度二人でご飯行かない?』
ミヤビは。
しばらく画面を見る。
昔なら。
断れなかった。
誰かに求められることが。
嬉しかったから。
でも。
今は。
『ごめんなさい。二人では行けません』
送信。
スマートフォンを伏せる。
寂しい。
それでも。
誰かで埋めない。
「……これでいい」
自分に言う。
ふと。
ユウキを思い出す。
会いたい。
声を聞きたい。
キスしてほしい。
抱きしめてほしい。
その気持ちは。
まだ消えていない。
それでも。
連絡はしなかった。
*
二人は。
別々の場所で。
少しずつ前へ進んでいた。
ユウキには。
三人の少女。
ミヤビには。
初めて覚える一人の時間。
そして。
五月。
桜井アヤネは。
ついに待つことをやめる。
誰もいない講義室。
夕暮れ。
ユウキの目の前に立って。
こう言う。
「佐藤ユウキくん。私と付き合ってください」
そしてユウキは。
ミヤビと別れて以来初めて。
新しい恋に。
答えを出すことになる。
第2期 第3話 了
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




