第1期 第10話 土曜日の彼女
『佐藤ユウキくんですよね』
『仁科ミヤビと付き合ってるって、本当ですか?』
その二行だけなら。
悪戯だと思えたかもしれない。
問題は、その次だった。
一枚の写真。
知らない男。
その隣にいる、仁科ミヤビ。
見間違えるはずがない。
長い黒髪。
整った横顔。
ユウキが好きになった少女。
そして写真の下には、撮影日が表示されていた。
十月十二日。
土曜日。
ユウキとミヤビが恋人になった――。
その翌日だった。
*
「……なんだよ、これ」
三月。
卒業式まで三週間。
午後十一時十八分。
自室のベッドに腰掛けたユウキは、画面を見つめていた。
写真だけなら。
友達。
そう言われれば、それまでだ。
男女二人で会っただけで浮気だと決めつけるつもりはない。
けれど。
思い出してしまった。
あの日。
ミヤビはユウキの部屋から帰るとき。
『予定がある』
と言った。
別の日には。
スマートフォンに男から届いた。
『明日はいつもの場所でいい?』
そして。
何度も聞いた。
金曜日はユウキくんだけ。
その言葉。
「……金曜日は?」
胸の奥に。
嫌なものが広がっていく。
なぜ。
『私はユウキくんだけ』
ではなく。
『金曜日はユウキくんだけ』
だったのか。
考えすぎだ。
そう思いたい。
スマートフォンが震えた。
送り主は。
ミヤビ。
『勉強終わった?』
いつも通りだった。
『終わった』
『電話していい?』
指が止まる。
いつもなら即答する。
今日は。
できなかった。
『眠いから明日にしよう』
嘘をついた。
すぐ返信。
『そっか』
『おやすみ、ユウキくん♡』
ユウキは。
『おやすみ』
とだけ返した。
*
眠れなかった。
写真を何度も見る。
そして。
知らないアカウントへ返信した。
『あなたは誰ですか?』
既読。
しばらくして。
『昔、仁科と付き合ってた人間です』
ユウキの喉が乾いた。
『いつまで?』
長い間。
返事がない。
やがて。
『去年の10月末くらいまで』
心臓が。
一度、大きく鳴った。
十月末。
自分たちが付き合い始めたのは。
十月十一日。
重なっている。
『ミヤビは俺と付き合っていました』
打つ。
『10月11日から』
既読。
返信。
『やっぱり』
そして。
『俺と別れたのは、それより後です』
ユウキは。
スマートフォンを伏せた。
見たくなかった。
*
翌朝。
学校。
廊下の向こうにミヤビがいた。
いつもなら。
目が合う。
すれ違う。
そのあと。
『今見てたでしょ♡』
そんなメッセージが来る。
今日も。
目が合った。
ミヤビが小さく微笑んだ。
ユウキは。
笑えなかった。
そのまますれ違う。
十秒後。
スマートフォン。
『今日どうしたの?』
ユウキは返信しなかった。
*
昼休み。
『怒ってる?』
午後一時。
『私なんかした?』
午後三時。
『ユウキくん』
そして。
放課後。
教室から人がいなくなったころ。
「ユウキくん」
声がした。
顔を上げる。
ミヤビがいた。
「……どうした?」
「それ、私の台詞」
いつもの笑顔がない。
「朝から変だよ」
「そう?」
「メッセージも返してくれない」
「ごめん」
「謝ってほしいんじゃない」
ミヤビが近づく。
「何かあった?」
ユウキは。
彼女を見る。
この半年。
何度もキスした顔。
好きだと言った相手。
卒業しても。
大学生になっても。
一緒にいたいと思った少女。
「ミヤビ」
「うん」
「聞きたいことある」
その瞬間。
ミヤビの表情が変わった。
ほんの少し。
怯えた。
ユウキは見逃さなかった。
「去年の十月十二日」
ミヤビの顔から。
血の気が引いた。
「……何?」
「土曜日」
「……」
「誰と会ってた?」
沈黙。
それだけで。
ユウキには十分だった。
「男?」
「……ユウキくん」
「男だったんだな」
「待って」
「付き合ってた?」
「話を――」
「付き合ってたのかって聞いてる」
声が強くなる。
ミヤビが肩を震わせた。
ユウキは。
自分でも驚くくらい。
冷静だった。
いや。
冷静になろうとしていた。
「……付き合ってた」
小さな声。
聞きたくなかった答え。
「俺と付き合い始めたの十一日だよな」
「うん」
「翌日だよな」
「……うん」
「じゃあ」
ユウキは喉を鳴らす。
「二股してたってこと?」
ミヤビは答えなかった。
「答えて」
「……うん」
たった一文字。
それだけで。
半年分の思い出に。
亀裂が入った。
*
「いつまで?」
「……十月の終わり」
「二週間くらい?」
「うん」
「なんで?」
ミヤビの瞳に涙が溜まる。
「終わらせようとはした」
「でも終わらせなかった」
「怖かったの」
「何が?」
「一人になるのが」
ユウキには。
意味が分からなかった。
「俺がいただろ」
その一言で。
ミヤビの涙が落ちた。
「……そうだよね」
「俺じゃ足りなかった?」
「違う!」
初めて。
ミヤビが大きな声を出した。
「違うの」
「じゃあ何」
「私がおかしかったの」
「……」
「ユウキくんが足りなかったんじゃない」
涙を拭う。
「私が、誰か一人を信じることができなかった」
「それで二股?」
ミヤビは。
答えられない。
「俺に好きって言って」
「……うん」
「俺とキスして」
「うん」
「次の日に別の彼氏と会った?」
「……ごめんなさい」
胸の奥が。
冷たくなった。
*
「じゃあさ」
ユウキは聞いた。
「金曜日はユウキくんだけ、って言ってたよな」
ミヤビの身体が固まる。
「……言った」
「あれ、どういう意味?」
「それは」
「金曜日以外は?」
「……」
「ミヤビ」
返事がない。
「まさか」
頭の中で。
点が繋がっていく。
最初。
数学を教えてほしいと言われた日。
金曜日。
次も金曜日。
付き合ってからも。
金曜日。
『金曜日は絶対に私と会って』
『金曜日はユウキくんだけ』
ずっと。
ずっと金曜日だった。
「……俺が金曜日だったから?」
ミヤビの顔が。
絶望に染まった。
「ユウキくん」
「何それ」
「聞いて」
「俺、何番目だったの?」
「違うの」
「何が違うんだよ」
「今は違う!」
その言葉。
今は。
ユウキの胸が凍る。
「今は?」
言ってしまったことに。
ミヤビ自身が気づいた。
「じゃあ昔は?」
「……」
「何人いた?」
沈黙。
「二人?」
返事がない。
「三人?」
ミヤビが唇を噛む。
「……何人?」
「言いたくない」
「俺には知る権利ない?」
「そうじゃない」
「じゃあ教えて」
「……」
長い。
長い沈黙。
そして。
ミヤビの唇が震えた。
「……六人」
ユウキは。
一瞬、意味を理解できなかった。
「俺以外に?」
ミヤビは。
首を縦に振った。
「……六?」
「うん」
「じゃあ俺入れて」
言いたくない。
その数字を。
それでも。
口から出た。
「七人?」
ミヤビが泣きながら。
頷いた。
*
音が消えたような気がした。
教室。
夕方。
二人だけ。
ユウキは。
机に手をついた。
「曜日ごと?」
聞いた。
自分でも。
なぜそんな質問が出たのか分からない。
ミヤビは。
答えなかった。
「……そうなの?」
「……うん」
「月曜から?」
「うん」
「日曜まで?」
「……うん」
そして。
ユウキは。
笑った。
笑うしかなかった。
「だから金曜日だったのか」
「ユウキくん」
「俺が数学得意だったからじゃない」
「最初は――」
「金曜日が空いてたから?」
ミヤビが。
何も言えなくなる。
それが。
答えだった。
*
ユウキは。
半年前の最初の日を思い出した。
『数学、教えてくれない?』
嬉しかった。
学校一の美少女が。
自分を選んでくれた。
そう思っていた。
『また勉強教えてね』
『来週も』
『金曜日』
全部。
違った。
「……俺じゃなくてもよかった?」
「違う」
「空いてた金曜日を埋められるなら」
「違う!」
「誰でもよかった?」
「違うって!」
ミヤビが。
ユウキの制服を掴んだ。
「最初は……そうだったかもしれない」
「……」
「でも途中から違った!」
涙が落ちる。
「本当に好きになったの」
「いつから?」
「分からない」
「俺と付き合う前?」
「……たぶん」
「なのに六人切らなかった?」
「切れなかった」
「俺と付き合ったあとも?」
「……うん」
「俺の家に泊まったあとも?」
ミヤビが黙る。
ユウキの声が震えた。
「答えて」
「……一人だけ」
その言葉で。
何かが。
完全に壊れた。
*
「帰る」
ユウキは鞄を持った。
「待って」
「今日は無理」
「お願い」
腕を掴まれる。
反射的に振りほどいた。
ミヤビが傷ついた顔をする。
その顔を見ることすら。
今は苦しかった。
「触らないで」
「……っ」
言ってから。
ユウキ自身の胸も痛んだ。
でも。
謝れなかった。
「ユウキくん」
「今は話したくない」
「でも」
「俺、今何言うか分からないから」
ミヤビは。
動けなくなった。
ユウキは教室を出る。
背後。
「待って」
泣き声。
それでも。
振り返らなかった。
*
その夜。
ミヤビから。
何十件もメッセージが来た。
『ごめんなさい』
『最初は本当に最低だった』
『でも今は違う』
『他の人とは全部終わってる』
『去年の秋から誰とも会ってない』
『信じてもらえないと思うけど』
『ユウキくんだけが好き』
『お願い』
『話したい』
『嫌いにならないで』
最後。
午前二時十四分。
『会いたい』
ユウキは。
一件も返せなかった。
*
ベッドに横になる。
目を閉じる。
思い出す。
初めてのキス。
初めて抱きしめた夜。
初めて同じ朝を迎えた日。
『ユウキくんだから、いいの』
『大好き』
『ずっと一緒にいたい』
嘘だったのか。
全部?
いや。
たぶん違う。
そこが。
一番苦しかった。
きっと。
あの瞬間のミヤビは。
本当に自分を好きだった。
本当に幸せそうだった。
それなのに。
同時に。
自分を裏切っていた。
*
翌日。
ミヤビは学校を休んだ。
その次の日も。
月曜日。
登校してきた。
廊下の向こう。
目が合う。
以前なら。
学校では他人のふりをして。
あとからメッセージが届いた。
今日は。
ミヤビが。
その場で立ち止まった。
そして。
ユウキの方へ歩いてきた。
周囲には生徒がいる。
それでも。
「ユウキくん」
初めて。
学校で。
皆の前で。
名前を呼んだ。
ざわめき。
ミヤビは気にしなかった。
「金曜日」
声が震える。
「……会ってくれる?」
ユウキは。
すぐには答えられなかった。
「全部話す」
ミヤビは言う。
「隠してたこと、全部」
「……」
「それを聞いて」
涙を堪える。
「それでも無理なら」
唇が震える。
「ちゃんと諦めるから」
ユウキは長い間。
彼女を見つめた。
そして。
「……分かった」
答えた。
*
卒業式まで。
あと二週間。
次の金曜日。
始まりと同じ曜日。
二人はもう一度。
向かい合う。
ミヤビは。
なぜ六人もの相手を同時に求めていたのか。
なぜユウキを七人目にしたのか。
そして。
いつから。
空いていた金曜日の少年が。
他の誰とも違う存在になったのか。
すべてを話す。
ただし。
真実を知ることと。
許せることは。
同じではない。
そして卒業式の日。
ユウキは。
半年間続いたこの恋に。
最後の答えを出すことになる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




