迷い子は罪人と出会う
「温暖な地域を目指しなさい」という老婆の言いつけ通りに、別の街へ渡る馬車へ乗った。
雪の降る田舎の風景もあまり変わらず、同じような街へと降り立つばかりなのに気分は常に最高潮である。
霜焼けの手をさすり、鼻先を赤く染め上げながらゆっくりと進行する馬車の荷台で身を丸めていた。
馬車旅では偶然に乗り合った旅の仲間と出会う機会も多くあった。色々な情報を仕入れられたお陰か、何事もなく無事に雪国を出ることが出来たのだ。
天候は雪から雨へ、徐々に暖かな空気に纏われるようになった。
分厚い獣皮のコートと長靴のようなスノーブーツをさっさと売り払い、薄生地のケープと茶色の革靴へ新調した。
現在の服装は丸襟のシャツにジャンパースカートのような形の上着を重ねている。
プリーツスカートの丈が短いので下に細身でぴったりとしたパンツを履いた。これが私流の冒険者スタイルである。
タイミングを見計らって馬車移動をやめることにした。
お上品にスカートの裾を軽く持ち上げながら、御者のおじさんへちょこんと頭を下げる。
「ありがとう。ここからは歩いて参りますわ」
おじさんは照れたのか頬を桃色に染めた。頭頂部を掻きながら気前良く一番近い街までのルートを教えてくれる。
この辺りの地域は冒険者や狩人なども多いので、野獣をどうにかできるならば問題ないだろうという話だった。
……いや、そのはずだったのだが。
「一体ここはどの辺りかしら?」
眉間に深いしわを寄せながら、オールドローズの髪に触れているテレジア。
木々の間に見えた果物に気を取られて森へと足を踏み入れたが最後、盛大に道に迷ってしまったのだった。
自然に草が荒れ放題となっている地面を踏みしめながら街への順路を探すが、目の前には生い茂る緑しかない。
早朝からずっと進行しているのに正規ルートが見つかってくれないのだ。
「はぁ、わたくしってば異世界のオープンワールドを舐めていたのですわ」
そうそう。この口調が変なのは、十一歳までの徹底したお嬢様教養と二十三年間の普段使いが混ざってのことだ。
どうも普通に喋れることもあれば丁寧語なこともあるので、今はあまり意識していない。
「冒険者の方も狩人さんも見あたらないし、困ったわね……」
その呟きが風に乗って消えた頃合いで、足下に赤い果実が食い散らかされているのを見つけた。
木の幹を辿って頭上を見ると、枝には小ぶりな実が一つだけ残っている。
「まぁ、これはリンゴかしら? 食料確保は大切よね」
もいだ果実をボディバックへ仕舞い込んだ時、低い獣のうなり声が導かれるように耳へ入ってきた。
すぐさま辺りを見渡す。
少し離れたところに白い毛並みと赤い目をしたオオカミのような獣が鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。
近くに魔物の出現するダンジョンがあるのかも知れない……。
「こんなところで魔物が出現しては危ないのですわ」
そんな嘆き声を無視して、獣はすぐさま仲間を呼んだ。奴らは四方八方から飛び出して、涎を垂らしながらイヤらしく舌なめずりをする。
「あなたたち、退かないというならば退治いたしますわよ」
この魔物はよく見る獣タイプで、それほど強くはない。故郷でも似たような魔物を倒した経験があるので大丈夫だろう。
一呼吸してから祈るように両手を合わせる。
心の中で友人の名を呼ぶと、私が呼び出せる唯一の味方が召還された。
手のひらほどの小さな白色の光玉、よく見れば羽が生えた人の形をしていると分かる。
彼女は元気よく私の顔の周りを飛び回った。
――白光の聖霊よ。敵を一掃なさい。
心の中で攻撃を命じると、粒子状の光で相手を消し去るという超人的な能力によって魔物たちは次々に消失した。
ちなみに聖霊が召還されていない間でも常に彼女が守護してくれているため、魔法攻撃は無効。
つまり、物理的に攻撃されなければ最強である。自分で言うのもなんだが、なんてチート臭い能力だろう。
「まぁ、魔石がこんなに。……ただ、ものは小さいけれど」
地面には魔石と呼ばれる宝石が大量に散らばっていた。これが冒険者にとっての生命線、換金アイテムなのだ。
ドングリ採取のようにチビチビと魔石を拾い上げる。それに夢中になりすぎて周囲に目を配っていなかった。
ぐにゅっと柔らかい何かを踏みつけてしまう。
「きゃあ、何!?」
慌てて足を退けると、それは土にまみれたズボンを履いている。
どうやら人間の足なもの。それが低木の茂みから生えたように飛び出していたのだ。
「まさかの……バラバラ死体!?」
そっと木の葉をかき分けて中をのぞき込む。どうやら体と頭はついているようだ。死人でないことを祈りながら両足を掴んで引きずり出す。
ズルズルと少しずつ姿を現してきたのは謎の男、上着のシャツは汚れてボロ雑巾のようになっていた。
褐色の顔や体は傷だらけだが胸部は上下しているので呼吸がある。どうやら生きているようなので、ひとまず安堵した。
「ちょっと、大丈夫ですの?」
耳元でそう声をかけると男が目を開けた。彼は素早い動きで起き上がり、こちらと距離を取る。
私の方へ片手を向けるその様は、まさに攻撃態勢だった。
「ちょっとレディに向かって、それは失礼でしょう。助けてあげるつもりだったのよ」
ぐっと眉を寄せれば、男は「なんだと?」と怪訝そうな声を上げた。私は腰に手をあてがいながら首を傾げる。
「ねぇ、あなたどちらからいらして? 名は何というの?」
「俺は……アズラ」
謎の男、アズラはハッとしたような顔で自身の首元へ視線をやった。
彼の左頬から首、その下の方まで黒い茨模様の入れ墨のようなものが入っているが、それが一体どうしたというのだろう。
たとえ入れ墨が入っていようとも、そんなものにビビるような女ではなくってよ。
私はそんなことを考えながらフンと鼻息を出し、相手にこう尋ねた。
「ねぇ、あなた。もしかして体調が悪いの? それとも、こんなところでお昼寝だというのかしら」
まさかこんな森のど真ん中、しかも魔獣が出るような場所でお昼寝はないだろう。
こちらは冗談のつもりだったのに、男は言い難そうに呟く。
「少し……休んで、いただけだ」
なんてこったい。冗談のつもりが本当にお昼寝していたとは……。
「ダンジョンが近いっていうのに、あなた正気なの?」
いや、正気か正気でないか問うまでもなく、この男は正気でないと思われた。急に不安な気持ちになってしまう。
周囲に視線を凝らす。どこにも、誰の姿もなかった。
この場にはテレジアとこの男の二人しか存在していない。
「……お、お元気なようなので、ごめんあそばせ」
グルリと踵を返して、今来た道を引き返す。本当はそこには道なんてないんだけど、とにかく歩き出した。
ガサガサと草木を分けると、背後からもガサガサと同じ音が響く。ダッと駆け出すと、背後から何者かが追ってくる気配。
――きゃああああああ。
振り返らずとも分かった。さっきの男に追われている。
「な、や、どっ!?」
何なの。やめて。どうして追ってくるの。
逃げるのに必死で、上手く言葉にならない。
木々の間を抜ける直前、目の前に大きな川が現れて急停止した。
そっと振り向くと、少し離れた茂みから先ほどの男が顔を出している。
「な、や、どっ!?」
やはり、上手く言葉にならない。
一人であわあわと戸惑えば、男が茂みから声を投げてくる。
「……なやど? お前の名か?」
――そっ、そんな訳あるかいっ!
私は首をブンブンと横に振る。腰元に手を当てながら、平然さを装って答えた。
「わたくしの名はテレジア・マジョリカ。『なやど』は……えっと、今はどうでも良くってよ」
「そうか……」
男はどこかもの悲しげな顔で足下へ視線を落とした。もしかして、寂しいのかしら?
「あなたは冒険者なの? 違う?」
そう問いかけると、彼は少しだけ間を置いてから「元は」と短く答えた。
元といえども、冒険者とは。どうやら彼はお仲間のようである。
とりあえず肺に新鮮な空気を入れて、一旦落ち着くことにした。
きちんと話せば、何てことのない紳士かも知れない。うん、きっとそうだ。冒険者に悪い奴はいないのだから……。
「じゃあ、どちらからいらしたの?」
「牢獄だ」
「そ、そう。出して貰ったばかりなのかしら?」
「逃げてきた」
――残念、脱獄者でした。
「……あらそう。……脱獄したの。ふーん、わたくしそういったお知り合いはいないから新鮮ですわ」
心の動揺を「おほほほ」という変な高笑いで誤魔化す。アズラは腕を組みながら再び質問を投げてくる。
「俺が、怖くないのか」
「べ、別に平気ですわ。わた、わたくしは凄腕の冒険者です、ですのよ」
アズラは「ふーん」と目を細めながら茂みから出てきた。徐々に距離を詰められる。
ど、どどうしよう。
偉そうに胸を張った体勢で固まっている私。威勢良く振る舞っていてもドキドキという動悸が収まらない。
ど、どどうしよう。
だが、予想外にも彼は側をすり抜けて行くと、川でばしゃばしゃと顔を洗い出した。
――……あれ?
まさか、追われていたのではなくて彼の目的地は初めから川だった!?
フシューと風船が萎むように口から息が抜けていく。
不思議そうな表情でこちらを振り返っていた男に向けて、穏やかな笑顔を作ってみる。
そうしてみてようやく、相手の警戒心も解れ始めたようであった。




