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気持ちの行方

 私は春先の華やかな風に包まれながら空を仰ぐ。


「今日もいいお天気ね」


 店の扉にかかった看板を『CLOSED』から『OPEN』に変更してから、ほうきで庭の掃除を始める。

 丸窓から見える店内では、エーヌが店番をしている様子が窺えた。


 地面を掃いていると「お嬢~」という間延びした声が背後から響いた。振り返らずに言葉を投げ返す。


「ちょっと、お嬢って誰のことかしら。サーヂャー」


 再び背後から男の声がする。


「お前のこったよォ。なんかお嬢様みたいな喋り方だから、お嬢って呼ぶことにしたァ」


「ああ、そうなの。……はぁ。分かっているけれど一応、聞いて上げる。何のご用?」


「……別にィ。アズラは何処いんの?」


「答えません」


「どうせ店ん中だろォ。オレ様ってば、今日も監視しちゃうもんねェ!!」


「はい、はい。勝手になさい」


 振り向くと、サーヂャーは丸窓にへばりついている。私はその頭にほうきの枝をコツンとしてやった。


「今すぐ、その怪しい行動をやめなさい。お客様が逃げちゃったらどうしてくれるのよ」


 彼は「ウェイ」と謎の声を上げて、乱雑に切りそろえられた後頭部を掻く。

 その瞬間、彼の背後から緑の光をした人型の影が現れた。


 ――せ、聖霊!?


 驚いて目を見開いていると、サーヂャーは威嚇するような低い声を上げた。


「やめろよ。お嬢はなんもしてねぇじゃん」


 その声に反応するように光は小さな球体となって、彼の顔の周りを飛び回る。


「悪りィ、悪りィ。オレ様ってば、こいつ上手く制御できないんだよ。全く、厄介なもんだよなァ」


「でもあなたの聖霊なのでしょう?」


「ああ、こいつの名前、何だっけ? 確か、麹塵きくじんの聖霊ってったけなァ」


「ふーん、そう。けれど、少し怖い聖霊さんね。どういう能力があるの?」


「さぁ」


「さぁって……」


「なんか竜巻みたいなやつで、敵を抹消する。後、オレの目の代わりとかテレパシーみたいなので会話したりとか、全部自動効果。そんな感じィ」


 サーヂャーはそう言うと、口元をにんまりと半月状にする。

 そういえば、バンドのような黒布で目元を覆っている彼は盲目なのだろうか。


 思わず口から漏れた「あなた目が見えないの?」という疑問には「ヒャッハー!!」という謎の答えが返ってきた。


「……ねえ。その世紀末の雑魚みたいな叫び声やめたらどう?」


「ヒャッハッハー!!」


 カランカランというウインドチャイムが鳴って、店の扉が開かれた。


 訝しげな顔を覗かせたのはエーヌだ。


「何、騒いでるんだよ。マスター」


 彼はサーヂャーの姿を目の当たりにしてから、ゲッというような顔をする。


 そのまま無言で店の中へと引っ込んでいく。カランカランと鳴りながら閉まりゆく扉……。


 エーヌ、あなたってば。本当に臆病な子ね。そんなことでよく運び屋なんてやっているわ。


 そう感心していると、今度は洗濯物が入ったカゴを手にしたアズラが扉から出てきた。


「テレジア。エーヌが『アズラさんで疫病退散』って言ってたんだが……」


 エーヌの言葉通り、すでにサーヂャーの姿は消えていた。


「はぁ、気にしないで良いわ。その洗濯物、いつも通りに裏に干してくるのね?」


「ああ」


 アズラはそのまま家の裏側へと向かっていく。素早い動きで再び出現するサーヂャー。


「お嬢、遊んでェ」


「いやよ。暇なら雑草でもむしってちょうだい」


「オー、いいよォ」


 彼はズボボボボと効果音が鳴りそうなほど、一心不乱に雑草をむしり始める。

 草刈り機の後部から出てくるみたいに積み上げられていく雑草たち。


 お庭はすっかり綺麗になった。


「ふふんッ!」


 サーヂャーはドヤ顔(たぶん)で胸を張る。たぶんなのは、鼻と口しかないから表情が読み難くてね。


「ありがとう。ついでに雑草を裏に運んで焼いてきてちょうだい」


 店の近くに置いてあった小さな手押し車を指すと彼は文句も言わず、せっせと雑草を運んでいく。


 なるほど。

 サーヂャーは命令すれば忠実な駒になるようだ。これは使えるっ!


 しかし、そう思ったのもつかの間。


 意気揚々と裏に回っていった彼の「ギャーオ」という悲鳴が轟く。


 サーヂャーは手押し車をどこかへ放置して、こちらへ戻ってきた。


「お嬢、酷いなァ!! アズラいるじゃんかッ!!」


「あら、ごめんなさい。そんなに嫌だった?」


 そう尋ねると、サーヂャーは頬を真っ赤にして両手で顔を覆う。

 そして「恥ずかしいからァ!」と言い残し、まるで恥じらう乙女みたいに路地の方へと逃げて行った。


「……え?」


 前からちょこっと思っていたけど、反応おかしくない?

 それとも、わたくしが勘ぐり過ぎているだけなのかしら……。


 しかし、私の感じた妙な疑惑はすぐにお客様の来訪によって有耶無耶になったのであった。



 +++


 夕食終わり、アズラと二人きりになれたので気になっていた件の話を聞いてみることにした。それは、神父だという白髪の初老のことだ。


「アズラはサーヂャーのパパ……お父様と顔見知りのようだったわね」


 そう尋ねると彼は顎を引く。


「神父様は俺の育ての親だったが、ずいぶん……変わってしまっているようだった。いや、昔から執着心は強かったかも知れないが。俺の記憶は曖昧だ」


「そう、なの?」


「ああ、すまない。上手く伝えられない」


 私は「別にいいのよ」と微笑む。それならばこういう形式はどうだろう。


「わたくしが質問するから、分かることだけ答えるのはどうかしら」


「分かった。……いいぞ」


 私はその日、初めて彼の過去に触れた。捨て子だったこと、教会で育った後のこと。そして、サーヂャーがアズラの無くしてしまった記憶の一部を知っているということ。


 今まで一緒にいたはずなのに見過ごしてきた様々なもの。彼の辛かったであろう気持ちは直接的に語られることがなくとも理解できる。


 アズラと出会ってからずっと寄り添ってきたつもりだったのに、本当は自分が寂しくて側にいたかっただけとも気づかされた。


 彼の態度には何か含んだものがあったけれど、踏み込む勇気が無くて尋ねられなかった。それを謝罪すると、アズラはきょとんとした顔で小首を傾げる。


「何故、謝るんだ?」


「わたくしは自分勝手だったからよ。あなたの闇に気がついておきながら、まるでそれを無かったように振る舞ってきた。ごめんなさい、アズラ」


 テーブルへ頭を下げる。

 無言となると、重苦しい空気が肌で感じられた。


「テレジア」


 顔を上げれば、彼の柔和な顔があった。情けなく眉を下げたら、笑われてしまう。


「寧ろ、俺にとっては有り難かった。テレジアは俺の過去に踏み込んでこなかった。それは重要なことだ」


「え?」


「俺は自分でも過去を清算しきれていない。向き合えていない分だけ、時間が必要だった。お前はその間、静かに待っていてくれたのだろう?」


 私が「そんなことっ」と声を上げたら、彼に手で制止された。


「いいんだ。例え、それがテレジアの意志と違っていても。俺にとっては根ほり葉ほり過去をほじくり返されるより、側に寄り添って貰えたことが幸いだった。

……お前は無自覚だったかも知れない。だが、俺は嬉しかったんだ。感謝の気持ちの方が大きい」


 一生懸命に言葉を紡ぐアズラを見て、目頭が熱くなってくる。鼻をすすりながら言葉を返す。


「わ、わたくしは。こんな自分勝手な娘だけれど、これからもあなたの側にいて、いいかしら……」


 それはやはり身勝手な要求だったかも知れない。それでも、アズラは強く頷いてくれた。


「これからも、俺の側にいて欲しい」


 その求婚ともとれなくもないような気がしないでもない言葉を耳にして、私はテーブルに突っ伏した。


 ――生きてて良かったぁ!!


 前世を思い出した時、人生を放棄しないで本当に良かったと思う。それと同時に心の底から彼を愛する気持ちが溢れてくる。


 ――もういっそのこと。わたくしたち、結婚しましょう! そうしましょう!!


 口からそれが飛び出しそうになって、テーブルにゴンゴンと頭を打ち付ける。

 それでもやらしい妄想がとまらない。


「テ、テレジア?」


 アズラの戸惑ったような声がする。


 私は奇行で誤魔化すしかなかったのだ。本当は突っ伏しながら静かに涙していたことを……。


 これからも、ずっと一緒よ。アズラ。




「転生少女とおとぎ話のヴィラン」は、

こちらで一旦完結とさせていただきます。


この度は突然の活動停止など

お騒がせをいたしました。

申し訳ございません。

拙いながらもこうして終わらせることが出来たのはブックマークや評価をくださった皆様のお陰です。


最後まで読んでいただき、

本当に感謝いたします。ありがとうございました。

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