第1期 第11話 七人目だった僕に、君は全部を話した
金曜日。
始まりも金曜日だった。
仁科ミヤビが教室にやってきて。
『数学、教えてくれない?』
そう笑った。
そして半年後。
同じ金曜日。
佐藤ユウキは、同じ少女から。
「全部話す」
そう告げられた。
*
放課後。
誰もいない教室。
ユウキは窓際の席に座っていた。
午後四時十五分。
扉が開く。
「……ユウキくん」
ミヤビだった。
この数日で少し痩せたように見える。
「座れば」
「うん」
いつもの隣。
ではなく。
ミヤビは向かい側に座った。
机一つ分の距離。
たったそれだけなのに。
遠かった。
「何から聞きたい?」
「最初から」
ユウキは答えた。
「俺と会う前から」
ミヤビは膝の上で両手を握る。
「……分かった」
そして。
話し始めた。
*
「私ね、一人でいるのが苦手だった」
「うん」
「昔から、誰かに必要とされてないと不安だった」
ミヤビは自嘲するように笑った。
「学校では、みんな私のことを勝手に理想化するの」
清楚。
真面目。
完璧。
学年一の美少女。
「でも本当の私は全然違った」
「それで何人も?」
「……うん」
「最初から六人同時だった?」
「違う」
一人と付き合う。
不安になる。
別の誰かにも求められる。
断れない。
その関係にも依存する。
また増える。
気づいたころには。
曜日ごとに別の相手と会うようになっていた。
「最低だと思う」
ミヤビは言った。
「相手にも嘘をついたし、自分にも嘘をついてた」
「……」
「誰かと一緒にいる間だけ、自分に価値がある気がした」
ユウキは黙って聞いていた。
理解できるとは言えない。
けれど。
途中で遮るつもりもなかった。
*
「じゃあ俺は?」
その質問に。
ミヤビが目を伏せる。
「……金曜日が空いてた」
覚悟していた。
それでも。
本人の口から聞くと。
胸に刺さった。
「なんで俺だった?」
「前から知ってたから」
「面識なかっただろ」
「ユウキくんは私を知らなかっただけ」
ユウキが顔を上げる。
「いつから?」
「二年生の冬くらい」
「そんな前?」
「図書室で見た」
ミヤビは小さく笑う。
「数学の問題を友達に教えてた」
「それだけ?」
「うん」
「それで?」
「教え方が優しかった」
友達が何度間違えても。
ユウキは馬鹿にしなかった。
何度でも説明していた。
「それから、たまに見てた」
「……怖いな」
「ごめん」
「冗談」
久しぶりに。
ほんの少しだけ。
以前の二人の会話になった。
けれど。
笑いは続かなかった。
「金曜日が空いたとき」
ミヤビが続ける。
「ユウキくんが浮かんだ」
「だから数学?」
「口実が欲しかった」
「基礎問題分からないふりして?」
「……うん」
「最初から解けた?」
「全部」
「やっぱり」
ユウキは小さく息を吐いた。
*
「最初は」
ミヤビが言う。
「本当に七人目にするつもりだった」
容赦のない言葉。
でも。
今日だけは。
それでよかった。
「じゃあ、いつ変わった?」
「分からない」
「分からない?」
「気づいたら」
ミヤビが指を握る。
「金曜日が待ち遠しくなってた」
数学を教えてもらう時間。
くだらないメッセージ。
初めて手を繋いだ日。
「初めてキスした日も」
ミヤビの頬が少しだけ赤くなる。
「私、本当は慣れてた」
「……だろうな」
「でも緊張した」
「なんで?」
「ユウキくんだったから」
「それ、今言われても」
「分かってる」
ミヤビは俯く。
「都合いいよね」
そして。
「初めてユウキくんの部屋に行った日」
声が震えた。
「私、思ったの」
「何を?」
「この人だけでいいって」
ユウキは何も言わなかった。
「朝、一緒に起きて」
「……」
「キスして」
「うん」
「朝ご飯作って」
ミヤビの目から。
涙が落ちる。
「こんな普通のことが、私には初めてだった」
誰かといることで寂しさを消すのではなく。
その人と一緒にいるから幸せだった。
「それで他の六人を切ろうとした」
「でも切れなかった」
「うん」
「俺と付き合った翌日も会った」
「うん」
「俺の家に泊まったあとも?」
ミヤビの肩が震える。
「……最後の一人だけ」
「何した?」
ミヤビが顔を上げる。
ユウキは。
自分で聞いておきながら。
聞きたくなかった。
「そこまで聞く?」
「聞かないと終われない」
「……会った」
「それだけ?」
沈黙。
それが。
答えだった。
ユウキは目を閉じた。
胸が痛い。
想像したくない。
だから、それ以上は聞かなかった。
*
「そのあと?」
「全部終わらせた」
「いつ?」
「十一月に入る前」
「それからは?」
「誰とも会ってない」
「連絡も?」
「全部消した」
ミヤビがスマートフォンを机に置く。
「見てもいいよ」
「見ない」
「でも」
「今見ても意味ないだろ」
「……うん」
過去は。
スマートフォンから消せても。
起きたことまでは消えない。
*
しばらく。
二人とも黙っていた。
夕日が教室へ差し込む。
半年前も。
こんな時間だった。
「ユウキくん」
「うん」
「聞いていい?」
「何?」
「……嫌いになった?」
一番。
聞きたかった質問なのだろう。
ユウキは考えた。
そして。
嘘をつかなかった。
「嫌いになれない」
ミヤビが息を呑む。
「でも」
続ける。
「許せない」
ミヤビの目から。
また涙が落ちた。
「うん」
「好きだよ」
「……うん」
「今でも好き」
「うん」
「だから余計に許せない」
「……ごめんなさい」
「ミヤビが今俺だけを好きなのも、たぶん本当だと思う」
「本当だよ」
「分かってる」
「なら」
ミヤビが立ち上がりかける。
けれど。
ユウキは首を横に振った。
「分かることと、元に戻れることは違う」
ミヤビは。
もう一度座った。
*
「私、どうしたらいい?」
「俺に聞くなよ」
「……そうだよね」
「ただ」
ユウキは窓の外を見る。
「卒業式までは待って」
「え?」
「今すぐ答え出せない」
「……別れるかどうか?」
「うん」
ミヤビは。
少しだけ。
希望を見るような顔をした。
それが苦しかった。
「期待しないで」
「……うん」
「たぶん」
ユウキは。
言葉を選ぶ。
「前みたいには戻れない」
ミヤビの顔が歪んだ。
「分かってる」
「でも卒業式までは」
「うん」
「考えるから」
「……ありがとう」
何に対するありがとうなのか。
ユウキには分からなかった。
*
帰ろうとする。
教室を出る直前。
「ユウキくん」
呼び止められた。
「何?」
ミヤビは。
少し迷って。
「最後に一つだけお願いしていい?」
「内容による」
「……抱きしめてほしい」
ユウキの胸が痛んだ。
「ごめん」
ミヤビはすぐに言う。
「やっぱり忘れて」
鞄を持つ。
横を通り過ぎようとする。
その瞬間。
ユウキは。
ミヤビの腕を掴んだ。
「……一回だけ」
「え?」
引き寄せる。
抱きしめた。
半年間。
何度もしたこと。
それなのに。
こんなに苦しい抱擁は初めてだった。
ミヤビの身体が震える。
やがて。
背中に腕が回る。
「……ユウキくん」
「うん」
「好き」
「うん」
「大好き」
「……うん」
「ごめんなさい」
ユウキは。
答えられなかった。
胸元が。
ミヤビの涙で濡れていく。
「キスは?」
ミヤビが聞いた。
ユウキは黙る。
「……ごめん」
「そっか」
その一言が。
ひどく寂しかった。
抱擁を解く。
二人の距離が離れる。
ミヤビは泣きながら。
それでも笑った。
「じゃあ、卒業式に」
「うん」
「待ってる」
「……うん」
*
その夜。
ユウキは。
半年間の写真を見ていた。
最初のデート。
ゲームセンター。
クレープ。
ミヤビが書いたオムライス。
『ユウキ♡』
二人で撮った写真。
ベッドの上で眠るミヤビの横顔。
朝食。
クリスマス。
初詣。
受験の日。
全部。
楽しかった。
全部。
大切だった。
そして。
全部の裏側に。
嘘があった。
けれど。
全部が嘘だったわけでもない。
だから。
捨てられない。
写真を消せない。
*
同じ夜。
ミヤビは。
自室のベッドで。
一人だった。
昔なら。
一人の夜が怖かった。
誰かにメッセージを送っていた。
誰かに会いたかった。
でも。
今は。
誰にも連絡しない。
もう。
ユウキ以外はいらない。
皮肉だった。
やっと。
一人の人だけを好きになれたときには。
その人から。
離れなければならないかもしれない。
スマートフォンを開く。
ユウキとのトーク。
最後のメッセージは。
数日前。
『おやすみ』
それだけ。
以前なら。
ハートがあった。
『大好き』があった。
『来週もキスしよう』があった。
ミヤビは入力する。
『おやすみ、ユウキくん』
送ろうとして。
やめた。
全部消す。
今は。
自分から近づく資格がないと思った。
*
それから。
卒業式までの二週間。
二人は一度も二人きりで会わなかった。
金曜日も。
ミヤビは教室へ来なかった。
初めてだった。
九月からずっと。
毎週来ていたのに。
放課後。
ユウキは一人で教室に残っていた。
時計を見る。
午後四時。
扉は開かない。
四時半。
開かない。
五時。
開かない。
「……来ないのかよ」
自分で。
来るなと言ったようなものなのに。
寂しかった。
スマートフォンを見る。
通知はない。
そして。
その瞬間。
ユウキは気づいた。
金曜日が好きだったのは。
ミヤビだけではない。
自分も。
ずっと。
金曜日を待っていた。
*
卒業式前日。
午後十一時五十八分。
ユウキのスマートフォンが震えた。
ミヤビ。
二週間ぶりのメッセージ。
『明日、卒業式だね』
ユウキは。
しばらく画面を見る。
そして。
『そうだな』
返信。
すぐ既読。
『半年間ありがとう』
その文章に。
胸が締めつけられる。
まるで。
もう答えを知っているみたいだった。
『まだ明日あるだろ』
送る。
長い間。
返事がなかった。
やがて。
『うん』
そして。
『明日、ちゃんと笑うね』
最後に。
ハートはなかった。
*
翌朝。
三月。
卒業式。
ユウキは制服に袖を通す。
鏡を見る。
半年。
たった半年。
それなのに。
高校三年間の中で。
一番濃い時間だった。
始まりは。
数学だった。
いや。
数学ですらなかった。
一つの嘘だった。
そして今日。
その嘘から始まった恋に。
答えを出す。
校門の前。
桜には。
まだ少し早い季節。
制服姿の生徒たち。
笑い声。
写真を撮る音。
その中に。
ミヤビがいた。
友達に囲まれて。
いつもの。
学年一の美少女の笑顔。
そして。
目が合った。
笑顔が消える。
ミヤビは。
ほんの少しだけ。
頭を下げた。
ユウキも。
小さく頷いた。
数時間後。
卒業式が終わる。
そして二人は。
初めて話した教室で。
高校生活最後の金曜日ではない日に。
もう一度。
二人きりになる。
そこで。
ユウキは。
半年間ずっと好きだった少女に。
**「別れよう」**
と告げることになる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




