始まりの終わり
イルマの後を追った私たちが見た光景は、凄惨なものだった。
朽ちた礼拝堂の内部、壊れた木製の椅子が乱雑に詰まれた床には割れたステンドグラスの破片が散らばっており、赤黒い液体が散布していた。
天井にはシャンデリアが軋む音を立てながら揺れている。
扉を入ってすぐのところに、イルマがいた。
血にまみれた床を目の当たりにして立ち竦んでいるようである。
「……お父さん」
彼女は嗚咽を漏らしながら、よろよろとその場にへたれ込んだ。
アズラの強弱を感じさせないような呟きが響く。
「この血痕は……ずいぶん……」
その声を受けたイルマは、悲壮そうな青い顔をこちらに向けてきた。
「……おっ、おっ、お父さんが殺されちゃったぁ!」
ポニーテールにしていた栗色の髪を振り乱しながら、「うわあああ」と大泣きする少女。それは痛いほど心に突き刺さる光景だった。
その時、一番奥にある壇上から「イルマなのかぁ」という男のか細い声が響く。
そちらの方へ視線を向けると、おじさんことトーマスが教壇からひょっこりと顔を出している。
「お父さんなのっ!?」
「ああ、イルマ。すまないな、迎えに来てくれたのかい?」
「な、何を言っているの。私は、お父さんが盗賊に殺されちゃったと思ったのよ……」
「ああ、キャラバンの連中かい? 彼らならここだ」
トーマスが自分の後方を指をさす。そこへ近づいていくと、一枚布を纏った男たちが三人、のびたように倒れ込んでいた。
「奴らがここの権利書を奪おうとするので叩きのめしたんだ。でも、ちょっとお父さんも、足をね。怪我したようだ。骨にヒビが入ったかも知れなくてね、動けないんだよ」
イルマは「お父さん!」と叫びながら、父親のでっぷりした腹部に抱きついた。
その必死にすがりつく様子を目の当たりにすると、胸にこみ上げてくるものがある。
これで一件落着なのだろうか、トーマスが無事でひとまずは安心だ。
「お父様がご無事で良かったですわね。でも、この床に散らばる血の痕は一体なにかしら?」
床を注意深く眺めながら眉を八の字に潜めていると、隣に立っていたアズラがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ずいぶん……血が乾いている。時間が、経っているようだ」
「あら、アズラ。あなた、さっきはそれが言いたかったの?」
彼は素直に顎を引く。時間が経った血痕ならば、盗賊やトーマスのものではないということだ。
辺りを見た限り、とりあえず殺傷騒ぎは今行われた訳ではない。血痕はこの際、見なかったことにしよう。
「さぁ、お父様も見つかったのだし、さっさとこの陰気くさい場所から出ましょう」
私とイルマはトーマスを両側から挟むように担いで教会を出たのである。
トーマスを病院まで送り届けてからタイオウ組合へ戻った。
イルマは街の守護を担当している兵士団へと緊急連絡をするため別れた。
後から戻ってきた彼女の証言によれば、盗賊たちは残さず連行されていったという。
ただ、全てが上手くいったという訳じゃない。
アズラが倒れてしまったのはそのすぐ後だった。
彼はずっと無理をしていたようで、これは私にとって反省すべき点といえる。
イルマが、お詫び兼お礼にと彼女の自宅で休ませてくれることとなった。
食事をご馳走してくれただけはなく、「是非、このまま泊まっていってください」と強く熱望した。
その善意に甘えることにしたのがついさっきの話だ。アズラはトーマスのベッドで、私はイルマと二人で休むことになった。
眠る前に私が今まで旅してきた話を語れば、イルマも代わりにこの街での生活をたくさん話してくれた。
この街、ロイドに住む人々は大らかで優しいという。生活面でいえばとても満足した暮らしが出来ると彼女は語った。
「私が子供の頃に、お母さんが死んじゃって、お父さんは一生懸命に私を育ててくれたの」
「……まぁ、そうだったのね」
「お父さんはずっと色んな職を転々としていた。でもタイオウ組合で働けるようになってからは生活も安定して。だから、このまま仕事を続けられたらいいのにって、思うの」
彼女は目をさすりながら、最後に「お父さん」と呟いて眠ってしまった。
……わたくしも何か手伝えることがあればいいのに。そう思いながら同じように微睡んだ。
深い眠りに落ちると、頭の中には故郷であるホワイティアの風景が浮かんでいた。
夢の中でぼんやりと思う。雪に埋もれていた日々は辛かったけれど、楽しいことが無かったといえば嘘になる。
父親に抱きついて泣きじゃくっていた娘の姿。本音を言えば、二人のような親子関係が理想だった。
暗い過去は変えられない。でも明るい未来は作っていける。
両親とは縁を切ってしまったけれど、これから両親に変わる関係性を誰かと生み出していけるだろうか……。
そんな風に思ったら暮らしという日常が恋しくなってくる。
平穏な日々は旅以外でだって送れるのだ。
きっと、この街でも……。
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「はいはいはい。ご契約ありがとうございますですねっ!」
自宅のベッドに寝そべったトーマスがスキンヘッドを撫でながらいつもに増してハイテンションな様子である。
私とアズラは二人で話し合って、ある決断をした。
それはこの街、ロイドに住まいを持とうと決めたことだ。
その提案をした当初、アズラはかなり渋っていた。
もちろん私だって不安がない訳じゃないし、もっと色んな国を旅したい気持ちが萎えたということもない。
でも、自宅を持っていても旅は出来るのだから別に構わないのではないかという結論に至ったのだ。
イルマの「お店を開くと素敵じゃないですか」という提案に上手く乗せられてしまった感もあるが……。
という訳で例の物件、路地の一番奥にある店舗兼、住居を借りることになった。
危機に瀕していたタイオウ組合は、聖霊使いを定住させたことでかなり持ち直したらしい。
しかし、私たちの問題は違うところにあった。ボロボロだった住居を整備するのにかなりの時間を費やしたのだ。
ようやく住めるようになったのが夏真っ盛りとなった頃の話である。
現在は、それからさらに二月ほどが経つ。気温が下がり、木々の色合いもずいぶんと茶色くなっていた。
その頃になると店をオープンさせるための品物が必要になり、頻繁に街の外へ足を運ぶようになっていた。
この島国、フィアテル。四つ葉のクローバーの右上に当たる場所は『プィーラー』と呼ばれている。
そこはダンジョン区域であり、私は特別に少額となった家賃を支払うために度々そこを訪れながら魔物を倒して魔石を集めているのだ。
その日も同じようにダンジョンに向かったテレジアとアズラは、新たな出会いを果たすことになるのだが……。
それはまた別の機会にでも話そうかしら。




