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心は付かず、されど離れない

 結局、アズラと私は「別れる別れない論争」を繰り返しながら一緒に旅を続けた。


 ――次の街まで、あの山を越えたら、この船を降りたら……。


 そんな曖昧な約束は、目的地へ到着する頃には消えてしまう。


 宿屋に着いたら疲れてベッドに倒れ込むし、起きたら次は何処へ行こうかという話しになるからだ。


 そうして都市部へ近づくに連れ、街の様子は華やかに変わっていった。


 偶然立ち寄った大きな街では、季節の催しが行われていた。

 露店で買った酒を飲み交わす男たち、伝統的な衣装で踊り舞う女たちの姿、それに混じろうとアズラの手を取ったりもした。


 まぁ、すぐに拒否されたけれどね……。


 彼は触れられることを極度に嫌がるからだ。理由の一つは「黒茨の呪いは伝染する」と人々の間で広く言い伝えられていることが上げられた。


 アズラもまた幼い頃よりそれを固く信じているという。


 その言い伝えが嘘か誠かは分からない。それでも私は笑い飛ばす。


 ――わたくしは凄腕の聖霊使いよ。魔法だけじゃなくて、あなたの呪いも完全ブロックなの!


 そう言うと彼は苦笑を返してくるが、ぜんぜん気にしたことはなかった。


 ……例えこの身が呪われようとも、アズラに触れていたいのよ。これはあえて口にしないけれどね。



「今度は、何処へ向かうつもりだ」


 宿屋の一室で朝食をとりながら、もはや日課となりつつある相談を始める。


 酸味があるフルーツテイストのジャムを塗った白パンを一口サイズに千切って食べた後、私は優雅にティーカップを傾けた。


「そうね。アズラはどんな所へ行きたいのかしら」


「……俺は、この街で最後だ。お前とは、別れる」


「あらそう?」


 アズラはいつもの無表情を浮かべたまま、うんと力強く頷いた。だが、その希望はきっと叶わないだろう。


 わたくしが側にいる限りはね……。


 香しい紅茶の味を堪能しながらそんなことを思った。



 +++


 同盟関係にある国境を越えることはそれほど難しいことではない。

 もちろん、その他の国とだって戦争をしている訳ではないのだから、きちんと手順を踏めば入国が可能だ。


 ただ、人とは違う異種族が暮らす国ではこちらと勝手がだいぶ違うらしい。地域によっては、出入りするには税金がかかったりするようだ。


 私はまだ人族が統治する国しか旅したことがないので、いわゆる『亜人』と知り合うきかっけがなかった。


 たまに猫っぽい耳と尻尾の生えた獣人族が率いている隊商キャラバンとすれ違うのだが、あまり関わる機会がない。


 なぜなら、あまり大きな声では言えないけれど、彼らはこちらに対してかなり愛想が悪いのだ。


 どうも獣と人は相容れない関係らしく、「仕方がない」とアズラは言っていた。


 しかし、同じ世界に暮らしているのだから愛想がどうのといっている訳にもいかない。


 なんといっても、この世界は各地に魔獣が出現するダンジョンが存在するのだ。そのため、人種が違っても国同士の協力は自然と必要となる。


 そこで、架け橋の一つとして冒険者が所属するギルドという組合があった。


 ギルドはダンジョンの内部構造から、魔物の生態などの情報を交換する重要な場所であり、また、持ち込まれる様々な依頼は冒険者の重要な資金源でもある。

 

 そんな冒険者ギルドに登録したのは、ずいぶん前の話だ。


 当時のテレジアは旅立ったばかり、十三歳半の子供で仲間もいない。

 だが、冒険者としてギルドに登録することはそれほど難しくなかった。


 それは私が特別な力を有しているかだからだ。


 聖霊使いというのは各方面で特別な扱いを受ける。


 冒険者ギルドでは、魔石やアイテムを換金する際や、困り事があった時の対応が怖いほど迅速かつ丁寧だ。

 こちらが恐縮してしまうぐらいには持ち上げられている。


 かつて鷲鼻の恩師が言った『聖霊使いが各方面で優遇される』とは、まさにこのことだという実感があった。


 いつも羽織っているケープの胸元につけた銀色の紋章エンブレムが聖霊使いの冒険者である証だ。


 紋章には特殊な魔法がかかっており、聖霊を持つ者の側にあると淡い光を放ち、それがギルドなど一部の組合では身分証明の役割を果たしている。


 これがあれば、取り立ててダンジョンを荒らす必要もなく、適度に魔獣を刈っていれば旅の資金に事欠くことはない。

 もしも、旅の仲間がアズラ以上に増えれば別の話だろうけれど……。



「……魔石を換金したいのですが」


 ダンジョンから帰還した後、私はそんなことを考えながらギルドの受付前に立っていた。


 相棒アズラは毎度のことながら空腹で倒れたため、一足先に宿屋で休んでいる。


 ギルドの受付にいた女性がにこやかに金銭の入った袋を手渡してくれる。彼女は続けて、「そういえばご存じですか?」と話を振ってきた。


 普通ならば、受付の者が親しげに語りかけてくることはない。個人的に仲が良いとか、実は血縁者だとかいった場合に限られるだろう。


 聖霊使いはその希少価値からか偉そうに振る舞う者がほとんどで、ギルド職員の間では「後々になって面倒事になるぐらいなら情報など喋ってしまえ」という考えが浸透しているらしい。


 これは前回に立ち寄った街の受付係りが「なけなしに」と語った内輪事情である。


 私は目の前で少し硬い表情をしている受付の女性に相づちを打つ。


「何か新しい情報が入ったのかしら?」


「新しいかどうかは分かりませんが。最近話題となっている島国のお話ですわ。聖霊使い様は、温暖と寒冷とその中間のすべてが存在する特殊な環境があることをご存じですか?」


 ――な、なんですってっ!?


 彼女の言葉は、まるで前世の故郷を彷彿とさせるものである。私はすかさず疑問を投げる。


「その特殊な環境というのは、四季がある国という認識で良いでしょうか?」


「あのう、シキという言葉は存じ上げないので、申し訳ありません。ですが、その島国、フィアテルは年月によって気候が変わる不思議なところだと噂が広まっているのです」


 その詳しい話を聞けば聞くほど日本の環境を模したような国である。実は近年まで鎖国のようなことをしていたらしく、情報が少なかったのだという。


 これは凄さまじい情報を得てしまった。もはや次の目的地は決まったも同然である。


 フィアテルが日本の江戸時代みたいに『ニンジャ・サムライ・ゲイシャ』だったらどうしよう……うふふふ、わたくし胸が躍っちゃうわ。


 そんな期待を抱きながら宿屋へと足を向けた。


 ちなみに。

 アズラは結局この街でも別れることはなかったので、いつもと変わらず仲良く旅立つこととなったのである。

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