アナザーストーリー:姉と妹の代償
零の過去に何があったのか……
地下第五層の実験室は、死んだように冷えていた。
零は姉の手を、痛いほど強く握りしめていた。小さな手が震え、姉の温もりにすがりつく。
「零……怖くないよ。大丈夫だからね」
優しく微笑んだのは、姉の澪。零より三歳年上で、柔らかい銀色の長い髪が印象的な、零にとって世界で一番優しい人だった。
二人は孤児だった。ある日突然、魔力適正があると判定され、ここに連れてこられた。以来、毎日、痛い注射と、熱い魔力の注入と、吐き気がする検査に耐え続けていた。
「今日が最終調整だって。私が先に行くから、零は後でいいよ」
「……嫌。澪姉ちゃんも怖いんでしょ? 私も一緒に行く」
零の声が涙で掠れた。澪は零の頭を優しく撫で、額にキスをした。
「私は平気。零を守るために生まれてきたみたいなものだから。……笑って生きてね。誰かを好きになって、普通の女の子として」
澪はいつもそう言って、零の分まで実験を引き受けてくれた。零の適正値がやや低かったからだ。姉は零を守るために、自らを「より優れた実験体」に仕立て上げようとしていた。
最終調整室。
ガラス張りにされた部屋の中に、澪が一人で立たされた。無数のチューブが体中に刺さり、星の泉から引かれた青黒い魔力が容赦なく流れ込んでいく。
零は観察室のガラスに両手を叩きつけ、絶叫した。
「やめて! 澪姉ちゃんを返して! お願い……お願いだからぁっ!」
研究員の一人が、モニターを見ながら冷たく言った。
「適正値Aランク。優秀な献体だな」
もう1人の研究員が答える
「ああ、始めるとするか」
澪は激しい痛みに顔を歪めながら、それでも零に向かって微笑もうとした。唇が震え、目から大粒の涙が溢れていた。
「零……愛してるよ。私の可愛い妹……絶対に、生きて……」
「澪姉ちゃん……!」
次の瞬間、魔力の出力が限界を超えた。
澪の体が、文字通り崩壊し始めた。
皮膚が裂け、肉が内側から爆発するように盛り上がり、骨が折れる音がガラス越しにも響いた。美しい銀髪が一瞬で抜け落ち、目が白く濁り、血の涙を流しながら彼女は獣のような叫びを上げた。
「うああああああっ!! いた、い……零……!!」
零は床に崩れ落ち、声を枯らして泣き叫んだ。
「やめてえええっ!! 澪姉ちゃんを殺さないで!! 私の澪姉ちゃんを返してよおおおっ!!」
ガラスの扉が開いた時、そこにいたのは「姉」ではなかった。
不定形の肉の塊。ところどころに人間の指や、目のような器官が残っている、醜く蠢く塊。
それでも、その塊は微かに声を出した。
「……零……イキテ……」
零は床に突っ伏し、嗚咽と吐き気で体を震わせながら、ただただ泣き続けた。
その夜、零自身にも最終調整が行われた。姉が失敗したことによりそれが代償となり零の魔力は異常なまでに強くなった。青い光が掌に宿り、研究員たちが「成功例」と呼んだ。
研究員たちは満足げに言った。
「これでNo.07も完成だ。洗脳処理を施せ。以後、星の泉の守護者として利用する」
肉塊となった姉は地下最下層「失敗者収容区」に封じられた。零は力などいらなかった。ただ、澪の温かい手を、もう一度握りたかっただけだった。
零は力の代わりに、すべてを失った。
それから数年間、零は施設に洗脳され、命令に従う「黒服」として利用され続けた。心を殺され、感情を抑え込まれ、ただの道具として。
しかし、スターライト・パークで鈴木葵という少女を見た瞬間——すべてが変わった。
優しい笑顔、柔らかい声、誰かを守ろうとする眼差し。
葵の姿に、零は澪の幻影を重ねて見た。
その瞬間、長い間かけられていた洗脳の鎖が、音を立てて砕けた。
胸の奥から、熱い感情が溢れ出した。
——もう、誰も失わせない。
——澪姉ちゃんが犠牲になったこの力を、今度こそ正しく使う。
零は静かに拳を握りしめた。
肉塊となった澪が、今も地下で「零……」と呼んでいる声が、彼女の背中を押していた。
朝8時に投稿していきます。
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