導かれし混沌②
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
地面に額をつけんばかりの勢いで謝罪する少女。土下座はいいから、こちらとしては説明を求めたいわ。
「ねぇ、説明をお願いできない? わたくしたちは、意味が分かりませんわ」
顔を上げたイルマは涙ながらに語り始めた。
フィアテルは長らく閉ざされた孤島だった。しかし、王が代替わりすると時代に合わせた政策をとるようになり、他国と積極的な外交を始めたという。
長らく鎖国のようだった街の若者は、珍しい他国の環境に強い憧れを抱いており、次々とフィアテルから旅立つようになったという。
働き手を失った商店は次々に潰れていき、街は活気を失っていった。
どうにか街を復興するために国王は、他国の若者を定住させる案を思いついた。
そうして出来たのが、いわゆる外国人専門の不動産屋、移住者専門のタイオウ組合だった。
イルマの父親、トーマスは店長として、イルマと他従業員たちはアルバイトとして、組合を遣り繰りしていたらしい。
しかし、風変わりと噂高い王様は組合に対してとある条件を出した。三つの街でそれぞれが争い合うよう『ノルマ』を課したのだ。
それは「年間◯◯人以上定住させなければ減給し、住居の紹介件数が多い組合の待遇アップ」なんてパワハラ連発のブラック企業みたいなものだった。
イルマの組合は最近、成績が芳しくない。このままでは減給どころか、一同が解雇、従業員総入れ替えが行われてしまうという。
イルマたちは職を無くせば路頭に迷うことになる。
「……だからお父さんも必死なんです。旅人を強引に連れてくるのはこれが初めてじゃなくて。
だから私、その気がない人を連れてくるのはやめてって強く言ったんです。そしたら今朝、お父さんが契約の取れている人たちを連れてくるからよろしくと……」
そこまでを一気に話したイルマは一息をつき、それからこう続けた。
「お父さんが変に自信満々だったから、私も期待しちゃったんです。本当にごめんなさい」
彼女は地面に額をつけながら、深々と謝罪した。その必死な姿を目の当たりにしてしまうと、怒るどころか哀みの感情が出てくる。
「大丈夫ですわ、顔をお上げになって」
「うぅ、すみません」
「いいのよ、誰にだって勘違いはありますわ。それよりもお父様が心配ですわね」
「え?」
「こんなことを続けていても無意味だわ。それに、旅人が全て善人という訳ではなくってよ。一度、組合の方へ戻りましょう」
よろよろとしていたイルマを立たせてから、タイオウ組合の方へと薄暗い石畳の道を戻った。
「――お父さんっ!」
イルマがその扉を開くと、店内には授業員の女が不思議そうな顔をして立っていた。
彼女曰く、トーマスは旅人風の男たちを連れて物件紹介に出掛けたという。
「こんなこと、もうやめさせなきゃ。私、お父さんを追いかけます!」
イルマはこちらへ頭を下げてから勢いよく扉から飛び出して行った。
その場に残されたのは私たちと、授業員の女が発した「本当に大丈夫かしら」という呟きだけである。
従業員の女が不穏な眼差しを向けてくるので、その訳を聞いてみた。
詳しい事情を伺うと旅人風の男たちというのが、どうやら人族ではなかったらしい。
「布を纏っていて顔は見えませんでしたが、態度や話からみて獣人族かと……。どうも街へやってきたキャラバンの一員のようなのですが。
おかしいと思いませんか? 物件が必要だとは思えないのに是非、紹介して欲しいと言うのです」
「確かにそれは変ね?」
「トーマスさんも上手く乗せられたようで、私が止めても聞き入れてくれませんでした。だからイルマのことも心配なのです。でも私はここを離れる訳にもいかないですし……」
彼女の訴えたいことは分かった。しかし、私たちがイルマを追いかけてどうにかなる話だろうか。
どうするべきか悩んでいると、ここまで黙っていたアズラが口を開いた。
「行くんだろう?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「お前ならば放ってはおかない。そういう、面倒くさい奴だ……」
彼は「そうだろう?」と小首を傾げた。その瞳は真剣なものだ。
実は追うべきか悩んでいたけれど、彼にそう言われてしまったら答えは一つだ。
私は従業員の女へ顔を向けた。
「あなた、詳しい場所をご存じよね? 教えてちょうだい。様子を見てきてあげるわ」
+++
私とアズラが向かったのは、少しだけ街から離れた小高い丘だった。下々を見渡せば、霊園思われる墓場が一面に広がっている。
一件の朽ちた教会が、トーマスが旅人へ紹介するために出向いた物件だという。
その話を聞く限り怪しい事この上ないはずなのに、あのハイテンションおじさんはなぜ一人で行こうと思ったのか。
それほど追い込まれていたのだろうか……。
「アズラ、あれを見て」
そこには大型の荷馬車と一枚布のような衣装を纏った二人の姿。そして、彼らに刃物を突きつけられている少女、イルマがいた。
「……何があったっていうのよ」
私たちはそっと荷馬車の陰へと移動した。周囲にはどうやら一枚布の二人とイルマしかいないらしい。
荷馬車の背後に隠れていると向こうの会話が聞こえてきた。まずは少女の悲鳴じみた声だ。
「お父さんはどこなの!?」
それに男の声で答えるのは、右側にいる人物。
「あのオヤジにゃらばァ、今頃は墓地の一員に、にゃっていることだろう」
「なんでっ! どうして、こんなことをするの。あなたたちは商人ではないの!?」
必死で声を上げているイルマに対して、左側の刃物を持った人物が女の声で高笑いをする。
「獣人族が荷馬車、引いてれば、隊商という。それ、人族の思いそう。だから利用した、それを我々、盗賊が。人族、愚か也。にゃはははっ」
ちょっとだけ、気になることを言ってもいいだろうか。
……なぜ、あなたたちは猫語みたいな喋り方なの?
さて、気になることも言い終えたし、今の状況を冷静に判断してみる。
イルマは刃物を向けられているが、それは脅しだろう。殺しが目的ながらばすでに彼女は死んでいるからだ。
もう少し様子を見たい。彼らの会話からまだ情報を得られる可能性があるからだ。
アズラの方へ視線を向ける。
「もう少し様子を見るわよ」とテレパシーみたいなものを送ると彼はコクリと頷いた。
バッと上着を脱いで彼らの元へ飛び出していくアズラ。
――ちょっ! 違う、違うううう!
颯爽と登場したヒーローを見て、敵が焦ったような声を上げる。
「貴様、にゃに者だァ!?」
アズラが奴らに片手を向けて攻撃態勢を取ると、盗賊たちはイルマの腕を掴んで素早く人質に取った。彼女の首元に刃物があてがわれる。
「――なんてことっ!?」
たまらず私も荷馬車の背後から飛び出した。
「あなたたち、その子を解放なさいっ!」
そう叫んでみるが、刃物を持っていた女は気にしないように言い放つ。
「にゃはは。解放ない。これ、売り物する!」
「おい、おい! そっちの娘の方が高値になりそうなァ!?」
男の方が「にゃはにゃは」と愉快そうに手を打ち鳴らす。
「お前、こっちへ来い。さもにゃくば、こっちは殺す。ヤるぞォ、ほんとにヤるぞォ!」
男が興奮気味に声を荒げる。私はすかさず前へ出た。
「いいわ。ならイルマは解放なさい。わたくしが代わりに人質になるわ。それでいいでしょう?」
白光の聖霊を持つ私ならば、捕まってしまっても自力で逃げ出すことが出来るはずだ。とにかく先にイルマを助けなければ!
しかし、それに納得しなかったのは盗賊たちではなく、アズラだった。彼は上半身から黒茨の蔓を伸ばして言う。
「誰も、人質にはならない。俺が……」
黒茨の蔓はどんどん伸びていき、側にあった馬車の荷台に巻きついていく。
荷台が溶けるように消失し始めると、敵は焦った様子で人質から刃物を外した。
イルマは恐怖からか、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
――今がチャンスだわ!!
「白光の聖霊よっ」
すぐさまその名を呼ぶ。粒子状の白光が現れ、目を覆いたくなるような眩しい光を放つ。
閃光攻撃を受けた盗賊たちは、目を回してその場に倒れ込んだ。
その間にイルマの元へと急ぐ。
「こっちよ!」
しゃがみ込んでいた彼女の腕を引き、アズラの元へと急いで戻る。
「安全なところまで逃げるわよ!」
混乱に乗じてそう叫ぶが、グンと引っ張られたように体が動かない。
私が掴んでいた少女、イルマが対抗するように腕を反対側へと引いていたのだ。
「あなた、なにをやっているのっ」
「駄目です。お父さんを助けないと。教会です。あの中にいるって!」
「――待って、イルマっ!」
腕を振り解いた彼女は、そのまま教会の入り口へと駆け出してしまった。




