第6話 小さな牙と、零の記憶
零が「何か来るわ」と言ってから、数分が経過した。
三人は身を低くして周囲を警戒していたが、最初に現れたのは大した敵ではなかった。
子供向けのアトラクションから逃げ出してきたような、小型のぬいぐるみ——星の妖精型が五体と、ウサギ型が三体だった。サイズは人間の子供程度だが、目が赤く光り、鋭い爪を生やして襲いかかってくる。
「来る! 数は少ないけど油断しないで!」
零が青い魔力の刃を展開して先頭に立ち、二体の妖精を瞬時に切り裂いた。翔太は鉄パイプを拾ってウサギ型の注意を引き、蓮が力任せに一匹を地面に叩きつけて頭部を踏み潰した。
戦闘自体は短時間で終わったが、三人ともすでに疲労が溜まっていた。
特に蓮は肩を少し痛めていて、動きに精彩がなかった。翔太は葵の亡骸を背負い続け、息が上がっていた。
戦闘が終わると、零は壁に背中を預けて座り込んだ。珍しく、疲れた様子がはっきり見えた。
「……少し、休むわ。ここは安全そう」
三人は壊れたベンチの周りに腰を下ろした。短い沈黙の後、翔太が零に尋ねた。
「零さん……お前、なんでそんなに強いんだ? 他の黒服は警棒とかしか使ってなかったのに、お前は魔
力みたいなものを自由に使ってる。どうしてだ?」
零は膝を抱えるようにして、遠い目をした。星の照明が彼女の銀髪を青白く染めている。
「……いいわ。少しだけ話す」
彼女は静かに語り始めた。
「黒服になるには、二つの条件が必要だった。一つは『魔力適正』。生まれつき、星の泉の力をある程度受け入れられる体質であること。そしてもう一つ……」
零の声がわずかに低くなった。
「血縁の代償。適正を持つ人間一人につき、血の繋がった人間一人を捧げなければならない。泉の力は、ただでは与えられない。必ず『等価』を要求する」
翔太と蓮が息を飲んだ。
「私は……姉と一緒に実験施設に連れてこられた。姉は私より適正が高かった。でも、最終調整の時、姉は泉の魔力に飲み込まれて……肉塊になった。まだ息はしている。でも、もう人間の形じゃない。地下の最下層で、ただ蠢いている」
零の指が、膝の上で小さく震えた。
「私は失敗した姉が代償となったおかげで、こうして魔力を使えるようになった。姉と引き換えに……力を手に入れた」
重い沈黙が落ちた。
蓮が低く呟いた。
「……そんな、クソみたいな話があるかよ」
零は自嘲するように小さく笑った。
「ええ、クソみたいな話よ。でも、それだけじゃない。上層部の人間や、一部の特別な黒服は、もっと残忍な方法で力を得ているって噂がある。血縁だけじゃなく……もっと多くの命を、意図的に捧げて力を増幅させているらしい。私なんか、まだ可愛い方よ」
翔太は言葉を失っていた。零の横顔を見ながら、彼女がどれだけのものを背負って生きてきたのかを、初めて少しだけ理解した気がした。
零は立ち上がり、短く言った。
「もう休憩は終わり。泉はまだ遠い。この先、もっと強い敵が待っているはずよ」
三人は再び歩き始めた。
零の背中はいつもより少し小さく見えた。翔太は葵の亡骸の重みを改めて感じながら、胸の内で誓った。
(絶対に……泉まで辿り着く)
蓮は無言で後ろを歩きながら、零の話と自分の無力さを噛みしめていた。その瞳の奥で、暗い感情がゆ
っくりと渦を巻き始めていた。
朝8時に投稿していきます。
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