episode.夢見る暗殺者【外伝】
――オレ様がどうしてアズラを狙っていたかってェ?
それは昔、昔。遠い過去の記憶をさかのぼらなきゃならないんだけどなァ。
episode.夢見る暗殺者【外伝】
サーヂャーが生まれたのは小さな箱庭の中だった。
その箱庭という謂われの部屋は、子供の足にして十二歩ほどしかない空間だった。
置かれていた家具はベッドだけだ。
箱庭には鉄格子のはまった窓が一つあった。そこから外を覗き込めば、小さな足先が走り回っている。
その声から考察して自分と同じような子供だと思っていた。
サーヂャーには父親がいた。胸元に十字架を下げた男、彼は神父である。
神父は小さなサーヂャーを弄んだ。怪しげな儀式は毎夜のごとく行われていた。
それでもこの箱庭と父親の存在しか知らない自分にとっては、それが唯一の他者と触れ合える機会である。
必要とされる幸福感はこの時に覚えた。
父親はいつも言っていた。「お前の碧眼は本当に美しい」と。サーヂャーはそれを誇りに思っていた。
しかし、ある日を境に神父は、ぱったりと箱庭に現れなくなってしまった。
寂しい時間だけが過ぎた。運ばれてくる食事を接種し、運ばれてくる水で体を洗い。運ばれていく排泄物を見つめて、ただ眠るだけの日々。
体はどんどん成長していく。それと同時に押さえきれない欲求が体を蝕むようになる。
サーヂャーは幼い頃に躾られた教えを忠実に守った。
身を焦がしながら愛しい人を待つ日々に終わりが訪れた。
ついに目の前に神父が現れたのだ。しかし、それは過酷な運命の始まりに過ぎなかった。
「お前を暗殺者として育てようと思う」
彼は静かな声でそう言った。その手本となる書物があったらしい。
サーヂャーはその本を読んだことがないので内容は分からないが、それでも暗殺者を育て上げるのには十分な教材のようだった。
サーヂャーには力が必要だった。だけど、人を傷つけることには戸惑いがある。
――それでも。父親はオレに命令するんだ。「殺せ」ってさ……。
いつも息の根を止めることが出来ないサーヂャーに、神父は厳しい罰を与えた。
多くの人の命は神父が奪った。自分は、ただ連れてくるだけ。いつもそれだけだった。
父親は譫言みたいに言ってた。「アズラ、アズラ」って。
その正体が明るみに出たのは、サーヂャーが大切なものを失ってしまってからのことである。
殺し損ねた相手の反撃で、大事な、大事な宝物を二つも失った。父親が褒めてくれる唯一のものが無くなってしまった。
その時だ。サーヂャーは産まれて初めて人を殺めた。
正確には自分が手を下したんじゃない。
聖霊とかいうよく分からないものが相手の姿を消し去ったと父親が教えてくれた。
一晩中、泣いた。暗闇はすごく怖かった。
愛する人を見られないのも、愛する人に見つめられないのも。悲しくて、悲しくて、仕方がなかった。
それからしばらく道具としては使いものにならなかった。
でも、父親とよく知らないお婆さんと一緒に訓練をして、契約を結んだ聖霊が視力の代わりをしてくれるまでには回復が出来た。
その時、初めてアズラを視界に入れた。
地下にある劇場らしき場所。ぼんやりとした意識の中で、黒い髪、褐色の肌が踊っている。神父の興奮めいた声が響く中で、自分はただ静かにそれを眺めていた。
父親は劇場を出るといつも言う。「世界で一番アズラを愛している」と。
父親は息子のサーヂャーより、もしかしたら己自身よりも彼を愛してやまないのかも知れない。
サーヂャーは狂おしかった。
アズラという、自分と差ほど変わらない年頃の青年を。怨んで、怨んで、怨んで、呪って、呪って、呪った。
心の中で相手を切り刻む行為をしては、醜い想像しかできない自分を攻めた。
サーヂャーは「殺せ」という愛おしい人から下される命令が一番怖かった。
毎日、父親が手を下した相手が霊体のようなものになって襲ってくる悪夢を見た。
そんな頃、アズラが当然、劇場から姿を消してしまった。
神父はその捜索に全力をかけ、数年後に消息を知ることが出来た。
アズラは囚われの身だという。劇場のオーナーの若い男が、彼を独占しようと森の小屋へと隔離してしまっていたのだ。
アズラを助けた出した後、逃げたオーナーを追って息の根を止めるために、時間を費やしてしまった。
小屋に戻った頃にはアズラの姿はもうない。
それから、サーヂャーは見つけたくもない人を捜すために、各地を巡ることとなったのだ。
それは、ただ愛する人のため……それだけだった。
***
「……パパが死んじゃった」
サーヂャーは傷だらけのまま、誰もいない教会の中で佇んでいた。
幸い、致命傷になるほどの深手はなかった。ただ、生きていたからこそ……。
「……あはは」
小さな苦笑が漏れた。
人の生など呆気ないとは思っていたが、大切なものがこれほど綺麗さっぱり消え去ってしまうと笑いしか出なかったのだ。
あれほど愛しいと思っていた人も、いなくなってしまったら、意外にも『なんでもない』ような気がする。
いや、サーヂャーの心はすでに壊れていた。もう死んでいた。
だから、愛する人が消えてしまっても何も感じられなかったのだ。
だけど、アズラはもっと壊れていると思っていた。
助け出した時は確かに自分と同じように心は死んでいたはずだったのに……。
それなのに、彼はどうしてあんなにキラキラと輝いて見えたのだろう。
――「俺は、あんたとは行かない。俺の居場所はここだ」――。
そう言い切ったアズラは、もうサーヂャーが捜していたものとは違う。父親が追い求めていた理想の子でもない。
「パパは、それで良かったの?」
静かな教会内にそんな呟きが漏れる。
ここでも、父親は何人殺したか分からない。きっと彼はもうすでに病み、狂ってしまっていたのだろう。
「パパは、幸せだった?」
自問自答するように声を投げる。
「オレはね……とっても……」
その呟きは朽ちた礼拝堂の中で、ついには消えて無くなってしまった。




