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酸っぱい果実

 ピリピリとした緊張感が漂う場の雰囲気は少しだけ和らいでいた。


 ちょろちょろと流れる川の音や小鳥のさえずりが聞こえるほどには静寂に包まれている。


 少なくともアズラの放っていた殺気めいた気配は弱くなっていた。

 しかし、警戒は解いてはいないようで、彼は少し離れた所からこちらの様子を窺っている。


「な、なんですの?」


「お前、チビ……」


 チビという単語が耳に入った私は、思わず「失礼ね!」と声を荒げてしまった。


「わたくしはもう十四よ。お嫁に行っていてもおかしくないのだからね」


 そう息巻くと、彼は少しだけ戸惑ったような様子となる。おずおずと言葉を切り出す。


「……ああ、いや。子供チビなのに一人で旅をしているのかと……聞きたかった」


「ええ?」

 私は聞き返しただけだったのに、アズラはそれを肯定と捉えたらしい。静かに何度も頷いた。


「そうか、一人で。偉いな」


「いっ、いいえー。ぜんぜん平気ですわ」


 誤魔化すように返事をすれば、彼は無表情で何やら納得している様子を見せた。


 だが、もう迷子だとは言い出せない雰囲気だ。とにかくここは話を合わせておこう。


 私は「えっへん!」と、薄い胸を張った。相手が「偉いな」と声を返してくるのでもう一度。


「えっへん!」


「ああ、偉いな」


 ずいぶん素直に褒められ続けるので、だんだん恥ずかしくなってきた。熱くなってきた顔を両手で覆う。


 なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしいですわ……。そんな独り言を呟いているとアズラが後ろを指さしてきた。


「おい、後ろ」


「ふへ?」

 振り返ると茂みがガサガサと揺れていた。


 ああ、なんだそういうことか。私は「どうせ獣の類でしょう」と微笑んで答える。


「いや、違う」

 彼が呟いたそれは、正しかった。


 その途端に茂みから一人、木の陰からまた一人、そして草むらからも次々と男たちが飛び出してきたのだ。


 彼らの姿は、それぞれに濃い髭を蓄え、体も衣類も薄汚れたものである。


 その中で一番図体の大きな男が「ぐはははっ」と、下卑た笑い声を上げた。


「俺たちは山賊だ。さぁ、有り金ぜんぶ出しなっ!」


 いやいや、金を寄越せと言われて素直に従うバカがどこにいる。


 山賊はどこの地域にでもいる無法者だ。そんな奴らに従ってやるほど、私は素直で良い子じゃないのよ。


「見ての通り、わたくしはただのガキですわ。残念ながら、貰えるお小遣いはそう多くはございませんの」


 さらりと言って微笑んでみせるが、山賊はそんなことでは諦めないようだった。


「なにを言う。さっき自分で凄腕の冒険者だと宣っていただろう」


 どうやら先ほどアズラとしていた会話を盗み聞きされていたらしい。これは面倒臭い状況である。


「あんなものは、子供の戯れ言に過ぎませんわ」


 今度はそう言ってやったが、山賊の大男は「がははっ」と大笑いを返す。懐から鋭い刃物を取り出した。


「いいから、とっとと金やら魔石を出すんだな。まぁ、死にたいってんなら、そっちの願いを叶えてやるがなっ!」


 大男はゲス顔をしながら汚らしく刃物を舐め上げた。


 こんなところでムザムザ死体になるなんてごめんだ。でも、丸腰のアズラを残して逃げる訳にはいかない。


 一人だけならば聖霊を使って敵を翻弄することも出来るだろうけれど……。


 どうしたらいいか迷っていれば、何を血迷ったのかアズラが私と盗賊の間へと歩み出てしまった。


 それを見た山賊たちは愉快そうに喉を鳴らす。


「なんだ、兄ちゃん。やろうってのか!?」


 まさか本当に立ち向かうつもりなのだろうか。戦うための道具すら持っていないのに。


「待って、やめた方がっ――」

 止めようとしたところで、彼はボロ雑巾のようなシャツを脱ぎ捨てた。


 左頬から伸びていた黒茨の入れ墨は上半身に巻きつくように体を覆っている。


 山賊たちがそれぞれに武器を構えるが、アズラは冷静な様子だった。

 彼の体から剥がれ落ちるように黒茨のツルが伸びていく。


 山賊たちへと襲いかかる茨の蔓。それは敵の持つ鋭い刃先へと巻きつき、まるで魔法のようにそれを消失させた。


「なんだとっ」

 驚いた山賊たちは一斉にたじろぐ。アズラは一歩だけ、彼らとの間合いを詰めた。


 ――いいのか、感染させるぞ。

 彼が放ったその一言に、敵らは驚いたような素振りを見せた。


「――黒茨の、の、呪い持ちだぁっ!!」


 取り巻きの一人がそんな情けない悲鳴を上げると、山賊たちはぎゃあぎゃあと騒ぎながら森の中へ次々と逃げていった。


「な、なんですの。だいの大人が情けない」


 アズラは無言でシャツを拾い上げるとすぐに身につけ、こちらに視線を投げかけてきた。


 よく分からないが彼のお陰で助かったようである。


「ありがとう、助かりましたわ。あなた魔法使いだったのね」


 魔法は学習院を卒業さえ出来れば、何人でも拾得が可能である。ただし、学習院に入学するまで、そして卒業するのは大変な困難だと聞き及ぶ。


 アズラは私の質問には答えなかった。その顔はずっと無表情のままで、何を考えているのか分からない。


 ……しかし、魔物だけでなく、山賊まで出るなんて恐ろしい場所だ。こんなところとはさっさとおさらばしたい。


「ねぇ、あなた。一番近い街への道をご存じかしら?」


 彼は複雑そうな表情をする。すぐに私も同じような苦笑を浮かべた。


「本当は、わたくし冒険初心者だったのですわ。威勢良く故郷を飛びだしたのはいいけど、馬車を降りたら迷子になってしまったの。おバカでしょう?」


 失敗、失敗とばかりにペロッと舌を出す。

 アズラは肯定のように目を伏せた後、少しだけ間を置いてから静かに歩み始めた。



 +++


 木々の隙間から木漏れ日が射している。そんな森の中を進んでいると、背後からドスンと何かが地面とぶつかるような音が響いた。


「なにっ!?」


 振り返るとさっきまで居たはずのアズラの姿がない。そのまま下方へ視線を落とすと、彼は何故か地面へ突っ伏していた。


「きゃあ、何っ、どうしたの!?」


 倒れた男の脇へしゃがみ込むと、腹部からぐううと腹の音が鳴った。

 アズラは体を起こそうとするが、地面に苦しそうに手を突く。


「力を……使いすぎた」


 先ほど山賊に向けた魔法で力尽きたのだろうか。そこまで考えたところで、ボディバックにもいだ果実が入っていることを思い出した。


 すぐさま取り出した小ぶりな果実を、力なくしゃがみ込んでいる彼の方へ差し出す。


「これ、木に生っておりましたの。あなたに差し上げますわ」


「……山リンゴか」

 彼はリンゴを手にして、シャクリと豪快に噛りつく。その後、小さな声で酸っぱいという苦言を漏らした。


「どうしましょう。お昼頃には街に着いている予定だったから食料がないのですわ」


 空を見上げると太陽は高いところにあった。もうとっくにお昼を過ぎているようだ。


 そういえば、私もお腹が空いている。胃の辺りがキューッと締まるような気持ちが悪い感覚と、思い出したようにお腹が鳴った。


 静寂の中で響き渡るぎゅるるるという恥ずかしい音。慌てて腹部を隠す。


 そっとアズラの顔を見上げれば、空虚のような瞳と視線が合う。


「近くに小さな村がある……のを見た」


「それは本当ですの!?」


「川を下れば、右手にあるだろう」


「了解ですわ。さそれなら早速、向かいましょう」


 早く行こうとばかりに男の手を引くが、それはすぐに振り払われてしまった。


 その姿を見上げていくと、今まで見たこともないような怖い顔をしている。

 急に触ったから怒ったのだろうか……。


「ごめんなさい。嫌だった?」


 手をもじもじさせていると、アズラは「はぁ」と深い息をついてから首を横に振った。


「違う。早く行け」


「……分かったわ」

 すぐに後を追いかけてくれると思ったのに、彼は着いては来なかった。森へと踵を返していく。


「待って、どこへ行くの!?」


 急いでその腕を掴んだら、やっぱり振り払われてしまった。いや、そんなことはどうでもいい。


「アズラってば、そんなふらふらの体でどこへ行くの?」


「……別に」


「村へ行って食事にしましょう。お金ならあるわ。嫌なんて言わせないから。助けて貰ったもの、お礼よ」


 再び手を取ろうとしたら大げさに身を引かれた。そんなに毛嫌いされるとさすがにショックだ。


 私はシュンと眉を八の字にする。少女が落ち込む姿に同情したのか、彼は「分かったから」と呟く。


「……触るのは、やめてくれ」


「いいわ。じゃあ、出発ねっ!」


 ずんずんと歩き出す。そっと振り返ると、彼は少し離れながらも後に続いてくれていた。

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