第7話 No.00の影
零が休憩を切り上げてから、わずか十数分しか経っていなかった。
三人が次の通路に入った瞬間、空気が一変した。魔力の密度が急激に高くなり、星の照明が不規則に明滅する。
「……来るわ。大物よ」
零の声が緊張でわずかに掠れた。
前方から、重く、ゆったりとした足音が響いてきた。
黒服のリーダー——コードネーム No.00、影崎零一が、ゆっくりと姿を現した。その後ろには、先ほどよりも多いぬいぐるみたち——クマ型四体、狼型五体、そして異形の星の妖精型が三体——が従っていた。
零一の唇が、薄く歪んだ。
「No.07。随分と下らない玩具と遊んでいるようだな」
零の表情が強張った。彼女は無意識に一歩後退していた。
「……零一……!」
「ほう、覚えていてくれるとは光栄だ。」
零一は右手に青黒い魔力の球を浮かべ、悠然と歩み寄ってきた。その威圧感は、これまで出会った黒服とは明らかに格が違った。
「零さん!」
翔太が叫んだ瞬間、戦闘が始まった。
零一が手を軽く振るだけで、青黒い魔力の波がホール全体に広がった。零が全力で盾を展開したが、衝撃で彼女の体が吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ぐあっ……!」
続けてぬいぐるみたちが一斉に襲いかかってきた。蓮は狼型二体に飛びかかられ、必死に振りほどこうとするが、力任せでは抑えきれない。翔太は葵の亡骸を庇いながら鉄パイプを振り回すが、クマ型の巨体に弾き飛ばされた。
零が立ち上がり、魔力の刃を連発するが、零一はほとんど動かず、全てを魔力の壁で受け流した。
「所詮はNo.07……澪の代償で手に入れた力など、この程度か」
零一の言葉に、零の動きが一瞬止まった。
「……澪姉ちゃんの、代償……?」
「ふん。まだ気づいていないのか? あの女は自ら望んで肉塊になった。お前を守るために、実験の優先順位を書き換え、魔力を過剰に受け入れた。愚かな犠牲だ」
零の瞳が大きく見開かれた。
「嘘……そんなはず、ない……!」
動揺した零の隙を突き、零一の魔力弾が直撃した。零は胸を押さえて膝をつき、血を吐いた。
翔太と蓮もボロボロだった。蓮の右腕は深く裂かれ、翔太は額から血を流しながら立ち上がろうとしていた。
零は地面に手をつき、震える声で言った。
「……澪姉ちゃんが、自ら……? 私のために、肉塊に……?」
零の顔から血の気が引いていった。瞳が大きく見開かれ、息が荒くなる。
「嘘……嘘だ……そんな……」
呼吸が乱れ、肩が激しく上下し始めた。過呼吸の症状だ。掌に灯っていた青い魔力が、ふらふらと明滅して消えかかっている。
「零さん!?」
翔太が叫んだが、零は反応しない。ただ、震える唇で繰り返すだけだった。
「……お姉ちゃんは……私のせいで……私のために……ああ……」
零一はそんな零を見て、満足げに笑った。
「ようやく理解したか。愚かな姉と、愚かな妹だな。——後は玩具どもに任せる」
彼はぬいぐるみたちに短い指示を出すと、悠然と背を向け、通路の奥へ去っていった。
残されたのは、十体近い凶暴化したぬいぐるみたち。クマ型、狼型、異形の妖精型が一斉に三人に迫ってくる。
「零さん! 立って!」
翔太が叫んでも、零は床に手をついたまま、過呼吸を繰り返して動けない。彼女の目には、もう戦う意志がほとんど残っていなかった。
蓮が血を流しながら前に出た。
「翔太……! 俺が時間を稼ぐ。お前は零を連れて下がれ!」
「待て! 逃げても意味がない!」
翔太は必死で周囲を見回した。
翔太は歯を食いしばり、必死で頭を回転させた。零と蓮はもう満足に動けない。この状況で正面から戦ったら確実に全滅する。
(どうする……どうすれば……!)
その時、翔太の視線がホールの天井と壁際に止まった。
ホール全体に張り巡らされた太い配管と、床に流れている黒く粘つく魔力液体——これが唯一の突破口だった。
「蓮! 右側の配管を狙って金属棒を投げろ! 俺は左側から液体を誘導する!」
蓮は傷ついた体で金属棒を拾い、全力で投げつけた。バスケの投擲力で、配管の継ぎ目に命中。液体が勢いよく噴き出し始めた。
翔太は倒れていた黒服の警棒を拾い、地面を叩いて火花を散らしながら、液体が溜まっている場所へ誘導した。
「来い……こっちだ!」
ぬいぐるみたちが二人に集中する中、翔太はギリギリのところで液体溜まりの中心まで後退。蓮がもう一本の金属棒で激しく地面を擦り、大きな火花を発生させた。
——瞬間、床が青白い炎の海と化した。
魔力を帯びた液体が一気に燃え上がり、ぬいぐるみたちを飲み込んだ。咆哮と断末魔がホールに響き渡る。炎は予想以上に勢いを増し、ぬいぐるみたちの体を次々と溶かしていった。
翔太と蓮は必死に零を支え、燃えるホールから這うように脱出した。
通路の奥で三人は崩れ落ちた。
零はまだ過呼吸が収まらず、壁に寄りかかったまま小さく震えていた。瞳は虚ろで、唇が微かに動く。
「……私のせい……澪姉ちゃん……全部、私の……」
翔太は零の肩に手を置き、必死に声をかけた。
「零さん……今は休んで。俺たちでどうにかしたから……」
蓮は血まみれの肩を押さえながら、苦々しい顔で零を見ていた。自分の無力さと、零の崩れ方に、複雑な感情が渦巻いているようだった。
星の冷たい照明の下、三人は傷つき、疲れ果て、沈黙に包まれていた。
21時に投稿していきます。
もう一つの作品も投稿してますので良ければおねがいします!
面白かったらブックマークしていただけると励みになります!
誤字等あれば指摘してくださると助かります。
次回もよろしくお願いします。




