愉快な旅の途中
翌朝。宿を後にした私たちは、今度こそ森を抜けるために移動していた。
「あなた、年齢は? おいくつですの?」
その間にいくつか聞けていなかった質問を投げてみる。
アズラは眉を寄せてから「分からない」と俄には信じ難いことを呟く。
「まぁ。だいたいで、よろしいのよ?」
「……二十数年といったところだろう」
それは驚いた。前世の私とあまり変わらないじゃないか。
予想だと三十歳とかもっと年を取っていると思っていた。
アズラの方へ視線を向けると彼は無表情のまま、緩やかに森を進んでいる。その姿から言い知れぬ哀愁が漂っていた。
ちょっと、あなた。二十代の若者には見えないわよ。そうだわ。もっと笑ったら年相応に見えるかしら?
「……布団が吹っ飛んだ」
「なんだ?」
「だから、布団がね。吹っ飛んでいってた。……ふっとんで……いったの」
「そうか、大変だったな」
アズラは笑うどころか、眉を下げて心配そうな表情となってしまう。
――ちょっともう少しマシなジョークを言えないの!?
――そんなこと言ったって、素人が芸人みたいな面白いことを言えるはずがないでしょう!
脳内で言い争っていると、彼は真面目な表情でこんなことを問いかけてきた。
「……吹っ飛んで、どうなったんだ?」
まぁ、あなた。ダジャレを真面目に解説させるおつもり?
ぴたりと立ち止まってから、彼に困り顔を向ける。
「えっと、だから、布団とね、吹っ飛んだのふっとんを掛けているの。これはジョークよ」
……でも真面目に解説してあげた。本当に私は面白味のない人間よね。
「そういうことは、よく分からない」
シュンと肩を落とすアズラ。本末転倒とはこのことである。だけど、ここで諦めるのは非常に悔しい。
こうなったら、ダジャレの神髄をくらえですわっ!
「カエルが帰る」
「……カ、カエル?」
「ラクダに乗れば楽だ」
「ラクダ? なんだ、それは」
「馬のように背に乗れる動物よ」
「なるほど……」
彼はそこでハッとしたような態度を見せた。よくやく分かってくれたのかしら、という期待の眼差しを向ける。
しかし、アズラは真顔でこう言い放った。
「お前、疲れたのか?」
「……違いますわ」
さすがにうなだれてしまう。地面へよろよろと膝をついた。
急に倒れ込んだ私を見た彼は驚いた様子である。
「なんだ、病気……怪我か? 医者、村に戻るか? いや、先に少し休む方がいいか……」
動揺したのか、珍しく饒舌になっている彼が可笑しい。後、あたふたしててなんか可愛い。
ぐふふと気持ち悪い笑みが地面へと放たれる。
しばし、無言の風が吹き荒れた。そっと顔を上げれば、アズラが「こいつ、大丈夫じゃなさそう」と言いたげな顔をしたまま固まっている。
「やだ、何よその顔。わたくしってば、ちょこっと精神的なダメージを食らっただけだから大丈夫よ。さぁ、気を取り直して元気に参りましょう!」
木の枝が目の前をゆらゆらしていて煩わしかったのでバシッ振り払ってから歩み出した。
+++
――街まではそれほど時間はかからないだろう。そんな彼の言葉を信じて獣道を進んだ。
生い茂る草木を分けながら歩く私の胸には、言い知れぬ不安感が浮上し始めている。
「ねぇ、アズラ。本当にこの道で合っていて?」
我々は未だ強い日が射している森の中だ。それどころか木々の密度が濃くなってきている。
「すまない」
「その謝罪はなに……って、なんでさっきからずっと顔を背けているのかしら」
一切こちらと視線を合わせようとしないアズラ。ちょっと、迷ったのなら正直に仰いっ!
「来た道ならば分かる……」
「それは脱獄してきた場所なら分かるという意味なの?」
ちょこんと首を傾げれば、「そうだ」という肯定の声が……。
「また、迷子なのですわ。アズラは元、冒険者でしたわね。こういう場合はどうすればいいかしら、妙案はある?」
「……あっ」
「なぁに?」
「……いや」
アズラはやっぱり顔を合わせてくれない。
だが、彼から漂う気配が「自分は焦っている」といわんばかりである。なので、先にこちらから尋ねてみた。
「何か言いたいのでしたら、どうぞ?」
「嘘だ」
「何がですの?」
「俺は、冒険者じゃない」
まぁっ、それは衝撃の事実だわ。
しかし、彼のことだから、自分を誇示するためについた嘘ではないだろう。
どうせ私を怖がらせないようにするためだとか、そういう理由で言ったに違いない。
「どうして嘘を言ったの、アズラ?」
「その方が、お前は、安心するだろうと……思った」
ほうら、やっぱりね。
――いいわ。だったら方法を変えるだけよ。
そう言うとアズラは強く拳を握り、両目をキツく閉じる動作を見せた。
「ダンジョンを探すのよ!」
人差し指を立てたら、「え?」という戸惑いのような声が返ってきた。
「急いでダンジョンへ行くわよ。日が落ちてしまったら誰もいなくなってしまうわ」
「どういう、意味だ?」
「すべこべ言わないで、早く魔物を探してちょうだい」
きょろきょろと周囲に視線を動かす。
昨日、確かに魔獣に襲われたのだ。どこかにダンジョンがあるはずだ。
アズラと私は時間をかけて探索を続けた。そうしてようやく、森に佇む怪しい遺跡を発見したのである。
苔蒸した石造りの門、そこから暗い洞窟のような道が続いていた。
そして何より、白い毛並みと赤い目をした魔獣が彷徨いていることが、ここが目的地であることの証だ。
「見つけたわ、ダンジョンよ!」
草陰からそちらへ指をさすと、アズラが「こんな所へ来てどうするんだ?」という視線を投げてきた。
「さぁ、作戦の第二段階よ。ここからは運の勝負だけれど、人を探すの。
ダンジョンあれば冒険者あり。っていう格言をご存じかしら。そして冒険者がいれば、私たちは森から脱出できるのよ!」
「助けて貰う、のか」
「ええ、一緒に街まで帰るの。良い作戦でしょう?」
「……帰る。ああ、カエル」
そこでアズラは無表情の顔をうっすらと変えた。
「あれは。お前が言う『ジョーク』だったんだな」
――えっ、今?
それ今頃、気がついたの?
……って、そんなことよりも今は冒険者だ。草陰から頭を出して注意深く周囲に目を凝らす。
丁度その時、武装した男たちが三人、遺跡の中から現れた。彼らは満足げに声を上げる。
「今日は魔石が大量だったな」
「ここは良い狩り場だ。荒らされていない」
「さぁ、街へ帰ってアイテムを売りさばくぞ」
「おうよ!」
――やったぁ、これでわたくしたちも街まで辿り着けますわよ!
彼らと同じように嬉しい雄叫びを上げる。
すぐさま草陰からぴょんと飛び出して、三人のところへ駆け寄った。
こちらの事情を話すと冒険者たちは潔く了承してくれた。街まで同行しても良いという。
「ねぇ、アズラ。やりましたわよ!」
しかし、背後から遅れてやってきたアズラを見て、冒険者たちは顔色を変えた。
――呪い持ち、か。
突然放たれたその言葉に衝撃を受けた。どうしてアズラがそうだとバレたのか。
「な、なんですって?」
一人で困惑していると、まるでその答えを教えてくれるように彼らは声を上げた。
「褐色肌にイバラの文様。お前だろう? 手配書の呪い持ちってのは」
他の男がその言葉に重ねる。
「俺たちは掃除屋って訳じゃねぇ。あんたに手は出さないけどな」
もう一人が冷静な様子で言う。
「その男が一緒ならば、我々は行動を共にする訳にはいかない」
彼らの言葉を受けたアズラが、無言で冒険者たちとの距離を詰める。
その場に、緊張が走ったのが分かった。




