第1期 第12話 最後のデート
卒業証書を受け取った。
三年間通った教室で、最後のホームルームを終えた。
泣いているクラスメイトがいた。
笑って写真を撮るやつもいた。
制服の第二ボタンを渡している男子もいた。
三年間。
長かったはずなのに。
終わってしまえば、あっけなかった。
佐藤ユウキは窓際の自分の席に座り、誰もいなくなった教室を眺めていた。
そして。
午後三時十七分。
教室の扉が開いた。
「……待った?」
仁科ミヤビだった。
*
「いや」
「そっか」
ミヤビは笑った。
制服姿。
長い黒髪。
胸元には卒業式でもらった花。
半年前。
『数学、教えて』
そう言って現れたときと、ほとんど変わらない。
なのに。
ユウキには別人のようにも見えた。
「卒業、おめでとう」
ミヤビが言う。
「ミヤビも」
「うん」
沈黙。
本当なら。
今日は二人で笑っているはずだった。
卒業したね。
大学でもよろしく。
そんなことを言って。
きっと。
誰もいない教室でキスをしていた。
でも。
今はできない。
「ユウキくん」
「うん」
「答え、決まった?」
ユウキは。
すぐに答えられなかった。
決まっている。
ずっと前から。
それでも。
口にすれば。
本当に終わる。
*
「その前に」
ミヤビが言った。
「一個だけ、お願いしていい?」
「何?」
「今日、デートしない?」
ユウキは目を瞬く。
「……今日?」
「うん」
「今から?」
「最後に」
最後。
その二文字が重い。
ミヤビは笑っていた。
「半年間、金曜日しかちゃんとデートしてなかったでしょ?」
「今日は金曜日じゃないぞ」
「だから」
ミヤビが少しだけ笑う。
「最後くらい、曜日のルールなしにしたい」
ユウキは。
断れなかった。
*
最初に行ったのは。
駅前のショッピングモールだった。
「懐かしいね」
「半年しか経ってないけどな」
「半年も、だよ」
ゲームセンター。
二人で初めて写真を撮った場所。
「撮る?」
ミヤビが尋ねる。
ユウキは少し迷う。
「……撮ろうか」
二人で並ぶ。
以前なら。
ミヤビが腕を絡めて。
ユウキが照れて。
そんな写真だった。
今日は。
肩と肩の間に。
ほんの少し隙間があった。
撮影直前。
ミヤビが。
その隙間を埋めた。
肩が触れる。
「今日だけ」
小さな声。
「……うん」
写真が撮られた。
画面の中。
二人とも。
ちゃんと笑えていなかった。
*
次はクレープ。
「半分食べる?」
「また?」
「最初のデートと同じ」
「じゃあ半分」
ミヤビが一口。
ユウキが一口。
「間接キス」
ミヤビが言った。
「直接何回したと思ってるんだよ」
以前と。
まったく同じ会話。
二人とも気づいた。
ミヤビが笑う。
ユウキも笑った。
そして。
笑ったあと。
二人とも黙った。
楽しい。
だから。
苦しい。
*
夕方。
二人は川沿いを歩いた。
初めて。
恋人になった場所。
「覚えてる?」
「覚えてるよ」
「ここで告白した」
「俺もした」
「私が先だよ」
「そうだった?」
「そう」
ミヤビが立ち止まる。
「私ね」
夕日に照らされた横顔。
「あの日、本当に嬉しかった」
「うん」
「嘘じゃないよ」
「分かってる」
ミヤビが。
ユウキを見る。
「……信じてくれるの?」
「そこは信じてる」
「そっか」
少し。
泣きそうに笑った。
「それだけで十分」
*
二人はベンチに座った。
以前。
初めて唇を重ねた場所。
「ここ」
ミヤビが自分の唇を指差す。
「初キスした場所」
「俺にとってはな」
言った瞬間。
しまったと思った。
ミヤビの表情が止まる。
「……ごめん」
「いや」
「そうだよね」
「責めるつもりじゃなかった」
「分かってる」
ミヤビは俯く。
「私にとっても」
「え?」
「初めてみたいだった」
「……」
「キスなんて、それまで特別じゃなかった」
ミヤビは膝の上で手を握る。
「でもユウキくんとしたときだけ」
頬が少し赤くなる。
「家に帰ってからも、ずっと思い出してた」
ユウキの胸が痛む。
「言わないでくれ」
「……ごめん」
「嫌だからじゃない」
「うん」
「まだ好きだから」
ミヤビの目から。
涙が落ちた。
*
「ユウキくん」
「うん」
「手、繋いでいい?」
半年間。
何度も繋いだ。
恋人繋ぎ。
指を絡めて。
どこへ行くにも一緒だった。
「……今日だけ」
「うん」
手を差し出す。
ミヤビの指が触れる。
絡む。
「懐かしい」
「二週間前までやってただろ」
「二週間、長かったよ」
「俺も」
言ってしまった。
ミヤビがこちらを見る。
「……長かった?」
「金曜日、待ってた」
「来てほしかった?」
「少し」
「じゃあ行けばよかった」
「来たら困った」
「どっち?」
「両方」
ミヤビは笑う。
「ユウキくんらしい」
「何だそれ」
「優柔不断」
「悪かったな」
久しぶりに。
普通に笑えた。
*
夕日が沈む。
「次、どこ行く?」
ユウキが聞く。
「最後に行きたいところある」
「どこ?」
ミヤビは。
少し迷ってから答えた。
「ユウキくんの部屋」
ユウキの表情が固まる。
「……なんで」
「何もしない」
「そういう問題じゃ」
「分かってる」
ミヤビは。
手を握ったまま。
「最後に、あの部屋でちゃんとお別れしたい」
ユウキは。
長い間。
答えられなかった。
そして。
「分かった」
そう言った。
*
「お邪魔します」
玄関。
何十回も聞いた言葉。
ミヤビは靴を揃える。
部屋へ入る。
「……変わってない」
「二週間だからな」
「あ」
テーブルの端。
小さなヘアゴム。
「これ」
「最初に泊まったとき忘れたやつ」
「まだ持ってたの?」
「返すの忘れてた」
ミヤビは。
ヘアゴムを手に取った。
「もらっていい?」
「元々ミヤビのだろ」
「……うん」
大切そうに。
ポケットへ入れた。
*
二人でソファに座る。
以前なら。
肩を寄せた。
ミヤビがもたれかかった。
今日は。
少し離れている。
「ユウキくん」
「何?」
「半年間、楽しかった?」
「楽しかった」
即答した。
「本当に?」
「だから困ってる」
「……そっか」
「楽しくなかったら、もっと簡単だった」
「嫌いになれた?」
「たぶん」
「私も」
ミヤビは笑う。
「ユウキくんが最低な人だったらよかった」
「ひどいな」
「そしたら嫌いになれた」
「俺が悪いみたいじゃん」
「ちょっとだけ」
二人で笑った。
そして。
また沈黙。
*
「ミヤビ」
「うん」
「俺」
言わなければいけない。
ここまで。
先延ばしにした。
「別れたい」
ミヤビは。
目を閉じた。
「……うん」
「ごめん」
「謝らないで」
「でも」
「悪いの私だから」
「それでも」
「ユウキくん」
ミヤビが笑う。
涙が頬を伝っていた。
「半年間、彼女にしてくれてありがとう」
胸が締めつけられる。
「やめろよ」
「言わせて」
「……」
「最初は最低だった」
「うん」
「ユウキくんを金曜日の枠に入れただけだった」
「うん」
「でも」
涙を拭う。
「途中から、金曜日じゃなくなった」
「……」
「月曜日も会いたかった」
「うん」
「火曜日も」
「うん」
「水曜日も、木曜日も」
声が震える。
「土曜日も日曜日も」
そして。
「毎日、ユウキくんだけに会いたかった」
ユウキは。
何も言えなかった。
*
「最後に」
ミヤビが言う。
「一回だけ、わがまま言っていい?」
「……何?」
「抱きしめて」
ユウキは目を閉じる。
断るべきなのかもしれない。
これ以上。
思い出を増やさない方がいい。
でも。
半年間好きだった。
今だって好きだ。
だから。
腕を広げた。
ミヤビが飛び込んでくる。
抱きしめる。
強く。
「……ユウキくん」
「うん」
「好き」
「うん」
「大好き」
「……うん」
「忘れたくない」
「俺も」
「忘れないで」
「忘れられるわけないだろ」
ミヤビの肩が震えた。
*
どれくらい。
そうしていただろう。
やがて。
ミヤビが顔を上げる。
近い。
何度も。
この距離から。
キスをした。
「……最後にキスしたい」
ユウキの胸が痛む。
「だめ?」
「ずるいな」
「ごめん」
「本当に最後?」
「うん」
長い沈黙。
そして。
ユウキは。
ミヤビの頬に手を添えた。
ゆっくり。
唇を重ねる。
短いキス。
離れる。
ミヤビの目から。
涙が落ちる。
「……もう一回」
「最後って言っただろ」
「ごめん」
「本当に最後だからな」
二度目。
今度は。
少しだけ長く。
離れたあと。
額を寄せる。
「ユウキくん」
「うん」
「好きになってごめん」
「それは謝るな」
「じゃあ」
ミヤビは。
泣きながら笑った。
「好きになってくれて、ありがとう」
ユウキは。
答えの代わりに。
もう一度だけ。
抱きしめた。
*
午後九時。
玄関。
ミヤビが靴を履く。
「じゃあね」
「駅まで送る」
「大丈夫」
「でも」
「今日は一人で帰る」
ユウキは。
それ以上言えなかった。
ドアに手をかける。
ミヤビが振り返る。
「ユウキくん」
「ん?」
「大学、頑張ってね」
「ミヤビも」
「彼女できたら」
一瞬。
声が詰まる。
それでも笑う。
「大切にしてあげてね」
「……うん」
「浮気するような子は駄目だよ」
「自分で言うなよ」
「ふふ」
最後に。
少しだけ。
以前のミヤビらしい笑顔。
「ばいばい」
「……ばいばい」
扉が閉じた。
*
廊下。
一人になったミヤビは。
エレベーターまで歩いた。
ボタンを押す。
扉が開く。
乗る。
閉じる。
一階。
扉が開く。
マンションを出る。
そこまで。
泣かなかった。
そして。
外へ出た瞬間。
「……っ」
しゃがみ込んだ。
涙が止まらなかった。
声を殺して。
何度も。
何度も。
「ユウキくん……」
名前を呼んだ。
もう。
振り返っても。
来てくれない。
それは。
自分が選んだ過去の結果だった。
*
部屋。
ユウキは。
玄関の前から動けなかった。
唇には。
最後のキスの感触が残っている。
「……これでいい」
自分に言い聞かせる。
好きでも。
一緒にいられないことはある。
許せないこともある。
信頼が壊れれば。
好きだけでは戻れない。
それでも。
「……好きだったな」
違う。
過去形にするには。
まだ早かった。
「好きだよ……」
誰もいない部屋で。
呟いた。
*
その夜。
二人から。
メッセージはなかった。
『おやすみ』
も。
『大好き』
も。
『来週も会おう』
も。
何もなかった。
そして。
翌朝。
高校生活は終わった。
けれど。
二人の物語は。
終わらない。
四月。
大学生になったユウキの前に。
三人の少女が現れる。
大西アグリ。
桜井アヤネ。
南イノリ。
それぞれ違う形で。
ユウキの止まった恋を動かしていく。
一方。
ミヤビもまた。
ユウキのいない春を迎える。
もう男を曜日で分けることはない。
寂しくても。
誰かで埋めることもしない。
初めて。
一人で立つことを覚えるために。
そして。
いつかもう一度。
佐藤ユウキに会ったとき。
今度こそ。
嘘のない自分で。
「好き」
と言えるようになるために。
ただ、その前に。
卒業式の翌日。
ユウキは知らなかった事実を。
もう一つだけ知ることになる。
ミヤビが最後まで隠していた。
**最初の金曜日に、なぜ六人の中からわざわざユウキを七人目に選んだのか。**
その答えが。
高校生活最後の一日を。
もう一度だけ揺らすことになる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




