第9話 残酷な鎖
零が立ち直ってから少し進んだところで、冷たい笑い声が通路に響いた。
「まあ、随分と人間らしい顔をするようになったじゃない、零」
声がする方向には、女が立っていた。
左胸にはNo.05と刻印がある。
長く艶やかな黒髪を後ろで一つにまとめ、冷たい目つきと冷笑を浮かべた薄い唇が印象的な女性。
零の表情が一瞬で強張った。
「……沙耶香」
「名前で呼ぶんじゃないわ、下等な失敗作」
No.05・沙耶香は嘲るように笑った。
「零のことを見下していた黒服の一人」として、零は彼女をよく知っていた。
昔から零を「澪の代償で力を貰っただけの出来損ない」と見下し、機会があるたびに虐げてきた人物だ。
「反逆した挙句、ただの人間どもとつるむなんて……本当に救いようがないわね」
零の拳が震えた。
沙耶香は昔から零のトラウマを的確に突き、精神的に追い詰めるのが得意だった。
沙耶香は優雅に歩み寄りながら、楽しげに口元を歪めた。
「もうやめなさい、沙耶香……!」
「やめるわけがないでしょう?」
沙耶香が指を軽く振ると、無数の青黒い鎖が空間から出現し、三人を襲った。
戦闘が始まった。
零が素早く魔力の刃を展開して応戦したが、沙耶香の鎖は異常な速さと精度で動き、零の攻撃をことごとく絡め取った。
鎖の一撃が零の左肩を深く抉り、血が噴き出す。
零が苦痛の声を上げて後退した隙に、別の鎖が彼女の両足を捕らえ、壁に叩きつけた。
「零さん!」
翔太が叫び、近くに落ちていた金属棒を握って沙耶香に突進した。
しかし沙耶香は嘲笑を浮かべ、軽く手を払うだけで翔太を吹き飛ばした。
「ぐあっ……!」
翔太の体が壁に激突し、背負っていた葵の亡骸が勢いよく放り投げられた。
葵の体は床に転がり、白いワンピースが血と埃で汚れる。
「葵っ……!」
翔太が這うようにして葵に近づこうとした瞬間、沙耶香の鎖が彼の両腕と胴体を強く拘束した。鎖が肉に食い込み、激痛が走る。
蓮も同様に鎖で床に縫い付けられ、動けなくなっていた。
「動かないで。抵抗すればするほど、鎖が肉に食い込むわよ」
沙耶香はゆっくりと歩み寄り、三人を見下ろした。
「私の能力を教えてあげるわ。『拘束と分解』。触れた対象を魔力の鎖で完全に拘束し、細胞レベルで分解できる。特に死体を弄ぶのが好きでね。綺麗な死体を、ぐちゃぐちゃの肉片に変える瞬間がたまらないの」
沙耶香は、翔太が背負っていた葵の亡骸に視線を落とした。
「この子、随分と可愛い顔をしているわね。」
「ふふっ……なるほど。死んだ少女を生き返らせようとしてるのね。星の泉で蘇生を試みるなんて、随分と馬鹿げた夢を見ているわ」
零が歯を食いしばって言った。
「沙耶香……やめなさい!」
沙耶香は細い指を葵の胸元に近づけた。
指先から青黒い魔力がゆっくりと染み出していく。
「まずはこの子を、肉の塊に変えてあげましょうか。星の泉で蘇生なんて、させないわ」
零が鎖に縛られたまま、血を吐きながら叫んだ。
「やめなさい……沙耶香! あの子に……触らないで……!」
沙耶香は振り返り、残酷な笑みを浮かべた。
「見てて、No.07。あなたが大切に思っているものが、どれだけ無力に壊されていくかを」
青黒い魔力が、葵の亡骸に触れようとしていた。
翔太の目が、激しく見開かれた。
「……やめろ……やめてくれ……!!」
その絶叫が、通路に虚しく響き渡った。
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