おとぎ話のヴィラン
森の中の川を辿っていくと集落のような村に到着できたので、私たちは食料調達と物資の確保をしてから宿屋を探すことにした。
唯一の宿屋はおんぼろな外観だったが、屋根があるところに泊まれるだけ有り難いことである。
「今日はここに泊まるわ。お部屋が空いているといいわね」
宿主に尋ねるとちょうど二部屋の空室があったので助かった。部屋の片方へアズラと買った衣類を放り込んで「湯浴みしなさい」と命じておく。
私はというと、いそいそと食事の支度を始めた。テーブルに丸形のフランスパンとチーズ、野菜を並べてからペティナイフを取り出す。
食材を切りパンに挟むとカンパーニュのサンドイッチが出来上がった。
それを紙ナプキンの上へ並べていると部屋の扉を叩く音が鳴る。「どうぞ」と返事をすれば、アズラがそっと顔を覗かせた。
「いらっしゃい。食事の準備はこの通り万全よ」
おずおずと入室してきた彼はかなり惑った様子を見せた。
ただ、先ほどまでのボロボロな服装ではなく、清潔なリネンのシャツと八分丈のズボン。身なりは整っているので命令には従ってくれたようだ。
「さぁ、いただきましょう」
テーブルをベッド際に寄せた。私はベッドの端へ、アズラは椅子に腰掛けて手のひらよりも大きなサンドイッチをバクバクと食べ始める。
二種類のサンドイッチを二ずつ、計四つ作っていたのだが、彼は三つも胃袋に納めた。それなのに、「どうも足りない」とでも言わんばかりにシュンと肩を丸める。
「お礼のつもりでしたのに、これでは申し訳ないのですわ」
「いや、もう十分だ」
彼が力なく首を横に振るので、「もっと食材を買っていれば……」という後悔の声が出た。
自分への過失として大きなため息をつくと、アズラは再び首を横へ振った。
「違うんだ。俺は。こんな風に、人扱いされたのは本当に久しぶりで、だから……」
――戸惑ってるんだ、と部屋に響いたその声は震えていた。
彼は静かに目を伏せて、「ありがとう」と感謝をつけ加える。
「……そんな」
私は複雑な気持ちがした。同情心で彼を連れてきた訳ではない。
ただ、助けて貰ったからお礼がしたかっただけなのに、こんなことを言われるとは思わなかった。
「だから、この服と宿代は、身を持って返そう」
「え?」
「すぐに魔石を、集めてくる」
「ちょっと待って。それじゃあ、また倒れてしまいますわ」
「構わない」
いやいや。そんなの良いわけがない。彼を止められるような言葉を必死に捻り出す。
「……あなた、わたくしの親切心を仇で返すおつもり?」
大げさに頬をプーっと膨らませると、困ったらしい男は言葉を濁した。
「そ、それは。でも……」
「でももヘチマもございませんわ。すべこべ言わず好意には甘える。これ、常識。次のテストに出ますわよ!」
「……てす、と?」
「いいこと。今日はちゃんと休むのよ? 分かったら『はい』と仰いませ」
人差し指を立てると彼もようやく観念したのか、目を伏せながら素直に「はい」と答えた。
それから、しばらくお互いの身の上話をした。
といってもアズラは多くを話さないので、ほとんど私が喋っていただけなのだが……。
彼はそれでも静かに私の話を聞いてくれていた。ときおり一緒に困ったり、悩んだりしてくれたのできっと心根は優しい人なのだと思う。
そんな風に心を許してしまったから、つい余計なことを聞いてしまった。
――呪い持ちってなぁに?
その瞬間、場の空気が凍りついた。相変わらずアズラは無表情なのだが、纏っている気配が荒立っている。
焦った私は思わず「言いたくないならいいの!」と大きな声を上げてしまう。彼の方は静かに腕を組んだ。
「……お前、『黒茨の罪人』って話を知っているか」
それはどこかで聞いたことがタイトルだった。
以前の記憶を辿っていくと、確かにその本は恩師である鷲鼻の老婆宅にあった。読んだときのも思ったが、それほど長い物語ではなかったはずだ。
「確か、説話でしたわね?」
そう聞き返すとアズラは一度だけ顎を引く。重苦しい空気の中、私は言葉を絞り出す。
「そ、それがどうか致しまして?」
「罪人は、俺だ」
アズラはそれっきり黙り込んだ。説明を端折られ過ぎて誠に意味不明である。
仕方がないのでこちらで勝手に憶測を立ててみた。
罪人はアズラ、彼には黒茨の入れ墨がある。そのことから導き出される答えは……。
「あれは、あなたの物語なの?」
「違う」
まぁ、見事に否定された。
他の案を考えてみる。あのフィクション小説と彼の間に何かしらの関係があるのは確かだ。
「じゃあ、何が関わっているの?」
「あれは、おとぎ話だ」
……ふむふむ。
なるほど、分からん。
とりあえず、私はその本の内容を思い出すことにした。
――「黒茨の罪人」――。
浮浪者が多く住み着く小汚い街で、貧困に喘ぐ男がいた。彼は怠慢なのに強欲な性格で、他人のものを奪いながら生活をしている。
子供の頃は生きながらえる為に仕方なく犯した罪も、大人になるにつれて罪の意識すら持たなくなっていた。
『もの』とは、ついに他人の命にまで及ぶ。
人を殺して物資を奪ったのだ。
男の手はその犯罪が増える度に黒く染まっていった。しかし、彼は捕らえられることもなく年を取り、老人となった頃、流行病で呆気なく死んだ。
あの世で神様は男に問うた。
――生まれ変わったらどんな人生がいいか。
強欲な男は答えた。奪えるものは何だって欲しい、と。
こうして男は新たな命を授かった。その身にとある呪い受けたまま、男児として世界に生まれ落ちた。
ある程度、成長したところで両親が突然、病で死んでしまった。
少年の頃、里親は事故で死んだ。青年の頃、初恋の彼女は自殺した。周囲にいた愛しい人は次々とあの世へ旅立った。
そして立派な成人となった段階で、急に老いなくなってしまったのだ。
一年が経つと妻が死んだ。一年が経つと再婚した妻は死んだ。一年が経つと愛した恋人は死んだ。
数百回それを繰り返してようやく気がつく。俺は人の命を奪って生きているのだ、と。
その呪いは茨のように絡みつき、永遠に男を離さなかった。
「……つまり、悪いことをすれば身に返ってくるという教訓なのですわね」
そんな呟きを漏らすと、アズラは同調するように深く頷いた。
「でも、このお話とあなたに何の関係があるというの?」
「俺の力……いや、この茨は触れた物の全てを奪う」
ああ、そういうことか。
物語に準えると強欲の男はアズラで、神様によって呪いを授けられた。だから『呪い持ち』。
「なるほど。それなら、あの黒い茨は魔法ではなかったということなのね?」
彼は暗い表情で顎を引く。その濁った瞳の奥にはまだ何か秘めたるものが眠っている……そんな気がした。
「まぁでも、そのようなこと」
――わたくしは気にしませんけれど。
そう言うとアズラは驚いたように目を見開いた。私はすぐに言葉を重ねる。
「小娘だと舐めていただいては困りますわ。これでも立派な冒険者を目指して旅をしているのよ」
薄い胸を張り、自慢げに鼻を鳴らす。そうしてようやく場の空気は元の和んだ雰囲気を取り戻してくれた。
アズラの方に視線を向ければ、彼は柔らかい表情で目を細めている。
突如、放たれた純真無垢な『笑顔』。まさに衝撃だった。
「天使が放った矢が心に突き刺さった」そんな大げさな表現をしても間違いではないだろう。
「アズラが笑ったわ」
キュンとした胸元を押さえていると、アズラが自分でも驚いたような様子を見せた。
「……そうか。俺は、今笑っていたのか」
そう小さく呟いてから、彼は先ほどと同じように穏やかな表情をする。
なんてこったい。
無表情からの微笑みなんて反則じゃないか。
――萌えるっ!!
私は一人、ベッドの上で悶絶したのであった。




