導かれし混沌①
フィアテルは本土の大陸から船で二日以上かかる遠い島国だった。
王都と呼ばれる中心部から高い石壁が立ち、四方に分かれた区域をしている。空中から見ると『四つ葉のクローバー』のような形となるらしい。
残念ながら旅人である私たちは王都へは入場させては貰えなかったので、比較的穏やかな性格の者たちが住むという右下の街を探索することにした。
そこは『ロイド』という街で、アーチ状の門から入場することとなった。
カラッとした空気、温暖なその気候は船に乗っていた頃から感じていたが、日本でいうところの初夏を感じさせてくれる。
すぐ目の前には大きな噴水と様々な種類の樹木が立ち並ぶ広場があった。
低木は綺麗な丸形に切りそろえられ、側では子供たちが元気に駆け回り、並べられたベンチには母親らしき女性が穏やかな様子で編み物をしている。
広場から続く大通りには、道に沿うように石造りのアパートのような背の高い建物がずっと遠くまで一直線に並んでいた。
石壁の色は様々で、おもちゃのブロックを積んだみたいにカラフルなものや、中には植物などの絵があしらわれたものもあり、お洒落な雰囲気を醸し出している。
後は他の地域と大差ないように思える。和装のニンジャやサムライが存在していないのは残念だが、雰囲気は和やかでとても気に入った。
「まずは宿屋を探しましょうか」
疲れた様子のアズラと一緒に歩き始めた時だった。
「はいはいはい」と言う軽快な声と手を打つ音を響かせながら、お腹がでっぷりと出たスキンヘッドのおじさんが近寄ってきた。
何かしらと問いかければ、おじさんは両手をにぎにぎとさせながら笑む。
「ご両人。あなた方は他国からいらっしゃった。――違いますか?」
「……ええ、そうよ。わたくしはホワイティア出身ですの」
「なるほど。それで、どうでしょう。この街の雰囲気は、気に入って頂けそうですかな?」
私はアズラと顔を見合わせる。彼は相変わらずの無表情なので、相手の方へと視線を戻してから「うん」と頷いた。
おじさんは「ほいほいほい」と軽快な声を上げて満足げな表情である。その輝かしい笑顔を崩さずに口を開く。
「この大地を、我が故郷の風景をもっと良くご覧ください。大変、美しいでしょう?」
「そうね、とても気に入ったわ」
「おお、おお、おお~っ!」
このおじさんは、どうしてさっきから軽快に同じ言葉を繰り返すのかしら。しかも、このハイテンション……謎だわ。
そんなことを考えていると、おじさんがでっぷりとしたお腹を撫でながら言う。
「これから、わたしの組合へいらっしゃいませんか!?」
「組合? 冒険者ギルドかしら?」
「さぁさぁさぁ。こちら、こちら。どうぞーっ!」
おじさんはその体格からは想像できないように華麗なステップを踏みながら、鼻歌交じりに進行していく。
「ねぇ、アズラ。どうしましょうか?」
彼と再び顔を見合わせる。アズラは「分からん」とばかりに頭を横に振った。
「じゃあ、行ってみましょう。あのおじさんってば、なんだかとっても気になるの」
とりあえず、おじさんの後に続くことにする。すでに遠巻きのようにとなっている俊足の背を二人で追いかけた。
不思議なおじさんに導かれて辿りついた場所は冒険者ギルドではなかった。
四角い形の一軒家のような建物。壁には白い花弁と黄色い筒状花のマーガレットが描かれており、屋根の辺りに大きな看板がある。
看板に書かれている『タイオウ』という謎の文字を見て、首を傾げた。
「ここは何の組合なのかしら?」
「はいはいはい、わたしが働いているタイオウ組合でございますよ。さっどうぞ、お入りくださいね!」
それは全く答えになっていない。彼のテンションに促されるまま、扉を潜る。
すぐ目の前にあったのはギルドにもあるような受付だった。
受付には栗色の髪をポニーテールのように纏めた少女が立っている。
テレジアより幾つか年上だろう彼女は、鼻の上のそばかすに触れながら照れたようにはにかむ。
「いらっしゃいませ」
次に少女はおじさんの方へ顔を向けた「この人たちがそうなの?」と声を投げる。
「ああ、そうだとも!」
おじさんはその姿からは想像できないような可愛らしいウインクをする。
少女は嬉しそうにぴょんと一回、その場で跳ねた。
「やったぁ。ついに見つけたのねっ!?」
少女はそう言うとこちらにきらきらと輝くエメラルド色の瞳を向けてきた。
「あのう、突然このようなことを質問して、失礼かも知れないのですが……。お二人はどのようなご関係なのでしょうか?」
その真っ直ぐな眼差しに戸惑いつつも、「えっ、彼は友人だけれど……」と答えた。
その言葉を受けた彼女は頬に指先をあてがいながらちょこんと可愛らしく頭を傾ける。
「じゃあ、シェアって形になるのかな?」
そんな彼女の迷言に、おじさんが「そうだろう、そうだろう」と謎の反応を返す。
なんなの、さっきから話がよく分からないし、勝手に進んでいる気がいたしますわ……。
そんな風に惑っている私にも構わず、少女とおじさんは眩しいほどの満面な笑みを浮かべていたのだった。
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少女はイルマと名乗った。
スキップし出しそうなほどご機嫌な彼女に連れられてやってきたのは、石畳の道が続く路地裏だった。
閑散とした様子を見せるその路地には民家というよりは店舗のような造りの建物が並んでいる。
その多くは閉まっており、壁や扉には何かが書かれた紙が大量に貼られていた。
目に入った紙には『閉店』の文字が、他には『休業中』とか『立ち入り厳禁』なんてものまである。
「この辺りは閉っているお店が多いですが、治安は悪くないです。裏通りに面しておりますが、ブラックマーケットなどではないので安心です。ほとんどは一階が店舗、二階が住居という構造になっています」
「へー、そうなの? ふーん……」
そんな説明をされても、薄い反応しか返してあげられない。
しかし、イルマは「そんなことはお構い無し」といった態度で薄暗い路地の先をどんどん進んでいく。
「住民の方々も気さくで良い人ばかりなんですよ。――はい、こちらがお勧めの空き家です」
笑顔の少女が片手を向けているのは、路地の一番奥まった場所。だだっ広い庭がついた一軒家である。
今まで見た建物はだいたい横一列に繋がっていたのだが、そこだけは角の方で独立するように建っていた。
階段のようなだんだんとした切妻屋根に、煉瓦造りの佇まい、いうなれば『こじゃれたレストラン』のような建築だ。
ただ、朱色の屋根は汚れて黒ずみ、ボロボロの壁にはツタが張りつき、後は庭一面に背の高い植物が生えて窓や玄関のような扉が半分ほど隠れてしまっている。
これは荒れ放題というか、かなり酷い状態だ。
「この程良い朽ち加減が良い味を出していますでしょう?」
イルマは鼻息も荒く、身を乗り出すように顔面を近づけてきた。
……も、物は言い様ですわね。
私が頬をヒキツらせるのも構わず、彼女は説明を続ける。
「一階は半分が店舗で、残りは水回りやキッチンです。二階には三部屋ございますので、お二人で暮らすには十分かと」
ニコニコと本当に嬉しそうな笑みを浮かべるイルマ。一方、こちらの頭の中にはクエスチョンマークが大量に浮かんでいる。
「二人暮らし……?」
「はい! なんと、お二人ならば家賃も半分で済みます。お得ですよっ!」
「はぁ?」
「お気に召しませんか?」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいな。意味が分かりませんわ。わたくしが誰と家賃を半分にするの?」
訝しげに彼女を見ると、イルマは「え?」と短い声を上げる。
「それは、そちらのお兄さんではないでしょうか?」
「アズラのこと? どうして?」
「はっ! まさかお一人暮らしのご予定でしたか!?」
イルマは「私、勘違いしちゃった」と不安げな様子を見せた。そんな彼女に対して首を大きく横に振る。
「一人でも二人でも暮らしませんわ。わたくしたちはこの街へ観光に来ただけなのよ?」
そのとたんにイルマの笑顔がみるみる豹変していく。青ざめた彼女はボソリと呟くように声を漏らした。
「……定住先をお探しでは、ない?」
「まさか、ありえませんわ。ねぇ、アズラ」
隣に立っていたアズラは、同意を求められて静かに頷く。
それを目の当たりにしたイルマは「ひっ、ひっ、ひっ」と声を漏らしながら後ず去っていく。
静かな路地には少女の「ええええーっ!?」という叫び声が木霊した。




